第5話 月傷と陽病

 マリアたちがいるこのカフェは軍人たちもよく利用する有名なカフェテリアでもある。その理由は店の奥にあるボックス席――というよりも個室と呼ぶべき密室が存在するからだ。ここで秘密の対談などが頻繁に行われているというのは軍部ではよく聞く話なのだ。事実この店のマスターは元軍人で上層部だった経験もある。ゆえにこういった場所を提供しているというわけだ。

 完全防音の個室に移動した4人はそれぞれ席についた。すめらぎあくつは隣同士でその対面にマリアと白伊はくいが座る形で4人は話し合いを再開する。

 まず初めに口を開いたのは白伊だった。


「単刀直入に聞くけれど、軍の上層部はいったい何を考えてるわけ?」

「詳しくは言えないけど、私たちに世界を救ってほしいみたいだよ?」


 深刻な顔で危険極まりない2人を連れてる幼馴染に、どのような面倒ごとに巻き込まれているのかと聞いてみたわけだが。当の本人はその事実に気がついていないようで、きょとんとした顔で答えた。拍子抜けなふうに言ってはいるが、その内容は突拍子もない内容だった。

 白伊はマリアの発言を理解するまでに少しばかり難しい顔のまま静止していた。脳の処理が正常に終わる頃には怒りを通り越した呆れに変わっていたことは言うまでもない。同じくそれを聞いていた男2人でさえそのような顔になっていたのだから尚更だろう。

 防音機能が高い部屋にしばし静寂が戻ってくる。次にそれを破ったのは圷だった。


「入口で話を聞いていたが、まさかこの災害を解き放ったのは君だろうか」

「誰が災害だって?」

「……思い出したくもないけれど、そのまさかよ。と言ってもあたしの独断というよりはここにいるお嬢様のお願いが9割だけれどね」

「なんて愚かな……。君は自分が何をしているのかわかっているのかい? このバカは一度この船を――あるいはこの世界を危険に晒した大罪人だということは知っているだろうに」

「誰が馬鹿だって? ええ?」

「わかってるわよ。でも仕方ないでしょう? あたしにとってマリアは大切な――出来うる限り願いを叶えてあげたいと思うなんだから」


 無視される皇をよそに圷は欲しい情報を粛々と手に入れた。かくいう彼は世界中どこに行っても、誰の口からでも”大罪人”であるという認識で固定されている。それは彼が犯した過去の冤罪が起因しているのは言うまでもないだろう。ただでさえ、世界がなくなる危機に瀕しているというのに別件で世界を破壊しようとしたことは、殺人よりも罪が重い。たとえ、それが冤罪であると証明されても認識は容易には直らないだろう。

 圷とマリアも皇が冤罪であることは、薄々または事実として知っている。わかっていてもどうにもできないことがあるように、2人の認識ではどうにもならない事がある。それを2人はよく理解していた。あえて追求しなかったのはそういった理由だ。

 少ない会話でも感じ取れるほどの皇に対する圷の毛嫌いさを見た白伊は疑問に思った。白伊の読んだ資料には圷と皇の関係が特に多く書かれていた。第三者が見聞きして書いてあるものなので大なり小なりの感じ方、思い方に差異はあろう。けれど、2人の仲をそこまで引き裂くようなことは起こっていないはずだった。実際に会って話をした白伊にはそれが不自然に思えてならなかった。


 圷が皇を嫌っていることは事実のことだ。そこに最もらしい理由をつけるなら性格の違い。あるいは生き様の違いに他ならない。皇も同様で自らとは異なった道を進もうとする圷を認められないのだ。この度強制的に組まされた2人であるが、本来であれば2人が同じ志を持って動くことなどあり得ない。圷と皇にとって今回のことは特例中の特例ということになる。

 一悶着ありそうな雰囲気が漂う中、個室の扉がノックされる。皆の視線が扉へと集中した次の瞬間に注文の品をトレイに持ったマスターが入ってきた。「ご歓談中に申し訳ありません」と悪びれた様子のない定型文と一緒にコーヒーが差し出された。

