ドット・イズ・コイル 〜能力持ちの囚人と化物看守〜

月神 ユエ/ツキガミ

プロローグ

 天道てんどう か。


 この世の秩序や運命は果たして正しい者に味方しているのか。この世にはほんとうに正しい道理があるのか。


 誰も分からない。

 それは、有名な名門高校に通う、一人の優等生でも同じだ。


「先生、分らなかったところがあるので教えて下さい」


 ガラガラと職員室のドアを開けて入ってきた優等生、カイト・ロウ・レッテンダー。その少年の目の下には大きなクマがあり、眼鏡をかけている目は黒く濁っている。

 まるでこの世の全てに生きる意味を感じていないようだ。

 だが、それを覆い隠すようにしてある張り付いた笑顔により、誰も少年の異変に気が付かない。

 直毛の黒髪は生気を感じられないほど光を通していなかった。


「レッテンダーか、入って良いよ」

「本当に真面目だね」


 カイトは数学の教科書とノートを持って職員室に入った。

 それから教師数人に囲まれて教えてもらう。

 カイトにとって日課で、教師からも先輩からも優等生として有名だった。何故なら、高校一年生であるにも関わらず、大学の内容まで理解していたからだ。

 だが、本人にとってその期待の眼差しは苦そのものだった。

 少しでもテストの点数を落とせば両親から殴られ蹴られる。

 いつも百点で運動も美術も技術も全て完璧でなければならない。

 もしテストの点数を九十五点以下にしようものなら両親からの虐待,性暴力を受けることもあった。


「有難うございます、失礼しました」


 カイトは一つ礼をして職員室を後にした。

 その時もカイトの目は闇の奥底に沈んでいた。


 ◇◇◇


 その日の夜、カイトはベッドから起き上がった。カイト本人は起き上がろうとは思っていなかった。

 過度なストレスにより夢遊病のような症状が起こるようになった。頭も起きているのに何故か身体は言うことを聞かない。まるでカイト以外の誰かが操り人形のようにカイトの身体を動かしているようだ。


 部屋から出て音を立てずに階段を下りる。

 階段のすぐ横にあるドアからリビングに入り、すぐにある台所へと無意識に向かった。

 夢遊病のようになってからいつもと変わらない動作。

 台所に着くと乾燥機の中にあった包丁を手に持った。

 そのまま一階の寝室で寝ている両親が起きないようにこっそりと家を後にした。


(今日はどこに向かうんだろう…?)


 家を出ると身体は気分でまるで散歩するかのように歩き続ける。どこに向かっているのかいつも見当が付かない。


「ギャハハッ!」


 カイトがそんな事を考えていると、前方から男の声が聞こえた。

 フラフラ歩いていた身体がそちらの方向へ向かう。その声が聞こえた場所には、電灯の下で数人の男が一匹の子犬を蹴って虐めていた。

 カイトの身体はとどまることなく男達に近づいていく。


「あ?誰だお前」


 子犬を虐めていた一人の男がカイトに気付く。

 他の男もカイトの方に視線を向けた。


「なんか言えよ!」


 男がカイトを襲う。

 だがカイトが怖気づくことはなかった。

 何故ならば、


「ガハッ!?」


カイトの身体が勝手に動いてくれるからだ。

 身体は手に持っていた包丁で男を容赦なく刺す。


「ッ!?くッ、おらぁ!」


 他の男達が全員でカイトに迫った。


ゴッ!

ドガッ!

ドスッ!

ドゴンッ!!


 身体は数人の男達を一瞬で殺した。


(最初は怖かったけど、今となっては慣れて逆にストレス発散になっていいと思ってしまう。これは、あってはならない思いだ。でも…、)


『まだ、り足りないなぁ』


 カイトは無意識的にそう声に出した。

 ベッタリ血が付いた包丁と、自身の身体に浴びた返り血が月光によりキラキラ輝く宝石のように見えた。


「クゥ〜ン…」


 蹴られ続けたせいでまともに身体を動かせない子犬が、精一杯カイトに向かって助けを求めるように鳴く。

 カイトの身体は容赦なくその子犬を包丁で刺して、その場を離れた。

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