火星歴史博物館
……………………
──火星歴史博物館
いよいよ
七海たちが強奪した
「こいつで博物館まで向かうのか」
七海たちは李麗華が準備した軍用四輪駆動車を前にした。
ウォッチャー・インターナショナルのロゴが入ったオリーブドラブの塗装の車両で、軍用ではあるが武装はついていない。ただし、装甲はしっかりと施されているようだ。
「こういうゴツイ車両って男の子だよな」
「意味がよく分からない」
「悪かったな」
ごつごつとした武骨な軍用車両は七海の男子心に響いていた。
「運転は私がやる。七海、お前はいつ偽装がばれて戦闘に突入してもいいように待機しておいてくれ」
「了解だ、相棒。しかし、李麗華が上手い具合に偽装してくれるんだろう?」
「初めて組む相手は信じすぎない方がいい」
「ふむ。それもそうか」
七海は少しばかり油断していたなと反省。
「だが、裏切られる可能性は心配しなくていいだろう? 向こうもそれなりのリスクを冒している。俺たちが
「この火星では何が起きてもおかしくはないということを覚えておくんだ、七海。くだらない
「世知辛い星だな……」
アドラーがあくまで慎重なのに七海はそうボヤいた。
「まあ、李麗華が裏切るとは私も思っていない。彼女が手違いで失敗する可能性はあっても、積極的に私たちを裏切るとは考えられない」
「それはいいことだ。俺も裏切らないでほしいよ。あいつ、いいやつそうだし」
「そうだな。では、行くとしよう」
七海は李麗華に好印象を持っていた。できるならば裏切る裏切られるの関係にはなりたくないと思うほどに。
そんな思いの中で、アドラーの運転する軍用車両が出発。
レイ・ブラッドベリ地区に向けて進み、火星の首都エリジウムを走っていく。
「ところで、レイ・ブラッドベリってSF作家の名前だよな?」
「ああ。この前行ったジュール・ヴェルヌと同様にな。火星の場所の名前は宇宙開発やそれに関する作品で有名になって人間の名前がついている」
「オポチュニティも?」
「オポチュニティはアメリカの火星探査機の名前だ」
「
アドラーと七海はそんなことを話しながら、レイ・ブラッドベリ地区を目指して進む。上空を交通監視システムのドローンが飛行しているが、七海たちの軍用車両は呼び止められることもなく高速道路を進んだ。
それから1時間ほどで七海たちはレイ・ブラッドベリ地区に到着。
「なんだかお洒落な場所だな、ここ。道路も建物も綺麗だしさ」
「ここは金持ちの住処だからな。これで驚くようならば首都中心部のカール・セーガン地区に行ったらなおのこと驚くと思うぞ。まさに金持ちのための場所だ」
「貧富の格差を感じるぜ」
七海がそう愚痴るのを聞き流しながらアドラーは軍用車両を綺麗なレイ・ブラッドベリ地区の道路で走らせて、そして彼らは目的地に到着した。
「おお。ここが火星歴史博物館か」
七海が見上げるのは火星とその軌道を回る衛星──フォボスとダイモスがホログラムとして表示されている博物館の正面エントランスだ。
火星歴史博物館は実に壮麗な建物で、七海が見たことあるいかにもな博物館の作りとは違っていた。ホログラムや前衛的なデザインの建物など、どこか未来を感じさせるような、そんな空気が漂っている。
「では、
「オーケー、相棒」
七海たちはそう言葉を交わして火星歴史博物館に足を踏み入れた。
『ようこそ、火星歴史博物館へ。当館は入場料無料で火星の歴史について学ぶことができます。火星の歴史を知り、我らが故郷である火星への愛を高めましょう!』
七海たちに反応したのか、博物館のアナウンスが流れる。
「へえ。入場料無料なんだ。にしては、今日は人が少ないみたいだけど」
「ああ。今日は本来休館日だ。関係者しかいない。民間人を巻き込まずに済むからいいことだろう?」
「そうだな」
戦闘になることが確実ならば、可能な限り関係ない人間にはいてほしくないものだ。
「さて、あとは李麗華から連絡があれば、立ち入り制限地域に入るんだが」
そう言いながら七海は博物館の展示物を見渡す。
『火星の成り立ち』
そこに記されているのは、宇宙誕生から火星の誕生までを説明した展示物で、火星という惑星が誕生するまでの長い歴史について記されている。
七海はそれを興味なさげにざっと見渡したのちに、欠伸をした。彼はこういうものにはあまり関心がないようだ。
「おお。これって火星探査機の模型?」
「そうだな。アドヴェンチャー。火星の有人探査を初めて行った探査機だ。この探査機から火星の開拓が始まったと言っていいだろう」
七海が見上げるのは7、8メートルほどの高さがある宇宙船だ。これがまさに火星の有人探査を行ったものである。この宇宙船に乗った4人の宇宙飛行士が、人類として初めてこの火星に降り立った。
この探査計画にはスリースター・ダイヤモンドという民間企業が協力したとある。