 一旦の落ち着きを取り戻すために全員が注文の品を味見する。


「やっぱりここのコーヒーは最高だね」

「お褒めに預かり光栄ですよ、黒崎様。黒崎様のように美しいご令嬢に褒められたとあればコーヒーたちもさぞ嬉しいでしょうね」

「褒めすぎだよマスター。まあ私がかわいいっていうのは本当のことだけどね」

「自分で自分のことを可愛いなんていうもんかね〜? なあ、圷龍之介?」

「女子はそういうものだろう。あとフルネームで僕の名前を呼ぶのはやめろ、皇悠人」


 マリアを褒めるマスターとそれに本気の言葉で返す彼女を見て、皇と圷の両名はお互いに牽制しながら会話をする。その2人も思った以上に美味なコーヒーで満足げな表情だ。ただ1人――白伊を除いた全員が満ち足りた雰囲気になっていた。

 この空間に耐えられなくなりつつある白伊は一歩引いた視点でこの場を見つめていた。

 アンティークな空間と日常的な風景は白伊の違和感をより深める。せっかくの酔いも一気に覚めていく。彼女は決して頭が悪いわけではない。大東亜連合国が保有する非凡な頭脳を持つ少女――それが彼女に対する国家の共通認識である。そんな彼女の違和感は誰がなんと言おうと間違いではない。


「なんか……不思議な気分なんだけれど?」

「なんだなんだ、せい――」

「品性の欠ける発言をしようとするものじゃない。それで不思議とは?」

「うまく言葉に表せないのだけれど、例えば圷……あ、圷さんって呼んだ方がいいかしら? まあ、あなたはこんなふうに皇悠人と話ができることを思い描いたことはある?」

「呼び方なんて僕が分かるようであればなんでも構わない。そうだね……こんなふうという具体的に欠ける言葉ではわかりづらいところはあるが、僕がこの愚か者とこんなにも長く一緒にいることは考えたこともないかな」

「それは俺様も同じだぜ。俺様と圷龍之介が一緒にいるなんてあり得ない。あり得るとすればそれは……俺たちではない第三者の強制力が働いたときだけ。そう思っていたんだけどな」


 3人の意見が一致した瞬間に揃って視線が一点へと集まる。その先には楽しそうにカフェのマスターと世間話をしているマリアの姿があった。それぞれ想うことは異なれど、その答えは果てしなく等しい。

 3人を引き合わせたのは“きっと”マリアなのだ。皇、圷、白伊はそう断言できていた。馬鹿ではない3人がその結果に至れば理由を求めてしまう。災厄と呼ばれる皇や堕ちた王と揶揄やゆされる圷、加えて最優と評された白伊を引き合わせた理由はなんであろう。

 それぞれ思い当たる節はある。それを口にしないのは不都合や理不尽か、また別の思惑が原因だろうか。答えはマリアだけが持っている。そして、彼女はそれを決して口にはしないだろう。彼女のことを理解している白伊は正答を諦めるようにコーヒーに口をつけた。


「とりあえず、彼女に危害を加えないならあたしから何かをいうことはないわ。ただしこれだけは覚えておいて。あの子に何かあったなら、あたしはあなたたちを絶対に許さない。だから、あの子を任せたわよ?」

「立場的には僕たちの方が彼女よりも下なんだけれどね。それに僕はまだ言い渡されたことに納得ができていない状態だ。そして、片割れは今や大犯罪者。そんな僕たちにいわく大切な人を任せられるのかい?」

「あの子が決めて無理矢理にでも引っ張ってきたのなら、そんなことは問題じゃないわ。あの子の決断はいつだって正しかったもの。そう――、ね」


 ちょうど白伊のカップに入ったコーヒーがなくなろうかというときに、マリアとマスターとの談笑で少しだけ開かれた扉から何やら店の入り口で騒ぎが起きていることに気がついた。耳をすませばそれは騒ぎというよりは悲鳴のようなものであることが分かる。

 反射的に見に行こうと動き出すマリア以外の3人を制止するようにマスターが自前の通信機器で店の様子を確認し、まるで軍人時代の頃のような鋭い眼光を取り戻した。

 そうして静かに、しかし怒りを込めてマスターが状況を伝える。


「どうやら招かれざる客がいらっしゃったようですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る