第41話新国王誕生

国王には、避暑に使われる離宮に移ってもらった。誰もいない王宮よりも快適に過ごしてもらうつもりだ。

王宮に人気がなかったのは、先代魔王と懇意にする国王をいさめるため、文官たちの多くが一斉に暇をもらったからだった。

ようするに、先代魔王と仲良くするような人にはついて行けません、よく考え直してくださいという文官たちの訴えだったのだが、それは届かず、先代魔王が討たれてようやく国王は自分が愚かだったと悟ったようで、大人しく離宮に移った。

と、同時に、軍師は改めて先の帝国への侵攻は国王が先代魔王にそそのかされたものであり、その先代魔王も勇者の手により討ち取られ、国王も責を取って退位すると各国に文を送った。帝国からは、人狼がすぐに女帝の返事を持って来て、了承の旨をいただいた。帝国が了承すれば、他の国も追随した。

王宮の一室で、とりあえず外交的な問題がひと段落した軍師は、深くため息をついた。

今、内政は、檄文の領主が臨時宰相として行っている。国王をいさめるために出ていた文官も王宮に戻って補佐している。

あとは、退位した国王の後釜だった。だが、軍師は、そろそろ魔界に戻りたかった。あの書類仕事嫌いの魔王陛下が眉間にしわを寄せて書類と格闘している姿が容易に浮かぶ。

魔王陛下の脅威となる先代魔王に、魔界大公も消えた、結果だけ見れば、今後の魔王陛下の治世にとっては悪くない結果だ。そこでふと気づき、軍師はすぐに淫婦を呼んだ。

「あら、私をご指名とは、光栄ですわ、天下の名軍師様」

淫婦は、恭しく一礼した。今、淫婦は王都の高級娼館でナンバーワンを務めていた。

「おいおい、勘違いしないでくれ、指名じゃなくて、聞きたいことがあって呼んだんだ」

「聞きたいこと? どのような情報でしょうか」

「とぼけなくて、いい。呼ばれた理由は察してるんだろ」

「あらあら、なんのことでしょうか」

「魔王陛下の敵となるものを躍らせて討ち取らせた。今度は、魔王陛下に近付いて、妃の勇者を排除してその後釜に座る気か?」

淫婦が眉をひそめる。

「私が、勇者様を排除? まさか軍師様は、これまでの一件、すべて私のせいだと?」

「魔界大公を躍らせ、先代魔王がうちの国王と懇意になったのも、すべて君の差し金じゃないか」

淫婦は王宮にコネがあった。それを使って、色々企てたと軍師は推測していた。

「私は、ただのサキュバスです。男から精気を吸い取るしか能のない魔族ですよ?」

「男をたぶらかし、歴史を動かした悪女はたくさんいる」

「・・・だとしたら、どうなさいますか?」

「私は、今の魔王陛下と勇者様が気にいっている、とても面白い主君だとね」

「あら、私も同じですわ。とても気にいっているから、魔王陛下のために潜在的な敵をいぶりだしたという考えは、ございませんの?」

「・・・そうだな。君があの二人を気にいっている可能性は、大いにあるだろう。で、そうじゃなかった場合を考慮して、釘を刺しておきたい。私が、あの二人のそばにいる限り、先代魔王や魔界大公のように、君の好きにはさせない」

「あら、私に忠告ですか?」

「そういうことだ」

軍師は、真面目な顔で宣言した。

恐らく、目の前の淫婦は、軍師よりも弱い。だが、男をたぶらかし、情報を操作して、物事を動かすことに恐ろしく長けているのだろう。

謀略戦は、軍師も苦手ではないが、目の前の淫婦は先代魔王も魔界大公も躍らせたバケモノだ。

「とりあえず、忠告だけでしたら、私は戻ります。これから書き入れ時なものですから」

「そうか、すまなかったな、こんな夜に急に呼び出して。忠告だけでなく、実はこれを」

軍師は金貨の詰まった袋を差し出した。

「あら、雑談だけなら、お代は・・・」

「いや、君のおかげで、色々助かった。その礼だ。ただし、今後、魔王陛下を害するようなことが、あれば」

「分かっています・・・、勇者様、隣の部屋で聞いてらっしゃるのでしょ。心配しなくても、あなたの魔王陛下は取りませんので、ご安心を。では失礼」

淫婦が去ると、隣の部屋の扉が開き、勇者が出てきた。

「今の話、全て本当?」

「証拠はありません。ただ勇者様のお耳に入れておいた方がいいと思いまして」

淫婦が思っていた以上の強敵だった場合も苦慮して、勇者には隣の部屋に控えてもらっていた。淫婦が自分から白状しなければ、会話で誘導するつもりだったが、ベラベラ自分から喋ってくれてよかった。

