第17話

 試合が行われる円形の野外闘技場は多くの人でごった返していた。近くで見ると、建物の大きさに圧倒される。中央の舞台をぐるりと囲むように、観覧席が配置されている。


「さあさ、誰に賭ける? 一番人気は前回の優勝者、オースティンだよ」


 ハンドベルを鳴らしながら、ダフ屋が優勝者の賭を呼びかけている。皆少しでもいい席で見ようと必死で、中には専門の業者からリザーブ席のチケットを買っている者までいた。パンやオリーブ、プラムなどの軽食を販売する売り子もいて、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。


「俺はオースティンに賭けるね」

「今年はイーハンだろ」

「いやいや、やっぱりオースティンには適わないね」


 一番人気は前回の優勝者、オースティンという名の選手のようだ。前に進むのも苦労するほどの賑わいに、ヒースは唖然となった。いったいどれほどの人がこの会場に集まっているのだろう。


 広場には、ほとんどの出場者たちがすでに集まっていた。肌の色が異なる異国の者や、まるで岩のような筋肉隆々の身体をした大男もいる。皆腕には覚えがあるようで、自分の力を見せつけるように相手を牽制する者もいれば、黙々と武器の手入れをしている者もいた。参加者たちの中では、ヒースが最年少のようだった。見るからに体格のいい男たちに囲まれて、どうしてお前のような者がここにと訝しむ視線にも構わず、ヒースは冷静に周囲のようすを窺う。試合場が最もよく見えるテラス上の貴賓席はいまは空席で、シュイの姿は見えない。そのとき、ヒースの行く手を塞ぐ者があった。


「お嬢ちゃん、いる場所を間違えてないか。観覧席はあっちだぜ」


 ヒースの胴ほどの腕をした男が、ばかにしたように笑った。


「間違いじゃない。俺も出場者だ」

「そんな細っこいなりでか? やめとけ、時間の無駄だ。けがする前にさっさと帰ったほうがいい」

「けがをするとは限らない」


 真面目な顔で答えたヒースに、男は面白い冗談でも聞いたかのような表情を浮かべた。


「こいつぁいい。このかわいいお嬢ちゃんは俺たちに勝つつもりのようだぜ」


 男の言葉に、周囲の男たちがどっと笑った。ヒースは声をかけてきた男を冷静に見た。


「見た目で判断するのは愚かだとは思わないのか」

「何!?」


 男がかっとなったようにヒースの胸ぐらをつかむ。男の唾が目に入り、ヒースは顔をそむけた。それを見て、ヒースが怯えたと勘違いしたのだろう、男の目に弱者をいたぶるような暗い光が浮かんだ。


「――その少年の言う通りだ。勝負は蓋を開けてみるまでわからない」

「俺がこのお嬢ちゃんに負けるとでも言いたいのかよ!」


 背後からかけられた声に振り向くと、そこには中肉中背の見知らぬ男が立っていた。


 誰だ?


「そうだろ?」


 ヒースは穏やかな笑みを浮かべて立つ男をじっと眺める。男は二十代後半から三十代前半くらい、暗褐色の髪はゆるくカールがかかっていて、整った顔立ちをしている。何よりもヒースが目を留めたのは男の佇まいだ。男の全身にはどこにもよけいな力が入っておらず、しかもつけ入る隙がない。いざというとき、男がいまの穏やかな姿とは別の面を見せるであろうことが容易に想像できる。


 ヒースが自分の力量をはかっているのには気づいているのだろう、男はヒースの無遠慮な視線を咎めることもなく、余裕の表情で佇んでいる。隠すものは何もない、見たければ好きなだけ見ろといった男の態度に、ヒースはそっと息を吐いた。この男とよく似た気配をヒースは知っている。それは守り人の精鋭やフレデリックからも感じられたことだった。目の前の男からは、周囲の男たちとは明らかに異なる余裕が感じられた。


 ヒースに絡んできた男は声をかけた主を見ると、驚愕の表情を浮かべた。周囲からざわめきが起こる。オースティンだ、前回の優勝者の、という声に、ヒースはわずかに目を見開いた。


 オースティン? こいつが?


「あんたが出場するなら勝負は決まったも同然だ。山ほどの賞金と群がる女相手に、今夜は眠れねえな」


 男は気まずげに舌打ちすると、つかんでいた手を離し、卑屈な笑みを浮かべた。男の下品な物言いに、オースティンの瞳に一瞬だけ不快の色が浮かんだが、彼は淡い笑みを浮かべながら何も答えなかった。


「オースティンだ」


 ヒースは自分に差し出された手を見ると、

「ヒースだ」

 ようやく自分の名前を告げた。オースティンが笑みを浮かべ、上げていた手を下ろす。


「はじめて見る顔だな。武芸大会に出場するのはこれがはじめてか。これまで誰かと実戦で戦ったことはあるのか」

「一度だけある。大会に出るのははじめてだ」

「はじめて? なのに実戦ではあるのか?」


 オースティンがヒースを見て、意外そうな顔になった。おそらくヒースの年齢では珍しいと言いたいのだろう。


「ふん、どうせ実戦って言ったって大したもんじゃないだろ」


 先ほどヒースに絡んできた男が鼻でせせら笑う。


 ヒースの脳裏に幼い妹を庇い、襲撃者に背中から切りつけられる母の姿が浮かんだ。血を流し、地面に倒れている幼なじみの姿も。大勢の人があのとき、無惨にも殺された。皆死ななくていい人たちだった。ヒースの表情に何かを見てとったように、オースティンがはっとなった。そのとき、興味深げにようすを窺っていた周囲の人たちの声が聞こえてきた。


「あいつ、前回の優勝者、隣国の王子なんだろう?」

「それがなんでこんな大会に参加してるんだよ。必要ないじゃねえかよ」

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