徹夜明けにはラブコメを! 〜ビッチ女ヤンキーはただの小説オタクでした〜

ロム

天宮郁美という女

第1話 幸せな日?

 上毛じょうもう中央ちゅうおう高校の新学期初日。

 2年3組の教室で、俺こと、空野そらの誠太せいたは考え事をしていた。


 幸せとはなんだろう。


 宝くじに当たること。台風で学校が休みになること。好きなマンガがアニメ化すること。衣食住ある日々を平和に過ごすこと。

 人によって、その答えは様々だ。


 では、俺にとっての幸せとは何か。


「また、隣同士だね。空野くん」


 それは、好きな女子と席が隣同士になることだ。


 隣でにこやかに微笑む彼女の名前は古賀こが玲奈れいな

 吸い込まれそうな大きくて丸い目、柔らかそうな健康的な肌、ポニーテールにした艷やか茶髪と、「かわいい」を擬人化したような容姿をしている。

 俺と古賀は去年同じクラスで、隣の席になった事をキッカケに仲良くなった。俺の数少ない女友達の1人だ。

 運が良いことに、今年も同じクラスで、しかも隣同士になれたのだ。


「今年もよろしくな、古賀」

「うん」


 そう短く返事をした彼女は、おもむろに握った左手を俺の方に差し出した。


「なにこれ?」

「ほらほら、空野くんも手、出して」

「お、おう」


 言われた通りに右手を差し出すと


「よろしくね、いぇ〜〜い」


 と、笑いながらグータッチをしてきた。それから、自分の行為を振り返って恥ずかしくなったのか、頬をピンク色に染めている。


 なにそれ〜〜。可愛すぎるんですけど。


 俺は頬を緩ませながら「いぇ〜〜い」とグータッチを返す。それから、お互いに顔を見合って笑い合った。

 ずっとこの幸せな空気感を味わっていたい。


「あなた達〜〜、席につきなさ〜〜い」


 間もなくして担任の先生が入室してきた。立ち話をしていた生徒たちが各自の席に戻っていく。

 俺たちは姿勢を正して先生の方に視線を向ける。


 先生は俺たちをざっと一瞥すると、ホームルームを始めた。生徒の出席を確認して、今年度の予定などを手際良く説明していく。


 ガシャン!


 突然、教室の後方から勢い良くドアの開く音がした。教室にいた全員の視線が音の鳴った方に集まる。


「っ……!」


 そこには、1人の女子生徒がいた。

 腰まで伸びた金髪のロングヘア、高くてすっと通った鼻筋、切れ長の目。モデルのような長身をしており、短めにしているスカートは長い脚を強調させ、着崩した制服からは白い肌を覗かせている。


「きれい……」


 古賀が小さな声で呟いた。


 俺も同じような感想を持っていた。

 現れ方のインパクトもあるのだけれど、それ以上に、彼女の魅力的な容姿に目を奪われていた。彼女の存在は、地上に舞い降りた女神のように、幻想的なものだった。


 俺以外のクラスメイトも同じようにぼーーっと彼女を見つめている。


 すると、彼女が刃物のように鋭い目つきでこちらを睨んだ。


 その威圧感に、俺は思わず身震いした。人生で初めて殺気を感じ取ってしまった。ただの綺麗な女子でないことがすぐに分かった。


「あ、天宮あまみや育美いくみさん……そこの席についてくださいね〜〜……」


 先生が声を震わせながら言った。言葉の終わりの方に至っては消えてしまいそうなほど弱々しいものだった。明らかにビビっている。

 その空気感は教室中に伝染して、全員が肩肘を張っていた。つばをのみ込むだけでも妙な緊張感がある。


 天宮と呼ばれた彼女は、不機嫌そうに口をつぐんでスタスタと歩き席についた。


 先生は顔を強張らせながらも、何とかホームルームを続けるのだった。


 それから何事もなく訪れた放課後。


「今日は部活あるの?」


 帰る準備を進めていた所に古賀が話しかけてきた。


「いや、今日はない。新学期初日は部活動禁止なんだよ」

「へぇ〜〜。じゃあ今日は早帰りだね」

「古賀は?」

「私は塾があるから、すぐに帰るよ」

「古賀は真面目だな」

「そんなことないって。そ、それじゃあさ、せっかくだから一緒に帰ろうよ」

「お、おう」


 新学期初日から、古賀と一緒に帰れるなんて。平静を保ってはいるけれど、内心は飛び跳ねたくなるほど嬉しい。

 今日の俺は本当に運が良いようだ。


 帰り支度を終えて、古賀と並んで教室を出る。そのまま生徒玄関へと歩いていく。


「ねぇ、空野くん。ホームルーム中に遅れて入ってきた天宮さん? って、どんな人か知ってる?」


 古賀が歩きながら聞いてきた。

 あれだけ派手に入室していたのだ。気にならない訳が無い。


「噂なら少しだけ知ってる」

「噂って?」

「天宮さんがヤンキーっていう噂」

「や、ヤンキー?」


 驚いたように古賀が眉をひそめた。


「あぁ。暴力沙汰を起こしたり、バイクで暴走したりしてるらしい」

「へぇ〜〜。すごい元気な子なんだね!」

「ま、まぁ、そうだな」


 「ヤンキー」を「元気な子」と捉える古賀の思考に少し驚かされる。


 ただ、古賀に話した内容は、彼女に関する噂のほんの一部でしかない。不良グループを壊滅させたとか、小遣い稼ぎで体を売っているとか、ナイフで人を刺し殺したとか、そういった噂が山程あるのだ。


