第27話 天使患い
緊急事態とはきっと今のような状態を言うのだろう。世界を終わらせる7つの”蠢く終末論”は1体だけでも容易に地形を変化させることができる。それこそ生命を呪うかのように容易く終わりを向かわせる。白伊が何をしようと、この状況は変わらなかった。マリアがどうしようと、今を変えることはできなかったのだ。
だからこそ、終わらせなければならない。欲しいものを手に入れるためには大人にならないといけない。マリアの欲しいものは平和だ。誰もが笑って過ごせる当たり前だったものを取り返したいのだ。そのためには邪魔なものを片っ端から取り除くしかない。それが大切な人であったとしてもだ。
天秤は初めから傾いていた。それを直視できない自分が子供なだけだった。
(能力の全開放を許可する。歌え、黒崎マリア。万象を支配し、あらゆるを夢の中で眠らせろ”支配王”――いや”魔女王”としての真価を発揮しろ)
「……了解。盟主の命により”魔女王”としての能力を発揮します。影響範囲は?」
(こちらで全力を持って隠匿しよう。未だその能力はバレるわけにはいかない”支配王”としてもバレてはならない。よって敵の逃走は許可できない。現状、周囲3キロに人の存在は確認できない。全力を賭して目の前の敵を排除せよ。通信は以上。健闘を祈る)
通信は一方的に切られてしまう。静寂が戻ってきた。
マリアのつけていた黄金のティアラにヒビがはいる。宝石たちは黒く濁り、黒い煙が発生し始めた。その煙はゆっくりとマリアを包み込んでいく。この時”
毒に触れた花が散るように、マリアが触れた花はガラスが割れたみたいに粉々になっていく。黒い煙が晴れる頃、マリアの容姿が変わっていた。漆黒より濃い黒のドレスに身を包み。黒い髪は腰まで伸びて、金色の虹彩は紅くなり、瞳孔は金に輝く。背丈も二十歳ほどまで成長してより美人になっていた。
硝子の花はまるでその女性を恐れているようにも思える。だが、恐怖ではない。子供が母親に叱られるのを恐れる、そんな様子だ。大人びたマリアの瞳も捉えている花々を、子供をあやす母親のように見つめていた。花々もまた彼女を母親を見つめる子供のように静まり返った。
増殖が停止する。凛とした空気が動かなくなった硝子の白伊の肌をヒリつかせた。先ほどまで昼間の光が差し込んでいたというのに、今ではあたりは暗くなっている。見れば天には白星が散りばめられていた。時間はそんなにすぐには過ぎ去らない。この夜を呼び出したのはおそらくマリアだろう。
静寂の中で歌声が和やかに、柔らかく広がっていく。子供をあやす母親の子守唄のようなそれは花々の警戒を完全に解いてしまった。白伊にはわからない。マリアのこの姿を、この能力を知る術がない。彼女にできるのは苗床として自分を捧げることだけで、全ては種子が解決してくれると思っていたから。
「大丈夫。怒ってないよ。あなたたちは悪くない。誰も好きで世界を壊そうとは思わないもん。悪いのはあなたたちに悪意を植えつけた人。私が殺したいのはその人だけ。あなたたちを傷つけるつもりはないから、大丈夫」
歌が終わると、マリアは花に触れて安心させるようにつぶやいた。その言うことを信じた様子の花々は一輪ずつ枯れていく。完全に勢いを失った花々だったが、まだ意識を乗っ取られ切っていなかったらしい白伊の結晶は、少しのヒビをつけるだけに留まっていた。
完璧に”蠢く終末論”を取り払うには足りていない。白伊に寄生した種子を不活性化させなければならない。だのに、”魔女王”化したマリアの言葉でさえ受け入れないのは、白伊の意思がある証拠だ。彼女の強すぎる意志が彼女の言葉を受けようとしなかった。
結晶についたヒビは広がっていく。やがて動けるようにまでなった結晶はゆっくりと口を動かす。
「どう、して」
「やっぱりまだ生きてるんだね」
「なん、で」
「私はあなたを殺すよ。世界を救うために、私は私のやるべきことをやる。そう……決めたの」
「い、やよ」
明確な拒絶だった。結晶化した白伊の目から涙が溢れる。
