第24話 花叶言
天は人に二物を与えないというが、人でなければどうだろう。もしも天からの使いである人型の生命体なら。化け物として生まれ落ちた忌み子なら。天は恵みを増やすだろうか。それがもし1度は世界を滅ぼそうとした存在であっても、神は蛮行を許すだろうか。
答えは簡単だ。神の居なくなった終世紀において、天は人に二物を与える。人の身では到達し得ない試練を与えて、まるで面白がるようにイタズラに奇跡を起こすのだ。その運命に巻き込まれた人は巻き込まれていることにも気が付かず、絶望の茨道を素足で進む。
黒崎マリアに用意された道は生まれたその瞬間から地獄でしかなかったのだ。
「あたしの能力を無力化できたとしてもあなたには攻撃の手段がない。ここから出ることは叶わないでしょう!」
「本当にそう思う? 私の隠し事がひとつだけだって、本気で思えるの?」
「あなたといい、皇悠人といい。あたしを弄ぶような発言ばっかり! あたしが何も用意せずにここまでのバカな真似をしたとでもいいたそうに!」
「バカだよ。私を救いたいなんて、バカすぎる。私は救って欲しいんじゃない、救いたいの。この世界に狂わされた人たち全員――世界ごと全部」
「傲慢で強欲――マリアの方こそバカみたいじゃない。そんなこと人のできることじゃないわよ」
白伊の声が萎れていく。救おうとした少女の固い決意が彼女の思いをしぼませていったのだ。もしかしたら間違いだったのではないか。この選択は本当に正しかったのかと疑わせる。心の表面ではそうではないと叫びたかった。だが、その内側では目の前にいる強い少女を自分が救えるものなのかと悩ませる。
マリアの決意は今にできたものではない。生まれたその瞬間から今日に至るまでずっと
その相手がまさか信頼していた幼馴染になろうとは思いもしなかったが。自らの裾をギュッと握り、悲しそうな顔で白伊を見つめる。
「できるんだよ。私は人間じゃないからね」
「………………は?」
人間ではない。艶やかな黒髪と透き通るような肌。端正に整えられた可愛らしい顔と美しい声。白伊を捉える金の虹彩は人のそれではないか。信じろという方が不可能である。むしろ嘘であった方が正常だ。だのに、マリアの表情からはそれが嘘であることは一切思わせない。
人とは形を意味するものではない。その本質や出自が人を人たらしめる。人と化け物の間に生まれた子供は果たして人間だろうか。人と人の間に生まれた子供が化け物にならない保証は一体どこにあるというのか。人が人であるために必要な要素は終世紀においてはふたつ。人としての魂と、人としての運命を持っていることだ。
黒崎マリアの出自に関する情報は軍の秘匿情報の中にも存在しない。ある日突然に小野寺誠が義父として彼女のを拾ってきたとされている。それ以上は小野寺誠の立場上秘匿が可能なのだ。つまり、黒崎マリアは誰も知りようのないブラックボックスである。
白伊は動揺し続けている。守りたいと願った人が自らの命を持ってして世界を救うと言ったから。人であると思っていた幼馴染が自身は人ではないと宣ったから。何より自分のかき集めた情報が作為的に改竄されていることに気がつけなかったから。彼女の動揺はされど目的を忘れさせてはくれなかった。例え黒崎マリアが何者であろうとも救わなければならない。そうでなければ、今までの自分の努力は一体誰のためのものだったのかわからなくなってしまう。それはダメだ。それだけは許せない。
愛情は憎悪へと変換される。愛憎は執着へと代わり、執着は呪いへと変化する。白伊は呪われている。黒崎マリアを救わなければ自分が自分ではなくなってしまうとさえ思っていた。
白伊の顔色が悪くなっていく。精神的ショックは今までの精神力の昂りを収まらせるのに足りたらしい。そうなればどうなるか。彼女の意識が”リビングタトゥー”に侵食されていくのだ。彼女の意思を残したまま、意識はゆっくりと食い尽くされていく。その姿は”堕ちた天使”さながらである。
「キョウカ!」
「それでも……あたしは、あなたを……救うわ。でないと――」
「待って! 飲まれないで!」
白伊の体が脈打つ。一層大きくなる翼に包まれて、蛹が羽化を待つように躍動する。街並みも変化していった。ビル街は消え去り、野原が一面を覆う。そこにひとつ、また1つと青い硝子の花が咲いていく。
その花をマリアは知っていた。世界を滅ぼした7つの”蠢く終末論”の1つ、万物に寄生する硝子の花々”
白伊はいま、それに侵されそうだった。否、彼女を媒介として”スミルナ”が顕現したというべきか。ともかく危機的状況なのは間違い無いだろう。そして、彼女にその選択をさせてしまったのはマリア自身であるという認識があった。
「止まって! それ以上は――」
「あたしが救うわ。あなたを1人にはしない」
「違うの! 聞いて、キョウカ! 私は――」
「うるさい。あなたは黙ってあたしの言うことを聞いておけばいいのよ」
羽化する。黒色の翼が一面に羽根を撒き散らす。それが触れた場所に青い硝子の花が咲き誇る。その状態を見ただけで、白伊が飲み込まれたのは言うまでも無い。通常であれば人の言葉を話せるだけの能力は残っていないはずだが、それができるのは彼女もマリアと同じく特別な出自であるからだ。
この世には稀に”適応体”と呼ばれる”蠢く終末論”の影響に強い耐性を持つ子供が生まれる。この耐性があるとないでは”リビングタトゥー”の限界希釈濃度が変わってくる。強い耐性を持つ子供であれば”蠢く終末論”の体液を主原料とする”リビングタトゥー”も高濃度で使用できるのだ。
白伊の”リビングタトゥー”の希釈濃度が50パーセントで行えたのは、この彼女の特異体質によるためだった。また彼女の”リビングタトゥー”の主原料となった”蠢く終末論”は”スミルナ”だ。この状況になったのも彼女が自我を失うほどのショックを受けたからに過ぎない。マリアは選択を誤ったのだ。
「キョウカ……」
「大丈夫。今すぐ世界を滅ぼしてしまえば、あなたの救うべき世界はここだけになるのだから。あなたは待っていればいいのよ。世界が終わるその時まで」
「できない……できないよ、そんなこと。その姿のキョウカを見過ごせるわけがないでしょ!?」
「ならどうするの? 殺す? 殺せるかしら。今のあたしにあなたの言葉は届かないわよ?」
黒い翼がはためく。再び花による呪いの範囲は拡大していく。ここはおそらく現実の世界ではない。ゆえにどれだけ影響が広がろうが問題はない。問題なのは白伊が現実世界へ行き来できる素振りを見せていることだ。この状態の彼女が世界へ解き放たれれば硝子の花はたちまち大東亜連合国を喰らい尽くすだろう。それは絶対に回避しなければならない。
しかし、白伊を殺害したくない気持ちも確かにある。一度寄生されれば取り除くことは不可能であり、奇跡が起きて取り除けたとしても彼女は今回のことで極刑は免れない。彼女はどのみち死ぬ運命にあるのだ。それをしたくなくても理解しなければならない。
硝子の花はゆっくりと確実に世界を侵食している。猶予は存在しない。選択肢などあってないようなものだ。だからこそマリアはその手に黄金のティアラを持った。
「殺すよ。私がキョウカを殺す。 ”アンサーズブック”第1位”愛情”の所有者”支配王”の名に賭けて」
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