 正直、普通に学校に来ている時点で、殺人を犯してはいないだろうとは思う。それでも、今日感じた殺気だけで、他の噂の信憑性は高いのではないかと思えてしまう。


「と言っても、全部ただの噂でしかないけどな」

「そうだね。この1年で仲良くなれたらいいね」


 古賀は噂のことなど気にする素振りも見せなかった。むしろ、希望に満ちあふれたように目を輝かせている。


 なんて良い子なんだろう!


 そうして話している内に、最寄り駅である北高崎駅にたどり着いてしまった。

 古賀とは方向が逆のため、ここでお別れとなる。この時ばかりは、学校から駅までの距離が近いという好立地を恨む。


「またね、空野くん」

「おう。古賀もまたな」


 ホームへ降りる際、ギリギリまで古賀は俺に向けて小さく振っていた。その仕草があまりにも可愛くて、できることならずっと見ていたい。ただ、電車はすぐに来てしまったため、すぐに階段を駆け下りた。


 階段から1番近くのドアから電車に乗り込む。

 車内は上毛中央高校の生徒でほとんど埋まっていた。俺はドア付近のつり革につかまっていることにした。


 電車が走り出し、ふと乗客に目をやると、見覚えのある金髪が視界に入った。


 天宮だ。


 彼女は俺と向かい側の端の座席に座っていた。

 見た目が美人な見明は、車内でもかなり目立っていた。周りの男子生徒はチラチラと彼女を見ている。それから小声で「あの人、めちゃくちゃ可愛くね?」と囁かれている。


 天宮はスマホを凝視していて、俺に気づいた様子は見せていない。そもそも、彼女が俺の事を知っているはずがないのだから、気付くも気付かないもないのだけれど。


 天宮は何やら熱心にスマホを操作していた。素早くフリック入力をしてから、じっと考え込むような素振りを見せる。しばらくすると、再び素早くフリック入力をし始めた。それから、満足げに口角を上げている。

 何をしているのかは良くわからないが、楽しそうだ。


 ヤンキーと噂される彼女が楽しそうに熱中するもの。どんなものなのか、少し興味が湧いてきた。

 すると、天宮の背後の窓ガラスに、彼女のスマホの画面が反射していることに気づいた。目を凝らせば、彼女が何をやっているのか分かるかもしれない。


 俺は天宮に気づかれないようにしつつも、じっと窓ガラスを注視する。


 そこに映っていたのは、スマホゲームの画面でも、メッセージの画面でもなかった。


「なるほど、ネット小説か……」

「っ!」

 

 納得して、思わず呟いてしまった。


 俺の呟きに天宮はあからさまに反応した。

 スマホから顔を上げて、すぐに俺と目を合わせてきた。その瞳には一切の光がない。口を僅かに開いて、無表情のままじっとこちらを見つめている。無言の圧は「動いたら殺す」と言われてるように感じてならない。


 背中に冷や汗を流しながら、俺は必死に打開策を考える。


 たしか、熊に遭遇した時は、目を逸らさずにそっと立ち去れば良かったはずだ。……それがヤンキーに通用するのかは分からないけど。ただ、今の俺に残された選択肢はそれしかない。


 駅に停車すると、俺はそっと後退りしながら電車を降りる。

 しかし、俺を追うように天宮も降りてきた。

 ただ、偶然一緒の駅に降りた可能性もある。俺はすぐに方向転換をすると、あくまで平然を装って改札に向かって速歩きをする。


「あんた、ちょっと待ちなさいよ!」


 背後から俺を呼び止める声がした。


「やばいっ!」


 俺は走り出して改札へと続く階段を駆け上がっていく。2段飛ばしの大股で一気に上り、その間に手元でICカードの準備をする。そのまま、全速力で改札機へ向かい、ICカードをかざす。


 ピンポーン!


「ぐへっ!」


 俺の想いとは裏腹に、改札機は逃げ道を塞いだ。どうやら、走リながらICカードをかざしたので、改札機が上手く読み取れなかったらしい。


 改札機からの思わぬボディブローにお腹を痛めていると、背後から嫌な気配がした。


「あんた、いい度胸してるわね」


 恐る恐る後ろを振り向く。

 そこには、鬼の形相をした天宮がいた。


 今日の俺は運が悪いらしい。

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