第3話 彩変える

「ほんとに昔からめちゃくちゃだな〜、小野寺叔父様は」


 一人ひとりを軽く視界に入れたあと、まだ半分ほど残っているタバコで姪であるマリアを指す。行儀の悪さは盟主であることを忘れさせるほどだが、この終わってしまった世界においてはそんなことは盟主たる所以にはならない。強さと賢さだけが盟主として成立させるのだ。

 タバコから放たれる副流煙が天井の煙とつながる。部屋の剥製らが逃げ出したくなるほどの煙が充満していた。

 指名されたマリアは嫌そうに顔をしかめる。構わず小野寺は含みのある笑みを見せて言うのだ。


「お前たちにはモデルケースになってもらう。有能な軍人が無能な王様を指揮して世界を救うモデルケースにな。反論異論疑問質問は、受け付けない。これは決定事項だ。もし何か意見がある場合は――」


 横暴にもほどがある言葉に思わず王2人が反応をしようとする。それに先手を打つように小野寺はすでに動いていた。それこそ初めから終わりに至るすべてのタイミングでだ。

 先程まで何でもなかった煙が突如として3人の視界へと落ちる。まるで意思を持つように3人に取り付いたのだ。

 数秒の間、世界を救うと言われた王ですら死を感じる煙の応酬おうしゅうは小野寺が行ったことに違いない。しかし、彼は"アンサーズブック"ではなかった。


 ではこの力はなんだというのだ。


「“過去世界の遺産"……小野寺誠の7つ道具、ねぇ〜?」

「終末世界になりすべての常識が一新したせいで現役の1割も出力がない。それでもお前たちを殺すには十分だったみたいだけどな」


 皇の語った“過去世界の遺産“とは、14年前――終末世界以前の時代に活躍した英雄たちが持っていたとされる力のことである。世界の常識に反した崩壊と再生を行える強力な能力であったが、終末世界になったことにより常識が変革され今ではかつての栄華は見る影もないと言われていた。事実、彼の能力では”蠢く終末論”を倒すことはできない。あれらは強さというより規格外すぎるほどに理不尽なのだ。

 充満する煙は小野寺の扱う能力のひとつだった。小野寺誠の7つ道具の1つ”理想郷”の植物で作られた特別なタバコがこれの正体だ。

 意思を持つ煙は天井へと上らず3人の周囲で回転を始める。有無はないと言いたげな脅しに一人だけ歯向かう物がいた。圷だ。


「世界を救うことは理解した。であれば僕は降ろさせてもらう。というよりも降りるべきだろう。だって僕は――」

「王としての力が扱えない。そうだろう? 知っているとも。だからお前を選んだ」

「……なぜ?」


 煙はようやく3人と小野寺の間を開くように晴れていく。

 圷が王としての能力を使えないことを知っていたマリアと皇は何も言わない。ただ小野寺の回答を待つことにした。

 戦う力がないと訴えた圷に小野寺は考えを語り始める。


「俺たち"過去世界の遺産"は己の手で手に入れた特別な力だ。マリアの持つ"リビングタトゥー"は無力な自身を許せないと刻んだ特異な力だ。そして、お前たち王どもの"アンサーズブック"はある日突然舞い降ってきた特殊な力だろう」


 小野寺は背の方にある窓を開けて換気を始める。意思を持つ煙は想像よりも早くに外へと散っていった。その様子を見ながら何本目かわからないタバコを吸う。

 新たに生まれた煙は換気により部屋に留まることができずに外へと逃げていった。

 結論を早くに知りたい圷は逸る気持ちで一歩前に出ようとして小野寺に片手で制止された。


「手に入れた力。手で掴んだ力。手渡された力。これらは身につけることはできても手放すことはできない。圷龍之介、お前は力を扱えないんじゃない。力を使わないだけだ。この世界における最高の力は世界を救うことも、滅ぼすこともできる。お前はそれに恐怖した。本当の使い方を忘れようとしているだけだ。それは許されざる暴挙というんだ。理解しろ。力の使い方と、己の命の使い方を。そして己の果たすべきことを果たせ」

「そんな……ことは……」

「皇。お前もだ。本当の姿を隠すのはいい。だが、本来の目的を隠すのはやめろ。そんなことをすれば追い詰められるのは自分だぞ。目的を隠すというのは爪を隠しているんじゃない恥を晒しているだけだ」

「へーへー」


 ぐうの音も出ない圷と、辛うじて飄々とした皇を互いに目をそらす。

 窓を締め、タバコも鎮火してからもう一度2人を視界において何か想うことがある様子だ。それがなんなのかは小野寺以外に知る由はない。無論、それをありがたくも優しい言葉にしてあげようなどと想う男でもない。

 いつまでも子供のようにしている2人に頭を悩ませる小野寺は本心を語り始めた。

 

「ガキどもに説教を垂れるのは好きじゃないが、これだけは言わせてもらう。俺の仕事を増やすな。俺はお前たちの親でも、兄弟でもない。お前らの"師匠"からお前たちを任された手前で面倒を見てやっているだけだ。努力なんて必要ない、結果を示せ。俺が選んだお前たちは世界を救えるのだという結果をな」


 怒られる2人を横目にざまあみろという表情でいたマリアだが、小野寺のお前もだと言いたげな目に気がついて何かを言われる前に目を伏せる。

 総じて問題児という言葉が似合う3人も珍しいだろう。それだけ小野寺――"大東亜連合国"はこの3人に助力が必要なほどに衰退した。目下彼の悩みはそれに尽きる。

 初めの椅子に腰掛け小野寺は別の資料を手に取り印を押し始める。どうやら大方の話は終わったようだ。


「再度伝える。現状、我が国にお前ら有能な穀潰しどもを放置することはできない。ゆえに勅命だ。喜べ貴様ら。お前たちには世界を救うチャンスと権利をやる。だからさっさと世界を救ってこい。以上だ。仕事の邪魔だから出ていけ」


 そうして、3人は部屋から追い出された。全員で顔を見合わせて一斉に嘆息する。

 コンクリートとタイルの廊下は異常に冷たさを感じさせた。

 3人の周りを通り過ぎる軍人たちの視線を感じて、少しいたたまれなくなったマリアは2人の前に出て提案する。


「ちょっと近くでお茶しない? 私、美味しいカフェを知ってるんだよね」

「いや、それよりもあんた小野寺の姪だったのかよ……」


 皇の質問にキョトンとしたマリアだったが、知りたい答えではなかったようで返事をしていない圷に視線を向ける。

 圷もその状況に落ち着けない様子である。戯言をいえるのは無神経な皇だけのようだ。

 悩んでいそうな圷を覗き込みその可愛らしい顔でもう一度マリアは問う。


「圷くん……だっけ? どうする?」

「あ、ああ……構わないよ。そこのバカもいるのは正直イヤだけれどね」

「んな!? お前ら俺様の扱い雑すぎないかい?」


 こうして3人は面倒ごとを押し付けられたよしみで仲良く(?)お茶をするためにこの場を後にすることを選んだのだった。

 若干、かわいそうな青年をそのままにして……。

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