第57話
ヒースは自分によく似た色の異なる龍をじっと見た。いまならよくわかる。口ではさんざん文句を言いながら、なぜアルドが何度も自分を助けてくれたのか。最後まで見捨てようとしなかったのか。
――お前はこれからどうするんだ?
アルドはヒースを見ると、ヒースの手の中にいるシュイを見た。怯えたようすもなくまっすぐに自分を見返すシュイを。
――その石を滅ぼしたら何かが変わると思ったが、お前は何も変わりゃしねえ。だからもういい。
――アルド……。
すまない、と謝罪を言うのは違う気がした。だからヒースは一番相応しいと思う言葉を告げる。
「ありがとう」
ヒースの言葉に、アルドはわずかに片方の眉を上げた。それがアルドなりの承諾だと、そのときのヒースにはわかっていた。
――また千年後、ようすを見にきてやるぜ。
アルドは身を翻すと、今度こそ振り返ることなく姿を消した。
いつの間にか雨は止んでいた。ヒースは大地に降り立つと、シュイを傷つけないよう、そっと爪を広げた。姿を龍から人へと変化させると、その肩にアズールが止まった。甘えた仕草を見せるアズールの頭をそっと撫でながら、ヒースは地面にひれ伏す人々を複雑な思いで眺める。
ヒースの気持ちの上では何も変わっていないのに、すべてが違って見えた。なぜ忘れていたのだろう。何もかもがいままでとは違った。仮にいま自分がこうして人間の姿で立っていたとしても、自分は龍だ。そのことをヒースははっきりと理解していた。
「シュイ、いこう」
ヒースは腕を伸ばすと、シュイの手を取った。その場を立ち去ろうとするヒースたちに、人々の間に動揺が走った。
「お待ちください……! いままでのことはすべてお詫びいたします!」
マーリーン公の言葉にヒースは足を止め、振り返った。その顔を見ると、耐え難い怒りにかられる。正直いまでも殺してやりたいほど憎い。王都の人間がヒースたちに、そしてシュイにしたことは決して許せるものではない。
「……これまでのことは問わない。だけどもうお前たちの好きにはさせない。まだシュイを自分たちのいいように使うつもりなら、俺は許さない」
踵を返したヒースの身体に縋りつくように、マーリーン公が止めた。
「お待ちください。どうか、我々を、いえ、アウラ王都の民をお見捨てにならないでください……!」
「……どういうことだ?」
「確かに私どものやり方は間違っていたのかもしれません。あなたさまがお怒りになるのはもっともでしょう、言い訳の言葉もございません。ですが民のためというのは本当です。このままでは、近々我が国は他国との争いを避けられず、多くの民が死ぬでしょう。あなたは罪もない人々を見捨てるおつもりですか?」
この男の言葉は信用ならない。これまで散々ひどい目に遭わされてきたはずだ。わかっているのに、ヒースはマーリーン公の言葉を無視することができない。
「……俺に何をさせるつもりだ?」
ヒースの気持ちがわずかに動いたことを見透かしたように、マーリーン公は口元に淡い笑みを浮かべた。
「なに、簡単ですよ。あなたさまがこの国の王になればいいのです。石さまの貴石などがなくても関係ない、あなたさまの存在そのものが我が国を、いやこの世界を平和に導くでしょう」
「いったい何を言っておる!? この国の王は余だ! それ以外の存在など認めはしない!」
仰天したのはメトゥス王だ。そんなメトゥス王を、マーリーン公は冷ややかな眼差しで見た。
「その目は何だ!? 余を何だと思っておる!? 皆の者、何をしておる!? 早くこの無礼者たちを捕らえよ!」
一人わめき散らすメトゥス王に、兵士たちが困惑を滲ませる。
「……俺には関係ない」
ヒースが答えると、周囲は落胆の空気に包まれた。だが、そのままいこうとしたヒースを止める者があった。
「……待って」
「シュイ?」
「この人の話を聞いて。ちゃんと話をしたほうがいいと思う」
シュイの言葉に、人々は戸惑うように顔を見合わせた。だが、その瞳には縋りつくような希望の光が浮かんでいる。
ヒースは驚いた。一番王都と関わりを持ちたくないと思うのは、シュイだと思っていたからだ。
「シュイ、お前何言ってる?」
「ヒースが王になったら、人々は幸せになれると思う」
「だけど……」
「おれはもう二度と罪のない人々が苦しむ姿を見たくはない。ヒースも本当は迷ってる」
「シュイ……」
もちろんヒースだって罪のない人々がどうなってもいいとは思わない。だけどこれまでのことを思うと、これ以上この国に関わりたいとは思わなかった。
自分の中にある後ろめたさや迷いを見透かされそうで、ヒースは気まずげに目をそらす。そのときだ。
――だったらお前がそんな国をつくればいい。
ふいに、以前アルドに言われた言葉が蘇り、ヒースははっとなった。福む者だけが福み、貧しい者はますます苦しむこの国の在り方を、ヒースは間違っていると思った。だけどそんな新しい国を、未来を、いまの自分ならひょっとしたら変えられるのかもしれない。
ヒースは迷うように幼なじみの少年を見た。
「シュイは俺が王になったら人々が苦しまずにすむと思うか……?」
ヒースの問いかけに、シュイは澄んだ水色の瞳をまっすぐに向けると、
「思う」
はっきりと答えた。
「ヒースならきっと、人々の気持ちに寄り添い、罪のない人々が死ななくてはいけないこの国の有様を変えることができると思う」
シュイの瞳にはヒースも知らない、深い悲しみの色があった。それから、人々を思う労りの心が。その目を見た瞬間、ヒースの中でこれまで抱えていた憎しみや恨み、そして迷いがすーっと溶けて消える気がした。王都にされたことをすべて忘れたわけではない。だけど――。
ヒースは頭を下げるマーリーン公を振り返った。
「……お前のことを信用したわけじゃない」
「承知しております」
マーリーン公が口先だけで微笑む。マーリーン公の言葉にまんまと乗せられた自分を、ヒースは苦々しく思った。
ヒースたちのやり取りを見守っていた兵士たちが、新しく誕生した王に忠誠心を示すように、次々に片膝をつき、頭を下げる。
「いったい何を勝手に決めておる! アウラ王都の王は余ぞ!」
その中で、メトゥス王だけは異を唱えるかのように、真っ赤な顔で叫んでいた。
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