【3児ママ戦記】④「ママ閉店」してもいいですか?

かのん

陰毛な話で恐縮です

 息子が8歳になった瞬間、私は鏡を見て「これ、陰毛じゃねえか……」と呟いていた。よくある落ちていた・付いていた系ではない。自分の髪の毛が、そのものだったのだ。


 昨日の痰の記事といい汚い話題ばかりで恐縮である。だって、ものすごく絶望したのだ。真夜中に夢小説をスマホで読み終えて、ふと目に入った鏡に「かがみよかがみ、答えちゃって。これは、陰毛? いえ、髪の毛です~」と、『Bling-Bang-Bang-Born/Creepy Nuts』の替え歌がとっさに頭に出てくるほどだった。


 アラサーを終えてアラフォーにさしかかっているからなのか、子どもを三人も産んだから身体が「女性ホルモン、お前はもう下がってて良いぞ」と許可を出したせいなのか。とにかく髪の毛がチリチリでバサバサである。それは私の大嫌いな髪型、ソバージュを連想させた。


 私は男のソバージュが苦手だ。なんだか清潔感に欠けるし、あの長さこそリアルに陰毛だ。部屋に落ちていたらどっちか分からない。あと、あのヘアスタイルのために長時間を美容室で使い、モテようとする魂胆が気に入らない。モテたかったら山で熊と戦ったり、公園で不審者でも倒してこいや! 前の職場で、あの髪形をした男にすごくいじめられたことも、アンチソバージュの一因かもしれない。


 私は美容に詳しくないから、女優のママ友に相談してみた。彼女からは「3週間に1回、美容院でカラーとトリートメントをするんだよ。4週間目にはもう髪の毛の色が変わってきて、傷んで見えちゃうから」というアドバイスを頂いた。彼女の通う美容院を教えてもらい、メニューを調べてみた。私は二度目の絶望を味わった。


 トリートメントは15,000円で、さらにロング料金もかかるとのことだった。アフィリエイトで荒稼ぎしているインフルエンサーにとっては安い金額なのかもしれないが、私にとっては大金である。もっと安く済ませるために、他に手はないかリサーチしてみた。髪の毛の本をいくつか読み、美容師さんのInstagramや、ブログ記事を読んでみた。始めから調べれば良いのに、と思う方もいるのかもしれないが、何かをケチる時にしか私の調べる能力は発揮されないから仕方ない。どうやら私のようなダメージヘアでくせ毛には、ストレートパーマの方が良さそうだった。この結論に満足して改めて料金を見ると、25,000円だった。


 私は打ちひしがれてしまった。この値段なら、ずっと狙っている厚木のサウナ付きアパホテルに2泊できるではないか。こういう思考回路だから髪の毛が残念なのかもしれないが、もうそれなら仕方ない。人前に出る仕事でもないし、私は私の人生を生きよう。自分を大切にはしたいけど、他にやりたいことはたくさんある。髪の毛は放っておくことにして、眠りについた。


 しかし翌朝、美容に全く興味がない夫から、まじまじと髪の毛を見られた。そして「美容院とか、行って来た方が良いんじゃない」と言われてしまった。いつもなら私が髪を切っても、色を染めても気付かないくせに。彼の一言によって、私の髪は相当ヤバいのだと思い知った。


 夫に「やっぱり? もうこれ陰毛だよね」と返したら「まあ、下の毛がないから、上が陰毛になったのかもね」と医療に携わる者らしからぬ見解を述べていた。こんな人に診てもらっていて、患者さん大丈夫か。夫は調子に乗って、俺のフレンチや俺のイタリアンなど「俺の」レストランシリーズが好きな私を「俺の陰毛」と呼び、「このチリっぷりでは陰毛にも失礼では」と言い出す始末である。こんな戯言にいつまでも付き合っているわけにもいかない。数日後には楽しみな人と会う予定もあるし、週末には高校の同窓会が控えているのだ。


 私が卒業した愛知県の高校には東京支部があり、年に一度は中学・高校で学園の同窓会をしている。その同窓会に一度も顔を出したことがなかったのだが、今年は私の代の先生たちが大勢来るのとのことで、足を運んでみることにした。卒業以来、先生たちに会うのは初めてだ。私立だから転勤や異動はなく、顔ぶれも変わらない。それはつまり「あいつの髪、陰毛だったぞ」と、職員室で広められてしまうリスクをはらんでいる。


 私は意を決して、15,000円のトリートメントを予約した。これはらしばらく、お昼は納豆、豆腐、キムチ、白米の自炊ワンコイン飯だなと考えつつ。


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