第7話
「ヒース、覚悟!」
ぼんやりと考え事をしていたヒースが振り向くと、すぐ顔の前に木製の剣が迫っていた。
「え……?」
「わっ、ちょっ、ヒース……っ!」
攻撃を避けることなく額で受け止めたヒースはその場に尻餅をついてしまう。むしろ攻撃を仕掛けたタイシのほうがぎょっとなった。すべてを目撃していたジュンシとダーチが慌ててヒースたちの元へと駆け寄る。
「ヒース大丈夫か!?」
「何ぼんやりしてるんだよ! 手合わせの最中に考え事をしているやつがあるか!」
少年たちがけがの具合を確かめる中、ヒースは上の空で「うん、ごめん……」と答えた。タイシたちが気まずそうに顔を見合わせるのにも気づかず、起き上がると、尻についた砂を払った。
「シュイがいなくなって寂しい気持ちもわかるけどさ、シュイはきっと大丈夫だよ」
「そうだよ。両親の元で、きっと俺たちには想像もできないくらい豪華なものを食べてるよ」
いなくなった幼なじみの名前を出されて、ヒースの胸はちくんと痛んだ。ヒースは無理やり笑みを浮かべると、そうだな、とうなずいた。
「シュイはきっと大丈夫だ」
王都からの客人と共にシュイが旅立って数日、村は何事もなかったかのように日常を取り戻していた。村祭りでトンイは今年もナンサに花を贈って、ごめんなさいと断られた。ジュンシは密かに思いを寄せていたエリンに花を受け取ってもらえたらしい。皆少しずつだが銀髪の少年などはじめからいなかったみたいに、当たり前の日々を送っている。だけどヒースだけは、皆のようにはできなかった。
シュイが村を去って以来、心がからっぽになったみたいに何もする気が起きない。幼いころから守り人になりたくてずっと訓練に励んでいたのに、それすらどうでもいい気がした。このままじゃいけないとわかっているのに、手のひらからさらさらと砂が零れ落ちるみたいに、何もする気が起きないのだ。毎日抜け殻のようにぼんやりと空を眺め、気がつけば首から下げた小袋をぎゅっと握りしめる。袋の中には、あの日シュイが残した石が入っていた。そうしていると少しだけシュイの存在が感じられる気がした。そんな自分のことを、幼なじみの少年たちはおろか家族が心配しているのにも気づいているのに、ヒースはどうすることもできなかった。
「……ごめん。帰るよ」
「ヒース……」
ヒースは明るくまたな、と告げると、心配そうに眺める幼なじみの少年たちを残して家路につく。
――ヒース。
ふいにシュイの声が聞こえた気がして、ヒースははっとなった。だが、当然のようにそこには幼なじみの姿はなく、ヒースは呆然とその場に立ち尽くす。タイシたちの言うように、シュイはきっと大丈夫だ。そう心に言い聞かせても、胸の痛みは消えることなく、むしろひどくなる一方だった。あちらこちらにシュイとの思い出が残っている。振り返ればそこに銀髪の少年が立っているような気がした。
乾いた冬の空に薄い雲が浮かんでいる。冷たく澄んだ空気が肺の中まで染み渡るようだ。家に戻ると、母が夕食の準備をしていた。まだ幼い妹のマナは、母の足元に纏わりついている。
「ヒース、おかえりなさい」
「ただいま」
手を洗い、祖父と父の隣に腰を下ろす。
「さあさ、ご飯ですよ」
母が木の器にシチューを取り分けた。炭で炙ったパンをちぎり、祖父と父が山で捕り捌いた猪肉入りのシチューに浸しながら食べる。その日もいつもと変わらない一日が終わろうとしていた。異変が起きたのは真夜中のことだ。闇を切り裂く異様な物音に、ヒースは目を覚ました。
「いったい何事だ?」
五人家族の端で眠っていた父が身体を起こすと、母が室内の明かりをつけた。まだ幼い妹のマナは、怯えた顔で母の服にしがみついている。
静かな村で何か尋常でないことが起こっている。祖父と顔を見合わせた父はうなずき武器に手にすると、「ちょっとようすを見てくる。何かわかるまでお前たちはここにいろ」と外へ出ていった。
「俺もいく」
ヒースも父に続いて外へ飛び出した。ヒースが一緒にきたことに気づいた父は何も言わず、うなずいた。
ヒースたちの住居は、村からは少しばかり距離がある。離れているといっても、大人の早足ではそれほどかからない。村を臨む高台で、父は呆然と立ち竦んだ。そこに映る光景に、ヒースは愕然となった。
「これは……」
村が燃えていた。これまでヒースが育ち、愛した村が赤々とした炎に包まれている。風がうねり、ごおっと火の粉が自分たちのほうへ舞ってくるのを、ヒースは腕で庇った。
「は、早くみんなに伝えないと……っ。そうだ、母さんたちにも早く逃げるように言わないと……っ」
村が、村が燃えてしまう……!
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