死にたくないわけじゃない。マリアに殺されたくないということでもない。彼女は自分を殺すことで、彼女に罪の意識を背負わせたくないだけだった。だからこそ、その前に世界を滅ぼしてしまおうとした。結果うまくはいかなかった。その結末がこの状況だ。彼女は幼馴染を知らなすぎたのだ。秘め事のある親友を信じ切ってしまったのが原因だ。そのせいで守りたかった人を傷つけてしまった。
もう自分で自分を終わらせることもできない。世界を終わらせることだってできない。白伊に残された結末は最愛の幼馴染に殺害されることだけだ。それが彼女の最後の役割になってしまった。
「ま、だ。あた、しには――」
失われた翼が結晶を介して広がる。最後の力を振り絞り、せめてマリアにとって最大の敵になり得るように自らを叩き上げる。彼女が自らを責めないで済むように。彼女が自分を世界の敵だと認めるように、己の姿を人から遠ざける努力をする。力などとうに失った。残火のような力でも姿形を変えることはできるはずだ。
愛する人に憎まれるのは悲しいことだ。しかし、愛する人の悲しむ姿を見ることの方が何倍も辛い。死ぬことがわかっているのなら、愛すべき幼馴染を幸せにしよう。それが歪んだ愛の形なのだとしても。
少しずつ人から遠ざかろうとする白伊の額にナイフが突き刺さる。投げたのはマリアだった。
「やだよ。私から嫌われようとするキョウカなんて見たくないよ。最後まで私の親友でいてよ」
「わがままな、子……」
結晶が砕ける。体を完全に乗っ取られたわけではなかった白伊の裸体が弾き出されるように落ちる。だが、生命力はほとんど吸われてしまっているようで息は浅い。急いで駆けつけたマリアは脈を見て苦い顔をする。脈拍が少ない。呼吸も浅く、体は冷え切っている。血流が悪くなったことで白い肌がいつもより青白い。
手遅れだった。小野寺誠が言ったように、マリアは遅刻したのだ。助けられた命を無駄に消耗してしまった。考えればわかったことを、彼女は考えなかった。お互いが信頼関係を築いていたからこそ起きた行き違いで、彼女は大切な人を失うことになってしまった。
寂れた公園は花々の寄生によって活動能力を失ったようで、さらに静かになっている。普段は聞こえる風の音すら聞こえない。そのせいで白伊のか細い呼吸はよく聞き取れた。
「キョウカ……」
「…………何よ。嘘つき、さん」
マリアの声に反応した白伊は小さく笑って冗談に聞こえない返しをする。返事をくれたことに涙しながら微笑み返す。悲しみのせいでくしゃくしゃになった微笑みを見て、さらに彼女は笑う。
徐々に脈が弱くなっていく。体が冷えていくのを感じながら白伊は伝えなければならないことを頭の中に数えていく。その膨大な数に時間が足りないと悔しさを持ちながら残された力で右手をマリアの頭へと乗せた。そうして優しく髪を撫で、頬を触り、涙を拭う。残されたわずかな時間で、本当に伝えなければならないことはなんだろう。そう考えながら。
終わりが近づいてきた。自分でもわかるほどに弱っているのがはっきりとする。視界がぼやけてきた。いずれは愛する人の顔すらわからなくなってしまうだろう。 ”終教”の真実、軍の存在意義、マリアの命の使い方や世界がどうしてこうなってしまったのか。そんなことはどうでもいい。白伊が本当に伝えたいことは、伝えなければならないことは初めから決まっていただろうに。
「愛、してるわ……世界の、誰よりも……白伊、キョウカは……黒崎、マリアを…………愛してる」
「うん…………うん! 私も大好き。誰よりもキョウカのことが――」
白伊の目から光が消えていた。呼吸もない。心臓が完全に鼓動をやめてしまったのだ。しかし、種子である硝子の角笛は未だ白伊の喉元に刺さっている。これを取り除かないと再び今回のようなことが起きるかもしれない。そのためには白伊――最愛の親友の体に傷をつけなければならない。
やりたくはないが、世界を救うためにやるのだ。そう決意したではないか。
扱い慣れたナイフを持って、マリアは愛する幼馴染の喉元を切り裂いた。
「ごめんね、キョウカ。ごめん」
彼女の虚しい声は空へと溶けていった。
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