第28話
駆け出すように先をいったサリムが、急かすようにヒースを呼ぶ。ヒースが子どものころは、仲間と一緒に投石機を作って遊んだという話を聞いたサリムが、自分もやりたいと言ったのだ。生木の皮をはいだ内側の繊維を使い、紐を編んでいく。石を固定する部分を作り、最後に手を固定する結び目を作れば完成だ。中央の網状の部分に石をセットし、ぐるぐると回して実際に石を飛ばしてみると、サリムが目を丸くして驚いた。
「すごい! ぼくもやりたい!」
「危険なので人に向けてはだめですよ」
「うん!」
サリムに作ったばかりの投石機を渡してやり、背後から助けるように石を飛ばすと、サリムがうれしそうに歓声を上げた。
「すごい、あんなに遠くまで飛んだ! ヒース、もう一回、もう一回やって!」
「いいですよ」
石を固定し、もう一度飛ばすと、さっきよりも飛距離が伸びた。
「ヒース! いまの見た? さっきより飛んだよね」
「ええ。ちゃんと見てましたよ」
「すごい! すごい! もう一回やる!」
今度は一人でやってみたいと言ったサリムに投石器を渡してやると、敷いた布の上でお茶の支度をしながらヒースたちのやり取りを見守っていたマリーが、
「器用なものですねえ……」
と感心するように呟いた。
「ヒースさまは確か東のほうにある村に住んでいたんですよね。ごめんなさい、前に名前を聞いたと思うんですが、あまり地理には詳しくなくて……。いったいどんなところだったんですか?」
嘘の身上を告げていたヒースは内心でぎくりとしながら、「どこにでもある小さな村です」とマリーに答えた。
王都へ出るとき、ユーゴから言われた言葉がある。
――王都へいっても、お前の村のことは話さないほうがいい。村の出身だと知られるのは危険だ。
ユーゴに言われるまでもなく、ヒースもそのほうがいいと思った。
あの惨劇が起きるまで、ヒースが知るあの村は平穏そのものだった。決して豊かとはいえないが、そこには自然があり、人々の営みがあった。変わり果てた村の姿を思い出すたび、ヒースは胸が苦しくなり、たまらない気持ちになる。
自分たちの村はなぜ滅ぼされたのか。両親や村人たちはなぜ殺されなければならなかったのか。その思いはくすぶるようにヒースの胸から消えることはない。
幸いなことに、ヒースの説明にマリーは納得したようすだった。ヒースは内心でほっとしながら、マリーに入れてもらったお茶を飲む。花のような香りがするお茶はサリムのために少しだけ蜂蜜が入っていて、仄かに甘い。ヒースたちの村では甘味は贅沢品で、特別なとき以外めったに口にすることができなかった。
「だけど武芸大会は残念でしたねえ。まさかあんな突風が吹くなんてこと、これまではなかったのに。いったい何があったんでしょうね」
突然起こった突風により会場がだめになったことで、今年の武芸大会は中止となった。あの突風の原因はいまだ解明されていない。あのまま戦っていたら、自分は間違いなく負けていた。武芸大会が中断されたことで、サリムの護衛官として城に入り込むことのできたヒースは、むしろ幸運だったのかもしれない。
それまでに勝ち残った出場者には後日褒賞と王からの言葉が与えられる運びとなったが、そこで思いがけない出来事が起こった。城からの呼び出しがあったとき、不思議なことに出場者の数が一人足りないことに気づいたのだ。誰かもう一人勝ち進んでいたはずなのに、その数が合わない。しまいには何かの気のせいだと片付けられてしまった。驚いたことに誰もアルドのことを覚えていなかった。それは何も大会の関係者やオースティンだけではない、それまで一緒に生活を共にしていた仕事仲間たちも同じだった。そう、唯一の例外であるヒースをのぞいて。
ヒースははじめ、何かの冗談を聞いているのかと思った。しかし、ヒースが話せば話すほど、困惑を滲ませる人々に、やがて口を噤まざるをえなくなった。文字通り、アルドは煙のように消えてしまったのだ。
――だーから、お前は甘ちゃんなんだよ。あのまま殺しちゃえばよかったのに。
いまでも耳に残るアルドの言葉が蘇るたびに、ヒースは得体の知れない恐怖に包まれる。いつも口元には笑みを浮かべているのに、その瞳は冷めたような光を浮かべていた。あれは幻などではない。あの男……、アルドとはいったい何者だったのだろう。
いつしかヒースはじわりと冷や汗をかいていた。無意識のうちに鳥肌の立つ腕を擦る。
武芸大会からずっと、ヒースは考えていたことがある。それは何とかしてシュイと連絡が取れないかということだった。シュイを村まで迎えにきたフレデリックは、いまや石さまの専属護衛になり、片時もシュイの傍を離れることはない。だけどヒースも何もせず、ただ指をくわえて見ていたわけではない。サリムの護衛として城内に潜入してから、ヒースは慎重にシュイの居場所を探ってきた。普段はめったに人前に出ることのないシュイの正確な場所を知るのは難しかったが、それでも同じ城の中にいたら、自然と伝わってくるものはある。シュイはおそらく東の塔にいる。直接シュイに接触を持つのは難しいが、それが人以外なら……?
太陽が陰り、風が出てきた。敷いた布の端がぱたぱたと舞い上がる。
「風が出てまいりましたね。サリムさま、お部屋に戻りましょうか」
「えー」
まだ遊び足りないようすのサリムが不満の声を上げた。
「きょうじゃなくても、またいくらでも遊べる機会はありますよ」
ヒースの言葉に、サリムはようやく納得したようだった。マリーが畳んだ布やお茶の道具などをバスケットにしまう。
「さあ、まいりましょう。午後の先生がそろそろお見えになりますよ」
サリムを伴うマリーの後に続きながら、ヒースは立ち止まり、シュイがいるであろう東の塔を振り返った。チャンスは必ず訪れる。そのためには、いまは慎重に機会を窺わなければならない。
翌朝、まだ夜が明け切らない薄闇の中を、ヒースは誰にも見られないようこっそり庭へ抜け出した。見回りの時間まではまだ少しばかり余裕がある。シュイと連絡を取ろうと決めてから、ヒースは城内に立つ衛兵の数や見張りの交代の時間などを細心の注意を払って探った。その結果、夜から明け方にかけて、ほんのわずかに警備が緩むことに気がついた。
見張り台から庭に向かってライトが走る。ヒースはとっさに生け垣に身を隠すと、息を潜めそのままじっと堪えた。
少しずつ白みはじめた空に、夜の名残の星が瞬く。鳥たちが群を成して移動する。ヒースは周囲のようすを窺うと、空に向かって指笛を吹いた。しばらくしてどこからともなく舞い降りたアズールが、革布を巻きつけたヒースの腕に着地する。
「アズール、お前に頼みたいことがある」
ヒースはあらかじめ用意しておいたメモを、アズールの足首にくくりつけた。
「東の塔のどこかにシュイがいる。誰にも見られないよう、このメモをシュイに届けてほしい。頼めるか?」
アズールは金色の目を、じっとヒースに向けた。その瞳が自分の言っていることを理解したのを確認して、ヒースはアズールを空に放った。アズールは賢い。きっとヒースからのメモを無事にシュイに届けてくれるだろう。
アズール、頼むぞ……!
アズールが消えた空をしばらく眺めると、ヒースは誰にも気づかれないよう城内へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます