第17話銀色の風ファーリン

大軍の包囲を抜けて皇帝の居城を白銀の人狼は目指した。が、町を包囲していたのとはベつの大軍が、帝国の首都、皇帝の居城を目指して進軍しているのを偶然見かけた。剣将軍を派手に包囲し、城塞都市に釘づけにして、その隙に本命の部隊が女帝の首を狙って帝国内を突き進んでいたのだ。

帝国軍は剣将軍たちの包囲に気を取られて、その部隊の進軍に気づいていなかった。それを見つけた人狼は女帝の元へ急いだ。やばい臭いというか、急いで知らせた方がいいと感じ、その部隊を追い抜き、先に女帝の元に辿り着こうとしたが、見つかった。魔法で感知されたのか、数頭の騎馬が追って来た。一匹の狼相手には十分な数だった。

あれだけの大軍が誰にも気づかれずに帝国の奥まで進軍できているのが不思議だと思ったが、どうやら、大軍を人々の目から隠せるような大魔法が使える魔法使いが敵軍にいるようだと人狼は判断した。その魔導師は大軍を隠すだけでなく、人狼の気配も察知できる切れ者らしい。

騎馬は執拗に人狼を追って来た、普通の狼ではないこともバレているかもしれない。とにかく、自慢の健脚で逃げる逃げる。

彼女は人狼族の中で一番足に自信があり、だから手紙の配達役を引き受けた。他の人狼も彼女ならと、魔法使いたちを運ぶ役を任せたし、手紙も託されたのだ。しかも、追撃してくる騎馬の中にはその切れ者の魔法使いはいないようで、追ってくる騎士たちもただの狩りのように狼を追い立てているだけだった。もしかしたら、ただ狼を見かけたので、戦の前に野生の狼を相手に腕試しのために追ってきているのかもしれなかった。だが、こちらは魔界育ちの人狼である、人間界というぬるま湯で育った人間に狩られるほどやわではない。

舐められていたので、反撃は容易だった。くるりと反転し、馬上の騎士の喉元に飛び掛かった。三、四人ほど喉元を食いちぎり馬上から引きずり下ろし、残った連中に血まみれの口で「ウー」と牙を見せて唸ると踵を返して逃げ出した。どうやら、本当に、たまたま狼を見かけたから戦の前の景気づけに追ってきただけのようで、すぐに逃げ出した。戦士と将軍からの大事な手紙を守り切り、人狼は無事に皇帝の居城に近付いた。

女帝は甲冑を着ていた。前線に出るためではなく、国境を越えて来た敵に対して将軍たちを集めて軍議を開いていて、皆の戦意を鼓舞するためだった。また女帝は状況の詳細が知りたかったので、人狼は剣将軍からの書状の効果で即女帝との謁見が許された。人狼は将軍たちのいる部屋に通されて、女帝より、剣将軍のいる町がどのような状態かそこにいる将軍たちにも分かるように語るように促された。そして、暗くなってから敵の目を盗んで逃げてきたこと、ここに来る途中にこの城に向かっている集団に出会ったことなどを語った。特に、この城に向かっている大軍のことを聞いて、二、三人の将軍がその部屋を慌ただしく出て行った。

語り終えた人狼に女帝が優しくほほ笑む。

「ありがとう、あなたのおかげで、貴重な話が聞けたわ」

そして、人狼には部屋が用意され、剣将軍に託された手紙を人狼から受け取った将軍たちは今後のことを話し合った。最初は、国境を越えて町を包囲している敵を叩くのが先決と将軍たちは思っていた。剣将軍は、人狼だけではなく、数人の早馬を別に出していた。それは人狼より先に来ていたのだが、それらの報告には、女帝を狙ってこの城に進軍中の大軍のことは触れていなかったので、将軍たちは混乱していた。だが、真っ先に会議室を飛び出した将軍たちが迎撃のための兵を動かして、城の周りを固めていた。

敵に先手を取られたが、強襲されて街を一つ包囲されただけで、まだ帝国の兵力は健在である。

敵は剣将軍を押さえ、その隙に一気に帝国深部を強襲し、女帝を討ってその混乱に乗じて帝国を滅ぼす気だったようだが、その情報を得てしまえば、帝国には対処できるだけの兵力はあった。それに剣将軍の手紙から、籠城に充分な食料と兵はあるということは聞いているので、まず、女帝陛下を守ることを優先することになった。作戦としては、敵軍を迎撃し、その勢いのまま剣将軍のいる城塞都市へ全軍向う。という方針が決まった。

あらかた軍議が終わると女帝は人狼の部屋を訪れ、落ち着いて戦士からの勇者の様子をつづった手紙を読み、直接彼女たちにあった人狼から話もきいた。

「そう、意外に、魔王と仲良くやってるのね。夫婦喧嘩でもして、すぐに離婚とか言ってこっちに帰って来るかもと思ってたんだけど、竜に修行をつけてもらったり、破天荒なことをやっているのね」

女帝は、自分の命を狙って敵が迫っているというのに、娘の話に喜んでいた。

「それにしても、門のところでひと悶着あったのね、ごめんなさい、私たち人間は魔界が怖くて臆病者だから」

そう言いながら、帝国の紋章の入ったペンダントを首から外し、彼女に渡した。

「次、何かあったらこれを見せなさい、私は皇帝の知り合いですって、文句があるなら私に言えって言いなさい」

皇帝は、魔界の魔王と同じく専制君主である、その威光に逆らえるものは帝国内ではいないだろう。

「あなたは、今から皇帝である私の大切な使い。これからも、たぶん、娘からの手紙をたくさん運んでもらうことになるでしょうから」

そうして、彼女は、魔界にいる勇者たちと人間界にいる女帝との連絡役を務めることになった。

もちろん、勇者の手紙だけではなく、魔王陛下の大事な手紙を預かって女帝に運ぶことも度々した。

魔界と人間界を駆ける彼女の姿は銀色の風のように美しかったと後世語られる。


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