長男、学童を不登校になる
14時になると、恐怖の電話がかかってくる。それらの曜日は決まっている。月曜日と火曜日。水曜日だけは13時。
「もしもし……」
電話に出ると、困り果てた先生の声が聞こえる。
「太郎くんが家に帰りたいと暴れています。手がつけられないので、家に帰してもいいですか?」
こう言われて、断れる親がいるのだろうか?
私は謝罪して承諾し、大急ぎで家に戻る。数分後には、鼻歌まじりの男の子が、石を蹴りながら、意気揚々と帰ってくる…。
◆
長男が学童保育を拒否するようになって、一週間が過ぎた。
もともと月曜日から水曜日は学童保育に行かせていた。木曜日と金曜日はアフタースクールなので、学童の予定はない。
しかし彼は、学童保育が嫌いらしい。「上級生にボコられる」「宿題をやらせられる」と、何かと理由をつけて行きたがらない。
でも、小学校が終わるのは14時。その時間に帰って来られるのはキツい。だから私は学童保育の申請をして、彼を小学校に送り込む。そうすると彼は先生が音をあげるまで暴れて、強制退場となり、晴れて家に帰ることができる。
「子どもに愛情を注がないと、ひどい目にあいますよ」と育児書には書いてある。でも、愛情を注いでも注がなくても、どっちにしろ、ひどい目に遭うことには変わりがない。子育てなんて、そんなものだ。
彼は家に帰ると、まず風呂を沸かして入る。ちなみに彼は朝も風呂に入る。3人目の娘がまだ小さく、「危ないから」と、私がお風呂のお湯をいちいち抜いているから、水道代はとんでもないことになっている。
風呂から出てきた息子は、上機嫌でおやつを食べ始める。そこで彼と話す。「どうして暴れたの?」「だって嫌だから」。こう返されたら、何も言えない。
嫌だから、暴れる。自分の要求を貫き通す。これができる長男は本当にすごい。親バカで言っているわけではない。私の遺伝子を1ミリも感じないことがすごいのだ。
私は長男に話しかけた。
「太郎くんはすごいね……ママは小さい時に、嫌なことを嫌って言えなかったから。ママなら学童に行って、耐えてたと思う」
「別に俺、『嫌だ』とは言ってないよ。暴れただけだよ」
彼は不機嫌そうに返す。褒められるのが苦手なのだ。素直に受け取っておけばいいものを。やっぱり生きるのが下手くそで、これだけ私に似ている。
「でも、太郎くんは我慢はしないんだよね?」
「当たり前じゃん。だって、嫌だもん」
その「嫌だ」を貫き通せる彼のまま、大きくなって欲しいと思う。自分の気持ちに蓋をして、我慢し続けて生きるくらいなら、思いっきり暴れて、そこから飛び出した方がいい。
でも、どう言えばいいか分かならない。ひとまず言葉を続けてみる。
「大人になっても、ちゃんと嫌なことは嫌って言い続けなよ。もっと、うまく伝えた方がいいと思うけど……」
「口で言っても聞いてくれないから、暴れてるんだよ」
こう言われると、何も返せない。私もうまいやり方を知らないから。親が教えられることなんて、子どもがある程度の年齢にいったら、ほとんどないのかもしれない。
いつも会話はあまり続かずに、すぐに終了する。彼は漫画のようなもの(最近は何を描いているのか、見せてくれなくなった)を描き始めて、私は仕事に取り掛かりにデスクに戻る…。
以前は仕事が中断されるのが嫌だったけど、最近ではどうでもよくなってきた。どうせ子どもがいてもいなくても、キャリアで到達する点なんて、たかが知れている。
それなら嫌なことは「嫌だ」と言える彼の部分を、大事にしてあげたい。いい母親だからとか、そんな理由ではない(そもそも、『いい母親』なら一緒に勉強を見てあげたり、習い事に連れてってあげたりするだろう)。ただの自己満足だ。
彼は持っている。私ができないことを、かなり遠い昔に捨ててしまった大事なものを。だから、彼には1分1秒でも長く、それを持ち続けてほしい。そう、勝手に願っているだけだから。
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