第10話 感想

 中間テストが返却されてから初めて訪れた土曜日のお昼過ぎ。


 俺は再び高崎駅前のショッピングモールのフードコートに来ていた。

 目の前には天宮あまみや郁美いくみが座っている。


 今日は、俺が終わらせた天宮の理系科目の課題を、彼女に渡すために集まったのだ。

 さっさと渡し終わると、いつも通りに天宮からの質問攻めが行われる。ただ、今日の質問はこれまでのものと少し違っていた。


「私の小説、どうだったかしら?」


 感想を求めてきたのだ。

 普段は淡々と質問をする天宮だが、こればかりは少し恥ずかしそうにしている。ちらちらと俺の様子をうかがって、そわそわと落ち着くことなく体を揺らしている。


 なんだか、普通の女子のような可愛らしい仕草で、逆に気味悪く思える。

 なので、さっさと感想を言うことにした。


「想像以上に面白かった」

「ほ、本当!」


 天宮が珍しく目を輝かせて笑顔を見せる。


「あ、あぁ、本当だ。俺、普段からそんなに小説読むタイプじゃないけど、スラスラ読めた」

「そ、それで?」

「それに、なんというか、頭の中で情景が浮かんだと言うか」

「ふ、ふぅ〜〜ん」


 普段以上にメモを取られている気がする。それに、声色も普段より明るい。


「お前、嬉しそうだな」

「っ! う、うるさいわね! 別に良いでしょ? 感想を言われるなんて初めてなのよ」

「は? 初めてじゃないだろ?」

「それ、からかってるの?」

「だって、お前の小説のコメント欄に沢山コメント書かれてただろ」


 事実、天宮の小説には各エピソード毎に3、4件ずつコメントが書かれている。天宮がそのコメントの存在を知らないはずがない。


「確かにそうだけど、でも、画面上にコメントが書かれているのと、実際に口で言われるのとでは違うのよ」

「そういうものなのか」


 正直、その辺りの感覚は理解できない。どちらにしても、感想であることに変わりないのだから。


「何作品読んだの?」

「なんとなく面白そうなやつ4作。と言っても、この前の短編以外は、途中までしか読んでないけどな」

「じゃあ、その中でどの作品が面白かったかしら?」

「『プラネット・ライダー』は面白かったな。SFチックな感じで」

「そう! あれは私の最近の作品の中では、人気作なのよ! PV数が1番伸びてて、出来も個人的に1番よく書けてると思ったの」


 今までにないほど天宮が興奮している。こんなに早口な彼女は初めて見た。

 やっぱり、小説書くのが好きなんだな。


「具体的にどこが良かったのかしら?」

「そうだな。まず『ホバーバイクで未来都市を爆走する』っていう、テーマ自体が良かったな。男心くすぐられる。それに、ライダースーツが高性能アーマーなのも良かったな。見た目がカッコいいだろうし、光速で走れたり、銃撃戦で鎧になったり、そういう実用性を考えて設定してるんだろ?」


 俺の質問に、天宮が身を乗り出して、前のめりになって答える。


「そうよ! あんた、ちゃんと読んでくれたのね!」

「前にも言ったろ? 俺はこれでも、クリエイターに対して、結構リスペクトがあるんだ。面白かったら、ちゃんと読むんだよ」

「良かったわ。あんたへの取材で書けたお話が、ちゃんとあんたに刺さるものになって」

「ちょっと待て。あの話って、この質問攻めのおかげで書けたのか?」

「そうよ」


 彼女は平然と言ってのけた。


 たしかに「プラネット・ライダー」は俺に刺さる部分が多かった。特に、SFチックな世界観は、過去にロボットアニメにハマった頃の興奮を呼び起こすほどだった。

 ただ、俺が過去にロボットアニメにハマったと天宮に教えたのは、約1ヶ月前。初めて彼女に質問攻めをされた時のはずだ。


 まさか、たった1ヶ月でこれだけ面白い話が書けるとは。


 それを知ると、目の前の彼女から、才能というオーラが放たれているように思えてきた。


 もしかしてコイツ、本当に凄い奴なのではないだろうか。


「お前って、凄いんだな」

「なによ、いきなり改まって。気持ち悪いわよ」

「いや、単純に感心してるんだよ。この短い期間で、ちゃんと面白い話を書けるその実力に」

「ふん。あんたにしては良いこと言うじゃない」


 相変わらず、上から目線なのがムカつく。

 ただ、彼女の執筆の実力だけは尊敬できるものだと心から思えた。


「なぁ。やっぱりお前、俺以外にも小説のこと話せる人がいた方が良いんじゃないのか?」

「っ……」


 俺の一言に、天宮の目から光が消えた。先程まで嬉しそうに微笑んでいたのに、急に不機嫌そうに唇をとがらせている。


「うるさいわね」


 発せられる言葉にもトゲがある様に思える。


「いや、真剣に言ってるんだよ。俺の話を参考にしただけで、これだけ面白い話が書けるんだ。俺以外にも、男友達とか女友達に話を聞いたほうが、絶対に参考になるぞ。今以上にいい話が書けるって」

