ハッカー

……………………


 ──ハッカー



 翌日、七海たちはフィクサーであるスカーフェイスに会いに、再びキュリオシティへと向かった。


 スカーフェイスはこの前のようにボックス席におり、七海たちを出迎えた。


「どうした? まだ仕事ビズはないぞ」


「頼みがあってきた。ハッカーを紹介してくれないか?」


 スカーフェイスが尋ねるのに七海がそう頼み込む。


「なるほど。確かにこれからの仕事ビズを考えるならば、ハッカーのひとりはいた方がいいな。しかし、俺が紹介してやれる人間となるとな……」


「多少腕は劣っていてもいいから、信頼できる人間を頼む」


「そいつが難しい。腕は立つが変人ってやつばっかりだよ、ハッカーってのは」


 アドラーもそう頼むのに、スカーフェイスが困ったような表情を浮かべた。


「まあ、今のところ組めそうなハッカーと言えば、こいつだな」


 スカーフェイスはそう言って、そのハッカーの情報をアドラーに送信。


「どんなハッカーなんだ?」


「腕は立つ。とてもな。ただし、ちょっとばかりオカルトに嵌っちまってる。欠点はそれぐらいだ。俺からの紹介だといえば、会ってくれるだろう。一応俺からも連絡しておいてやろう」


「助かる、スカーフェイス。早速会いに行ってくるよ」


「健闘を祈る、新参ニュービー


 スカーフェイスにそう言って七海たちはハッカーに会いに向かう。


「場所は?」


「オポチュニティ地区の東部だ。道案内は任せておけ」


 アドラーがそう請け負い、七海たちはオポチュニティ地区を進む。


『──スリースター・ダイヤモンド社は火星=地球間の旅客事業再開に依然として強い意欲を示しており──』


 荒れたオポチュニティ地区でも壊されていない公共施設はあるもので、そのひとつがニュースなどを表示するホログラム掲示板だ。


 そこにはニュースや政府からの告知が表示されるようになっている。


 しかし、ほとんどの公共施設は面白半分に破壊されたり、ゴミだらけになっている。このありさまは、まさにスラムそのものだ。


「このマンションにいるらしい」


 そして、到着したのは落書きだらけで、ゴミだらけの見上げるような巨大なマンション。以前、偽造屋がいた格安マンションを思い出すようなものだった。


「この手の建物はいっぱいあるって聞いたけど、マジでコピペしたみたいに同じようなやつだな。ハッカーも金に困っているのかね……」


「かもしれないな。それならば我々の仲間になるメリットも示せる」


「だな。ビッグになって金持ちになろうぜって、な」


「ああ。行こう」


 七海がにやりと笑ってそう言い、アドラーが先頭に立ってマンションに入った。


 この前の偽造屋のいたマンションと違って、ギャングはいないようだ。七海たちはエレベーターで一気に70階まで登り、それから廊下を進む。


「この部屋のようだが、用心しろ。無人警備システムが稼働している」


「おっと」


 七海たちが問題のハッカーの部屋の前に来るのに、アドラーが警告。七海が周囲を見渡すと、天井に監視カメラのようなセンサーが存在していた。


「あれはリモートタレットに連動しているタイプのカメラだ」


「おいおい。チャイム押してもいきなり撃って来ないよな……?」


「分からない。腕の立つハッカーと言うのは確からしく、ネットワークは超高度軍用グレードのアイスで守られている。手が出せない」


「覚悟を決めるしかないか。俺が行くよ」


 アドラーは監視カメラからネットワークに侵入しようとしたがアイスに防がれてしまっている。これではどこにリモートタレットがあるのかすら分からない。


 そこで七海が勇気を振り絞って、チャイムを鳴らした。


『はいはい。スカーフェイスの紹介にあった人?』


 すると、インターフォンからハスキーな女性の声が聞こえてきた。


「ああ。七海とアドラーだ。スカーフェイスの紹介で来た」


『待ってて。今、カギを開けるから』


 ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャンとロックがいくつも開錠されていく音が聞こえる。重々しい音の上にいくつあるんだというぐらい音が連続する。


『カギ、開いたよ。入って、入って』


「ありがとさん」


 部屋の主であるハッカーに招き入れられて、七海たちが部屋に入る。


「やほー。君たちがレッドスターを壊滅させた期待の傭兵?」


 部屋にいたのは20代後半ほどのアジア系の女性だった。ミディアムボブの黒髪でインナーカラーを蛍光色の紫に染めており、顔立ちは垂れ目でおっとりとした感じ。


 小柄ながら女性的な体はだぼだぼのパーカーと短パンだけで、あとはスリッパを履いているぐらいだった。そのパーカーには何かのアニメのキャラが描かれており、どこかオタクっぽい格好だなと七海は思った。


