少年と10人の不思議な文通友達(ペンフレンド)
緋色 刹那
⑴
新緑の傾斜に沿って、白い鳩が羽ばたく。足には金属製の小さな筒をつけていた。
速達の伝書鳩だ。他の患者が送ったか、あるいは患者の誰かの訃報を知らせるために、療養所が飛ばしたのだろう。
少なくとも、ピーターでないのは確かだった。
🕊️
ピーター少年は
療養所での暮らしは退屈だった。食事と読書以外、娯楽がない。遠くの街で暮らしている家族はめったに見舞いへ来ず、手紙は月に一度きり。幼い頃から病気がちで、ほとんど家にこもっていたせいで、家族の他に手紙を送れるような友人もいなかった。
療養所に来たばかりの頃は、「ここの子供となら親しくなれるかもしれない」と期待した時期もあった。ところが、向かいのベッドのダニーときたら、とんだガキ大将で、家族の他に手紙を送る相手がいないピーターをバカにし、仲間外れにした。
ダニーはピーターより五つ年上で、子供の中では最も療養期間が長かった。他の子供はダニーに逆らえず、いっしょになってピーターをからかったり、見て見ぬフリをしたりした。
だから、このアイデアを思いついたとき、ピーターは「僕って、なんてユーモアとセンスにあふれているんだろう!」と自分で自分を褒めてやりたくなった。
ピーターは存在しない相手に宛て、手紙を書こうとしていた。送る相手がいないなら、作ればいい。住所はとびっきりファンタジーなものを!
ピーターはダニーの悔しがる顔を想像し、クスクス笑った。
これは目ざわりな伝書鳩と配達員への嫌がらせでもある。どれだけふざけた手紙であっても、手紙は手紙。他の手紙と同じように、丁重に扱う他ない。
ピーターはダニーが検査で病室を離れている隙に、担当看護師のナンシーに速達専用の小さな紙をもらった。
「ありがとう、ナンシー」
「いいけど、来週の回収日まで待てないの?」
「急ぎの用なんだ。世界の命運がかかっているんだよ」
療養所は山の中腹にあり、二週に一度しか手紙は回収されない。天候が悪い日が続くと、配達員が来ない週もあった。
そのため、電報や急ぎの手紙は伝書鳩にたくし、ふもとの村の郵便局へ送っていた。
「住所と宛先は?」
「アイルランドのどこか、妖精の森内。魔女モーリー・ダークフォレストことティターニア=フェアリークイーン様へ」
「童話の登場人物?」
「そんなところ」
ナンシーは「本の感想を童話の登場人物に宛てて書いたのだろう」と解釈し、手紙を受け取った。
ピーターも本気でそんな場所に、そんな人物がいるとは信じていない。だから郵便代金も、療養所とふもとの郵便局を往復する分しか払っていない。
白紙で出しても良かったが、万が一手紙を見られてイタズラだとバレては困る。そこで、このような文章を紙に書いた。
『親愛なる妖精女王へ。
はじめまして、僕はコーゲン療養所で療養中のピーターと申します。貴方がお住まいの場所は、僕にとって夢のような名前の場所です。
良ければ、僕と文通友達になってくれませんか? 療養所はとってもつまらなくて、退屈な場所なんです。
そして、妖精の森での暮らしがどんなものなのか、この哀れな鳥かごの中の小鳥めに教えていただけませんでしょうか? お返事、お待ちしております。
療養所のピーターより』
🕊️
すると翌週、配達員がピーターに手紙を持ってきた。
「ピーターくんだね? 君の友達から手紙を預かっているよ」
「僕に?」
恐る恐る手紙を受け取る。
葉っぱの形の封筒に、花の形の切手が何枚も貼ってある。
宛名の欄には、奇妙なクセのある文字でこう書かれていた。
『コーゲン療養所のピーター様へ
アイルランド某所 妖精の森のどこか
魔女モーリー・ダークフォレストことティターニア=フェアリークイーンより』
ピーターは息を飲んだ。
送信先不明で送り返されたわけではない。アイルランドのどこかにある妖精の森から、魔女モーリー・ダークフォレストことティターニア=フェアリークイーンその人が、療養所のピーターに宛てた、本物の手紙だった。
封を開けると、草花模様の便せんが三枚と、大粒の琥珀が入っていた。
『鳥かごの中のピーターへ。
よもや、こんな森の奥に手紙が来るなんて思いもしなかったよ。しかも、その相手がおまえさんのような人間の子供だなんてね。
どうしてアタシの正体を知っているんだい? 誰かから聞いたのかい? それとも、自分で見抜いたのかい? 自力で見抜いたんだとしたら、おまえさんは立派な魔法使いになれると思うよ。
おまえさんはこの森を夢のような場所だというけれど、そんなことはない。おまえさんが暮らしている療養所と変わらないさ。つまり、毎日つまらなくて、退屈な場所だってこと。
昼間は薬草を育成と薬の調合、夜は森の見回り。特に夜は忙しいよ。逢魔時になると、闇堕ちした妖怪の怨念どもが騒ぐんでね。魔物を呼び出してやつらを追い払ったり、体を乗っ取られた人間を助けてやったり、休むヒマがないくらい。けど、アタシに言わせれば、野生のクマの方が厄介だね。
日曜日は街に出て、教会のミサに参加して、薬を売っている。恋煩いのイヤリングはよく売れたよ。時たま、アタシを人外だって恐れる人間もいるけど、そういうやつらにはパソッカを食わせておきゃ、黙り込んじまう。
……話が長くなっちまったね。おまえさんはアタシに文通友達になって欲しいそうだけど、やめておきな。こんな素性の知れないババァの暇つぶしに、貴重なお金と時間を使っちゃいけないよ。それでも、どうしてもつらかったら送ってきなさい。助言くらいはしてやってもいい。じゃあね。
森の老婆、モーリーより』
ピーターは何度も何度も手紙を読み返し、その不思議な内容にワクワクした。
この世界のどこかに魔女がいる。妖精の女王もいる。妖精の森もある。イタズラのつもりだったのに、まさか本物から届くなんて!
ずっと読んでいたかったが、ダニーがイラだった様子でこちらに向かってくるのに気づき、慌てて手紙を鍵付きの引き出しへしまった。
「さっきの手紙、誰から?」
「パパとママだよ。いつもと同じさ」
「そのわりにはやけに嬉しそうじゃないか」
「そりゃあ、嬉しいさ。月に一度の手紙だもの。ダニーだって嬉しいだろ? あんなにたくさんの手紙をもらっているんだか」
ピーターは皮肉まじりに言う。
ダニーはベッドが手紙で埋もれるほど、大量の手紙をもらっていた。だが、あまり嬉しそうには見えなかった。
「そうだ、すごいだろ? 俺にはこんなにたくさんの友達がいるんだ。たった一枚しか届かない、お前と違ってな」
「そうか、そうか。ところで、僕はそのたった一人の友達のために、手紙の返信を書かなくちゃならないんだ。悪いけど、ベッドに帰ってくれないかな? ダニーも返信に忙しいだろう? だって、あんなに大勢の友達がいるんだから」
「……そうだな」
ダニーは舌打ちし、帰っていった。
きっと、手紙の友達とケンカでもしたのだ。ざまぁみろ、とピーターはこっそり舌を出し、ダニーを挑発した。
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