「前にも言ったでしょ? 私、仲のいい友達なんていないのよ」


 天宮は鼻を鳴らして、俺の提案をはねつけた。それは、俺の提案を徹底的に拒絶しているようだった。

 不機嫌そうな態度をとる彼女はよく見るが、これほど不機嫌な彼女は初めて見た。だかこそ、疑問が湧いてきた。


「……純粋な疑問なんだが、なんでいないんだ? お前、普通に話せるし、見た目もいいし、作ろうと思えば、直ぐに友達なんて作れる気がするんだけど」


 天宮は冗談抜きで見た目が良い。それだけでも、人は勝手に寄ってくるはずだ。現に、天宮は時折、ラブレターを貰っている。どれも、目を通してから、ビリビリに引き裂いているが。とにかく、彼女に声をかけようとする人は少なくないはずだ。

 それに、こうして話していても、上から目線なのが気になるが、それ以外は一切問題ない様に思える。


 それなのに、仲のいい友達が1人もいないなんて、あり得るのだろうか。


 天宮は持っていたペンをテーブルに置いた。それから、頬杖をついて虚空を見つめた。


「あんたに質問するけど、放課後、誰とも遊ぼうとしない子と友達になろうと思う?」

「え?」

「塾も習い事もしないで、流行りのものにも疎い子。そんな子とあんたは友達になろうと思う?」

「俺はなろうと思……」

「思わないわ!」


 俺が言い切る前に天宮が遮った。鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。

 その威圧感に負けて、俺は開けていた口を大人しく閉じた。


「私、ママとの2人暮らしなの。ママは私を育てるために朝から晩まで一生懸命働いてくれてたわ」

「父親は?」

「ふっ。あのクソジジイは、アバズレ女と不倫して、私とママを置いてどこかに行ったわ」

「そ、そうか……」

「ママが働いている分、私は家事をすることになってたの。中学生の頃からは、バイトもするようになったわ。みんなが遊んでいる間、私は家事とバイトをしていた。遊びに誘われても、バイトと家事を理由に全て断ったわ。

 そうしたら、ある日、あのクソジジイの話が同級生の間に広まったの。それから、根も葉もない噂が出始めた。私が体を売って稼ぐビッチだとか、感染病を持ってるとか。そうして、同級生全員が私をいじめるようになったわ」

「……ひどいな」


 そう言いながらも、俺は自分自身の過ちに気づいた。

 天宮と関わるようになる前まで、俺はそれと似たような噂を、半分ほど信じていた。まともな根拠もなく、噂だけで天宮の性格を決めつけていた。


 そんな自分が情けなかった。


 天宮は自嘲気味に笑った。


「仕方ないわよ。誰とも遊ばないような子の親が不倫してたんだから、誰だっていじめたくなるわ」

「仕方なくなんて……。ごめん。続けてくれ」


 言いかけてやめてしまった。

 俺には否定する資格がなかった。


「それから、私は徹底的に1人で過ごすようになった。暴力を振るわれたら、やり返すようにもなった。そんな日々を過ごしてたら、友達なんて1人もできないまま高校生になってた。

 ほら。だから、友達なんていないのよ」

「……」


 何も言えなかった。


 俺が知らないだけで、天宮にも事情があったのだ。気安く「友達を作れる」なんて言うべきではなかった。


「……」

「……」


 嫌な沈黙だ。かといって、場を和ませるような冗談を言っていいとは、到底思えない。


 すると、天宮がさっと立ち上がった。課題のプリントをまとめて持って、身支度を整えている。


「今日は帰るわ。それじゃあね」


 そう言って、スタスタと歩いていってしまう。彼女の背中は、普段より弱々しく見えた。

 

 このままでは駄目だと感じ、俺も立ち上がって彼女の後を追う。


「あ、天宮。その、嫌なこと言わせて、悪かった」

「気にしないでいいわ。いずれ話すことが、たまたま今日になっただけよ」


 振り向くことなく、背中を見せたまま、天宮がそう言った。

 それに対して返す言葉が見つからなくて、俺は追うのをやめてしまった。


 そうして、そのまま、天宮はフードコートを去ってしまった。

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