とにかく、軍師も勇者も、淫婦を敵とは感じなかった。

王宮を出ると、もう外は暗くなっていた。そして、淫婦の影から声がした。

「隣の部屋から勇者が飛び出してきて襲われないか、冷や冷やでしたよ」

それは、あの娼館の女将さんの声だった。彼女はサキュバスのまとめ役と言っていたが、本当はナンバーワン淫婦がまとめ役で、女将は影武者だった。しかも、純粋な吸血鬼であり魔王ほどではないが魔界でも手練れに入る実力者で、力のない淫婦の用心棒でもあった。

ほとんど彼女の影に潜み、必要なときは、彼女の影武者として相手をする。だから、日の射しこまない娼婦館の奥とか明け方の陽が登り切っていないときにしか軍師は会っていない。

「でも、これから面白くなりそうじゃない」

淫婦が怪しく笑うと影の中で吸血鬼も笑った。

王宮の外で、そんな会話がされているとは知らず、軍師と勇者は会話を続けていた。

「とにかく、先代魔王は片付きましたので、そろそろ魔界に帰りませんか」

「え、帰る? あなた、この国は、放って行くの?」

「もう落ち着いたようですし、この国は、大丈夫でしょう」

「いいの、それで?」

「え?」

「あなたを新国王にしようという動きがあるみたいだけど」

それは薄々感じていた。特に臨時宰相殿が、その中心らしい。

「いえいえ、私は、魔王陛下の捕虜であり部下でもありますので・・・」

そう、臨時宰相殿が、周りを固める前に、魔界に逃げたいというのが、軍師の本音だった。

国王などいう責任の重い役、ゴメンこうむりたい。

魔王陛下が、魔王として苦労されているのを間近で観ているので、余計に遠慮したかった。

「ま、いいわ、みんなに話して、そろそろ魔界に戻る準備をしましょう」

先代魔王を倒した以上、勇者も、ここに長居する理由がなかった。

だが、一手遅かった。翌朝、臨時宰相に従者の娘、勇者たち、死霊使いなど、軍師とかかわりのある者たちが、今後のことを話し合おうとしたが、その場で臨時宰相は、書状を軍師に突きつけた。それはこの国のほとんどの領主が軍師を国王にという推挙の署名だった。

「いや、国王なんて柄じゃ・・・」

「この乱れた国を立て直していただけるのは、軍師様のみ、みなそう期待しております」

臨時宰相は、もう王に決まったとばかりに彼に膝を折っていた。

「どうか、この国をお救い下さい」

「・・あ、これ、魔王陛下から」

勇者が人狼から預かっていた手紙をそのタイミングで渡した。

「先代魔王を倒した功績から、あなたは自由だって。魔界に帰らなくていいってさ」

「えっ・・・」

勇者は、昨夜の時点で、これを知っていて、いつ軍師にこれを伝えようか見計らっていた。

そして、軍師が唖然とする顔を勇者はたっぷりと堪能していた。

「つまり、魔界に帰る必要はないから、国王を引き受けたら? うちの母もあなたが国王なら安心するだろうし、帝国は、軍師の国王即位を大喜びすると思うわよ」

確かに軍師が在位中は、再び帝国に喧嘩を売るバカなことはしないだろうが、そこに軍師の気持ちは考慮されてはいない。

臨時宰相が、署名の書状をずいと突き出し、勇者も魔王の手紙を軍師に押し付ける。

軍師はしばらく、それを眺めて考え込んでいた。

すると、その場に居合わせていた死霊使いの少女が、軍師に言った。

「あんたなら、やれるでしょ。やれると思ってみんな期待してるんでしょ」

「うむ、期待されているのにやらないのは男の恥ってやつだよな」

戦士が、そう言って能天気に笑っていた。

「教会も、軍師様の即位に問題はありません。邪神の鎧をまとった先代魔王討伐に貢献されたことは、私が、教会にお伝えしておりますから」

軍師は周りを見渡したが、誰も、彼の即位に反対はしないようだった。むしろ、さっさと引き受けろという圧さえ感じた。

「分かりました。お引き受けしましょう」

軍師は諦めて、署名の書面を受け取った。




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