転生聖女の異世界癒し旅
真冬のスイカ
プロローグ
朝焼けの光が、穏やかな風とともに町外れの小さな宿を照らしている。宿の前では、聖女と呼ばれる少女の姿――アヤノが、荷物を整えながら深呼吸をしていた。
冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むと、心なしか身体が軽く感じる。
アヤノはふと、自分の手のひらを見つめる。指先から小さな光が宿っているような感覚がするのは、聖女として与えられた力――ヒールの魔力が、内側で脈打っている証拠だ。
「本当に、ここは異世界なんだな……」
くすりと微笑み、あの現代日本での記憶が脳裏をかすめる。夜遅くまで患者のリハビリ計画を立て、休日返上で働き続けた日々。体力も心も限界だったのに、自分が倒れるまでは気づかなかった。最後は過労と不運な事故が重なり、綾乃は命を落としてしまったのだ。
それでも、不思議な光に包まれて目を覚ますと、この世界では聖女として新しい人生が始まった。まるで、神様がもう一度チャンスをくれたかのように。
前世の失敗を繰り返さないために、今度は「自分を蔑ろにしないこと」を第一に誓った。身を粉にするのではなく、自分を大切にしながら人々を癒す――それが、彼女がこの世界を生きるうえでの新たな目標なのだ。
宿の主人に挨拶を済ませ、背中に小さめの荷物を背負う。そこには最小限の衣類や薬草のメモ、そして食料。聖女としての務めを優先するとはいえ、何が起こるかわからない旅路だ。必要な装備は多くはないが、心は大きな荷物を背負っているかのように引き締まる。
「さて、次はどこへ向かおう……?」
アヤノがつぶやいたそのとき、通りかかった旅商人が声をかけてきた。
「おや、あなたはこの辺りじゃ見ない顔だね。旅の方かい?」
「はい、少しばかり巡り歩こうと思っているんです」
そう言うと、商人は酒場で仕入れたらしい噂話を教えてくれた。森に住むエルフの薬草師がいるのだが、最近はまったく姿を見せないという。大けがをしたらしい、という話もあるそうだ。
「エルナさんっていうそうなんだが、そのエルフさんに会えれば薬が仕入れることができるんだけどね……」
商人はそんな言葉を残し、のんびりと荷車を引きながら立ち去っていく。
背後に遠ざかる荷車のきしみ音を聞きながら、アヤノはその噂話が気になっていた。怪我をした薬草師がいるなら、自分の“ヒール”で助けになれるかもしれない。ここへ来たばかりの頃は、同じように人々の助けを必要としていた自分自身。だからこそ、困っているかもしれない誰かを放ってはおけなかった。
「よし……決まり」
アヤノは荷物をぎゅっと握りしめ、先へと続く街道を見やる。まだ見ぬ森の奥で待っているであろう、そのエルフ――エルナを探しに行こう。
朝陽が昇る東の空は一段と輝いていた。軽く一歩を踏み出すと、空気の中に混ざった草木の香りが微かに鼻をくすぐる。異世界での“癒しの旅”が始まろうとしていた。
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