【書籍化決定】悪役貴族のお父様
太郎冠者
長男入学編
プロローグ
「お父様! 聞いてください! 王立学園の入試に薄汚い平民がいたのです! これは我等貴族に対する侮辱だと思うのです! 」
荒々しく黒髪を振り乱し、それ以上にたるんだ顎の肉を始めとした全身の肉を震わせたひどく太った子どもが、白い肌を真っ赤にして私の部屋に飛び込んで来た。
レオナルド・ジョンストン・フォン・フィンスター=ヘレオール。
我が不肖の息子である。
あぁ、本当にこの時が来てしまったか……。
何かの間違いであって欲しいと言う私のささやかな願いは打ち砕かれた。
書類の山に埋め尽くされた執務机に倒れるように頭を打ち付ける。
ある意味仕方がなかったのだ。
何せ私がこの異常な事態に気付いたのがつい先週の話だ。
正確に言うならば嫌な予感、それ自体はそれこそ私が産まれた時から感じていた。
しかし、その確信を得てしまったのがつい先週だったのだ。
次男のエドワード、三男のドミニクや長女のジュリアはまだ小さい。
あの子達はまだ何とか軌道修正が可能だろうが、長男であるレオナルドだけはどうしようもなかったのだ。
どうやらこのぽっちゃり君は、今日受けて来た王立学園の入学試験に平民がいた事に酷くご立腹をしている様子だ。
かなり広い執務室に彼の金切り声が響き、もうとんでもない勢いで全身の肉が震えている。
……この子ももう15歳になったんだったな。
小さかった頃はちょっとぽっちゃりしてる方が可愛いなんて人知れずに思っていたが、流石にこの歳でこの体型はどうなんだろう?と現実逃避しだした頭を切り替える。
いかんいかん。
まずは家長として事実の確認をせねば。
「あー、うん。そうか。……ちなみに、その平民の子は何という名前だ? 」
「名前ですか? 確か……アランとか言ったはずですが? 」
私がいきなり件の平民の子どもの名前を聞いたので戸惑う
……そう言えば主人公のデフォルトネームはなんだったかな?
何せ何十年前かも定かではない、それこそ誰のものかも分からない記憶なのだ。
でも、何だか主人公っぽい名前だな……。
これはワンアウトって所か?
いや、まずは落ち着け。まだ慌てるような時間じゃないはずだ。
私の中で仙道パイセンが首を振る。
チラリと机に置いた鏡が目に入る。
そこには長い黒髪をオールバックに撫で付けた目付きの鋭い陰気な男が映っていた。
30歳を過ぎて威厳を出そうと生やした整えられた顎髭を撫で、内心の動揺を隠すように顔に力を入れてポーカーフェイスを維持する。
「ふむ。確かに王立学園はこの国の貴族が通う高等教育機関だが、平民が試験を受けては駄目だという法律はない。」
そうだ。優秀な人材を広く集め、高等教育を施してこの国の発展を願うというのがあの学園のモットーだったはずだ。
圧倒的に貴族が多いのは確かだが、ここ最近は平民の学生も増えていると聞いている。
だから平民が入学試験を受けるなんて、きっとよくある話―――。
「違うのです! あの平民は貴族である私を差し置いて魔力測定試験では歴代1位の高得点を叩き出し―――」
ツーアウト。
「あろう事か! 剣術試験では私の取り巻きの1人であるシタッパーノ伯爵家長子のウラギリスを倒してしまったのです!」
スリーアウト。
俺の中で滝のように冷や汗を流す仙道パイセンが震え出す。
「あー、うん。とりあえずその裏切りそうな下っ端と付き合うのはパパどうかと思うな。」
「いえいえ、お父様。ウラギリスは自分より高い身分の者には揉み手で相対したり、小銭の為に土下座をするゲスな奴ではありますが、決して悪い奴ではありませんよ?」
「そ、そうか。まあレオナルドがそれで良いならパパも良いんだが……。」
キョトンと首を傾げるレオナルドを尻目に私は思考を加速させる。
レオナルドからヒアリングした人となりから考えて、まず間違いなく相手は主人公。
私の記憶が確かなら、恐らく赤髪碧眼のツンツン頭で性格は少し向う見ずで頭は悪いけど明るく元気なThe主人公みたいな少年だ。
きっとその持ち前の明るさと不器用な優しさで様々な高貴な少女達のハートを射抜き、その類稀な魔力や体力とひたむきな努力でこの国を魔族の手から救ってくれる事だろう。
ウチの息子?
記憶通りなら、学園が始まって早々に主人公相手に決闘騒ぎを起こして無様に負け、なんやかんやあって廃嫡されてしまう予定だ。
私としては、まだこの謎の記憶がどこまで正しいかは判断が付いていない。
だから決して出来は良くないかもしれないが、この子を廃嫡するつもりは―――。
「ご安心下さい! お父様! ウラギリスに対する無礼は私に対する無礼! 引いてはフィンスター=ヘレオール公爵家へに対する侮辱! 」
廃嫡するつもりは……。
「しっかりとあの痴れ者に奴が入学した暁には決闘を持って身の程を分からせてやる旨言い渡しておきました! 」
―――諦めろ。試合終了だ。
私の中で冷たく安西先生が言い放つ。
あ、安西先生……っ!
バスケはしたくありませんが、息子は何とかなりませんか……!?
私は再度机に頭を打ちつけ、去り行く存在しないはずの白髪で小太りな恩師を夢想する。
―――結局、これは私が悪いのだろう。
ため息を1つ零して、固い黒革の椅子に力なく体重を預ける。
思えば仕事にかまけて家族を何年もおざなりにしてしまったのだ……。
昔は素直な良い子だったのに……。
これも全ては我が身から出た錆びという事だ。
―――ふぅ。自己紹介がまだだったな。
私の名前はロベルト・マクスウェル・フォン・フィンスター=ヘレオール公爵。
そう。前世の記憶が正しいのであれば、私は悪役貴族である子ども達のお父様だ。
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