『おーい。博物館には到着した?』
「してるぞ。そっちの指示を待っているところだ」
ここでようやく李麗華から連絡だ。
『オーケー。じゃあ、目的のサーバーを目指そう。侵入ルートをそっちに指示しているから、それに従って侵入してね。あと、もしかしたらウォッチャーのコントラクターに怪しまれるかもしれないけどIDは確かだから』
「口八丁手八丁で対処しろってわけだな」
『そ。頑張ってねー!』
「あいあい」
そして、李麗華から目的のサーバーがある考古学研究棟までの侵入ルートが示される。それに従って七海たちは進み始めた。
展示物の並ぶ博物館内を進むと『立ち入り制限地域』という警告が見えてくる。
「前方にウォッチャーのコントラクターだ。警戒しろ」
アドラーがそこで警告。彼女が言うように2名のウォッチャーのコントラクターが警備に当たっている。
「止まれ」
と、通り抜けられるかと思ったが、コントラクターから静止される。
「どこの所属だ? 新入りがくるとは聞いていない」
『君たちのIDはそいつらより上の指揮系統に位置しているから、それで何とかして』
コントラクターが訝し気に尋ねるのと同時に李麗華から連絡が来る。
「おいおい。俺たちのIDが目に入らないのか?」
七海が2名のコントラクターを前に偉そうにそう言う。
「あ! 失礼しました。しかし、やはりここの新しいコントラクターが配置されるとは聞いておりませんが……」
「うむ。そうだろう。我々は監査官だ。君たちがちゃんと仕事をしているのか、本社の命令で確認しに来た」
「か、監査!」
アドラーも偉そうに言うのにコントラクターたちが焦りを見せる。
「最近、コントラクターたちがちゃんと業務を行っていないとの報告もあるので、確かめさせてもらおう。君たちはいつものように業務を行いたまえ」
「は、はい」
「ところで、喉が渇いたな……」
「すぐに水をお持ちします!」
七海もアドラーの言いだしたことに乗って監査官を装い始める。そして、彼がわざとらしく手でぱたぱたと顔を仰ぐと、ここにいたコントラクターたちは慌ただしく接待の準備に入り始めた。
「ばっちりな偽装だな。相棒」
「へへっ。私もこれぐらいの悪知恵は働く」
七海が意地悪げに笑うのに、アドラーも悪い笑み。
「水をどうぞ、監査官」
「おう。ありがとう。では、諸君のことはしっかりと監査させてもらおう」
七海は水を受け取ったのちに、立ち入り制限地域に入り込む。彼らを監査官だと誤認しているウォッチャーのコントラクターたちは、彼らを止めることはない。
『なかなかのお点前。監査官とは考えたね』
「ああ。アドラーのおかげだ。で、目的のサーバーに向かうまでに無人警備システムをハックしなければならんのだろう? どこら辺に端末はあるんだ?」
『任せて。案内するよ』
「頼むぜ」
それからさらに李麗華の案内で立ち入り制限地域を進み、七海たちは無人警備システムを制御している端末を探す。
「ここは何というか、普通の研究室みたいだな?」
「ああ。これといって大きな秘密がありそうには見えないが……」
「李麗華はここの何が欲しいんだか」
立ち入り制限地域と言っても研究室はガラス張りで、廊下から中が見えるような場所だ。そして、見える限り、火星の岩石などの分析している様子などはあっても、金になりそうなものが研究されているようには見えない。
しかし、李麗華は大きな危険を冒して、ここにある情報を欲しがっている。
『ちゃんと手に入ったら君たちにも見せてあげるから、そんなに心配しなくてもいいよ。さらにウォッチャーのコントラクターがいるから警戒して』
「あいよ。警備体制はまさに厳重だな。これなら何かありそうだ」
ただの退屈な岩や砂の研究をしている割には警備が無駄に多い。これならば確かに価値のあるものがあるのだろうと七海は思った。
七海たちはコントラクターたちをやり過ごしながら進み続けて『セキュリティルーム』と表示にある場所までやってきた。
『中にコントラクターはいない。無人で運用されているから。でも、
「分かった。それはこっちに任せておけ」
アドラーはそう李麗華に返事し、セキュリティルームの扉を開き、素早く中に入り込んだ。中は無人であり、いくつもの電子機器が並んでいる。
「七海。見張っていてくれ。すぐに済ませる」
「了解」
七海が見張りに立ち、アドラーは無人警備システムに
「できたか?」
「ああ。準備万端だ。行こう」
これで博物館内の無人警備システムはアドラーの手に落ちたも同然。
『そろそろ
「ああ。やってやろうぜ」
李麗華から連絡が来て、七海たちは堂々と博物館内で目的のサーバーを目指した。
……………………
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