「おう。俺は七海将人。こっちはアイリーン・アドラーだ。あんたは?」


「あたしは麗華リーファ。よろくね、七海、アドラー」


 李麗華はフレンドリーに笑って手を振って見せる。


「よろしく、李麗華。その名前からするに中国の人か?」


「正確にはご先祖が台湾出身。まあ、あたしは移民2世だから、中国だろうと台湾だろうとどうでもいいけどねー」


「ふうん」


 李麗華が語るのに七海が頷きながら室内を見渡す。


 あれやこれやと電子機器が並べてあり、脱ぎっぱなしになった衣類などが散乱している。流石に生ごみの類は散らかっていないものの、なかなかの乱雑具合だ。


「で、だ。スカーフェイスの紹介で来たんだが……」


「スカーフェイスの紹介、ね。別の彼と親しいわけじゃないんだけどさあ」


「そうだったのか?」


「前に何度か彼の仕事ビズを手伝っただけ。それだけの関係だよ。そんな彼の紹介であたしに何か頼み事?」


 李麗華がそう七海に尋ねる。


「ああ。俺たちの仲間になってほしい」


 七海はそう直球で頼み込んだ。


「仲間、仲間ね。別にいいけどさ」


「お。本当か!?」


 意外にも李麗華はあっさりと仲間になることに同意している。


「ただし、条件があるよ。あたしの依頼する仕事ビズをやってほしい。あたしも安い女じゃないから、ただで仲間になるのはだーめ」


「どんな仕事ビズだ? 俺たちにできることならやるぜ」


「インフィニティって会社は知っている?」


 そこで李麗華がそう尋ねてきた。


「インフィニティ?」


「火星の巨大サイバー企業だ。企業連合の一角であり、他のメガコーポと結託して火星の政治を動かしている。だろう?」


 七海は首を傾げたが、アドラーはインフィニティについて知っていた。


「そう、その通り。加えて言うならば、この会社の実に面白い点はAIが最高経営責任者CEOとして会社のトップ務めていたりするって点だね」


「何だ、そりゃ? AIが社長なのか?」


「そうだよ。地球で生まれた自律AIが創設以来のインフィニティの最高経営責任者CEO。彼女は地球ではパンドラ条約で規制される超知能だとも言われている」


「ふうむ。AIが会社まで経営するとは」


 七海には分からない単語が多かったが、今は気にすることでもないと思った。


「で、そのインフィニティがどうかしたのか?」


「彼らが面白い情報を持っているって聞いてね。是非とも手に入れたいって思っているんだ。それに手を貸してくれたら、そっちの仲間に加わってもいいよ」


 七海が改めて尋ね、李麗華はそう言ってにやりと笑った。


「まさかメガコーポを相手にハッキングか? 正気じゃないぞ」


「これぐらいのことにビビるようじゃあ、仲間にはなれないねー」


 アドラーがうろたえるのに李麗華はそう言う。


「アドラー。そんなに難しいことなのか?」


「メガコーポは事実上国家より上の存在だ。お飾りである火星政府より権力も武力もある。それを敵に回すのはギャングを相手にするのとはわけが違う」


「でも、李麗華に仲間になってもらうにはやるしかない」


「そうだが……」


 アドラーは仕事ビズのリスクと得られるリターンを天秤にかけているように考え込んでいた。


「俺はその仕事ビズをやってもいいが、俺はBCI手術はまだ受けてないし、アドラーもそこまでハッキングは得意じゃないから、どこまで手伝えるか分からんぜ?」


「大丈夫。君たちのやった仕事ビズの資料は受け取っているから、その点は把握してる。これは簡単なマトリクス上のハッキングってわけじゃないだよ」


「というと?」


「施設への物理フィジカル突入ブリーチが必要」


 七海の問いに李麗華がそう言う。


「マトリクス上からのアプローチだけで済むならば、あたしもそこまで困ることはなかったんだけどね。目標のデータがあるのは、超高度軍用グレードのアイスに守られているサーバーで、外部からは手が出せない」


「だから、物理フィジカル突入ブリーチしてサーバーを物理的に強奪スナッチしろっていうのか?」


「違う、違う。サーバーにこの端末を付けてきてくれるだけでいい。この無線端末がバックドアを作成して、あたしがサーバーに入れるようになれば、仕事ビズは成功」


 そう言いながら李麗華はフラッシュメモリより小さな無線端末を見せた。


「それならどうにかなりそうだな」


「メガコーポの施設に物理フィジカル突入ブリーチするのにどうにかなりそうだと思ったのか、七海。考えが甘いぞ。十分に準備してやらなければ、ハチの巣にされても文句は言えない」


「じゃあ、まずは作戦会議と準備からだな。仕事ビズ自体は受けるってことで文句なしか、相棒?」


「ああ。お前がやるならば私もやるよ」


「そうでなくっちゃ!」


 アドラーがやや呆れたように頷くのに七海がガッツポーズを取った。


……………………

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