第5話

 村の入り口に松明が赤々と燃えていた。村長たちが見知らぬ男たちと話をしている。客人は皆屈強な男たちばかりだ。その中でも村長と話をしている若い男がリーダーのようだ。ヒースがこれまで目にしたことのないような立派な装具を身につけている。それだけではない、身に纏う気配が違う。その場に立っているだけなのに、男の佇まいからはほかの者にはないものを感じた。男たちの衣装には皆、エリカの花が刺繍されている。


「いったい何事だ?」

「あの馬を見ろよ。見事なあの毛並み、あんな立派な馬、見たことない。それも一頭だけじゃないぞ」


 興奮を隠せない少年たちの声に、ヒースも心が浮き足立つのを感じた。


 ヒースたちが暮らすのは人里離れた山奥で、普段村人以外はほとんど客が訪れることもない小さな村だ。それなのに、滅多にない客人たちの来訪で、静かな村はこれまでないことが起こっているような、どこかざわついた空気に包まれていた。そのとき、村長がヒースたちに気がついた。


「シュイ! 待っていたぞ」


 村長の声に、皆の視線が一斉にヒースたちのほうに向けられた。ヒースは息を呑んだ。明らかにただ事ではない出来事に、じわりと不安がこみ上げる。


「あの、どうかしたんですか?」


 ヒースたちの中では、最も年長のジュンシが村長に訊ねた。


「こちらは王都の方々だ。シュイを迎えにこられたそうだ」


 村長の言葉に、ヒースははっと顔色を変えた。思わず隣にいる少年を振り向く。シュイは驚いたように大きく目を見開いている。


「王都? シュイを迎えにって、それはどういうことですか!?」


 彼らの会話に割って入ったヒースに、守り人の一人が射るような眼差しを向けてきた。普段ならそれだけで萎縮してしまいそうだが、いまは違った。ヒースはごくりと唾を飲むと、一歩も譲らない態度で村長を見た。


 ヒースを退けようとした守り人に、村長がいい、と止めた。


「ヒースとシュイは確か幼なじみだったな。なに、わしもさっき話を聞いて驚いているところだよ。なんでも、ずっとシュイの行方を探していたそうだ。王都の大神官さまがこの度ようやくシュイの居場所を突き止め、こうして迎えにくることができたそうだ」


「それは、シュイの両親の居場所がわかったってことですか!?」


 予想もしていなかった答えに、ヒースはシュイを見た。


「これまで無事に育ててくれたと大層お喜びになられて、褒美も山ほどくださるそうだ。もちろんわしだけじゃない、なんと村人一人一人にまでくださると言う。先ほどお前たちの家にもわざわざ王都から運んでくださった珍しい食べ物を届けておいたぞ。お前を育てた老婆もさぞや誇らしかろう。よかったなあ、シュイ」


 村長はシュイの肩をつかむと、誇らしげに叩いた。シュイは身じろぎひとつせずに固まっている。


 この村以外知らないヒースたちからしてみたら、王都や大神官さまなんて遠い話だ。まるで現実身がない。突然降って沸いたような途方もない話に、ヒースの全身からすっと血の気が引いた。


 ずっとシュイの居場所を探していた? これまで無事に育ててくれたと喜んでいた? 何だそれは……!


 村長の言う通り、やむにやまれぬ事情があって幼いシュイを手放すことになったのかもしれない。ずっとその行方を探していたという話も本当かもしれない。シュイのためを思うなら、両親が見つかってよかったと喜ぶべきなのだろう。だけど本当にそうなのかという疑念と割り切れない思いがヒースの中で渦を巻く。


 ヒースはちらりと幼なじみの少年を見た。呆然とするシュイの顔には、戸惑いと不安が、それから微かな期待が浮かんでいるように感じられた。ヒースはこぶしを握りしめると、そっと視線をそらした。鼓動がどきどきと早鐘を打ち、全身が氷になったようだ。


「すげえ!」


 村長の言葉に、興奮した声を上げたのはタイシだ。


「シュイ、よかったなあ! 王都って、どんなところなんだろうなあ。立派な馬に乗って、うまいものがたらふく食べられるんじゃないか。いいなあ、シュイ」


 単純なタイシはヒースの複雑な思いには気づかず、幼なじみの少年に幸運が訪れたことを素直に喜んでいる。タイシに悪気がないことはわかるのに、ヒースは苛立ちを覚えた。


「シュイの新たな門出だからな、今夜は盛大に祝おうぞ。先方は一日でも早くシュイに会いたいらしくてな、準備が整い次第早急に発ちたいそうだ」


 村長の言葉に、ヒースは鞭打たれたように顔を上げた。


「待ってください……! それはいくらなんでも急すぎやしませんか! ずっと探していた、迎えにきたって言われたって、勝手すぎます! 相手がどんな人なのかもわからない、大事なのはシュイの気持ちでしょう! 俺たちだって……!」


 それ以上の言葉が続けられず、顔をそらしてうつむくヒースに、タイシがのんびりとした声で言った。


「ヒース、何言ってるんだよ? 相手はシュイの両親なんだろ? いまとは違う立派な暮らしができるかもしれないんだぞ。どうしたいかってそんなん決まってるだろ」


「いまとは違う立派な暮らしって、そんなことをシュイが望んでいると思うのか? 何も知らないくせに勝手なこと言うな」


 ヒースの言葉に、タイシもさすがにむっとしたようすだった。


「ヒースこそ何だよ、シュイのためって言うけど、本当はシュイがいなくなったら自分が寂しいだけだろ!? 俺に当たるなよ!」


「何だと? もう一度言ってみろ!」


 顔色を変え、タイシの胸倉をつかんだヒースの腕を引きはがすように、ジュンシが二人の間に割って入った。


「二人ともいいかげんにしろ。シュイのことを思うのは同じだろ。仲間割れしてどうする。タイシ、ヒースの気持ちも考えてやれ。ヒースも、シュイが困ってるぞ」


 ジュンシの言葉にはっとなったように、ヒースはシュイを振り返った。


「シュイ……」


 ――ヒース……。


 シュイの瞳には微かな戸惑いと、自分のことよりもヒースを気遣うような色が浮かんでいた。ヒースはぎゅっと胸が苦しくなった。


「――シュイさま」

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