第43話『時の神判者』
そんな彼女の窮地を救うべく颯爽と現れたのは、自らの正体を明かし同じく
「流石です師匠!あんな大きな星を消しちゃうなんて!(師匠なら当然だ!)」
意趣返しとばかりに放たれたエクデスの
例えどれ程パワーアップをし、魔術の出力が上がろうとも2人の魔術師の間には決して埋められない、圧倒的な経験の差という物があるのだ。
「さぁ、次はどうする小僧。それとも猿真似はもう終わりか?」
「くっ……。(最適化されていないとはいえ、あの魔術はあまりに消費が大きい……これ以上は危険ですね。)」
挑発するように静かに問いかけるマナの言葉に、エクデスは僅かに眉をひそめながら、その隣に並び立つダイナの方へとちらりと目を向ける。
出力面では勝っても経験の差による技術面では勝てないマナと、そんな彼女をサポートする厄介な力を持つ弟子。
そんな2人を同時に相手にするのは、いかに力を増したエクデスといえど危険な状況であった。
「……ふふふ!まさかアレを凌ぎ切るとは……流石は天才魔術と言われるだけの事はありますね。」
「──ですが、よろしかったのですか?私に大事な手の内を晒してしまって。」
「むッ──!?」
肩を竦め小さく苦笑したエクデスの左手が奇妙な虹色の光を放ったその瞬間、その掌の上に不安定に揺らめく小さな窓のような物が現れる。
その次元の裂け目とも呼ぶべき窓こそ、時間の移動を可能とする
もはやこの時間軸でマナに勝つことは難しいと判断したエクデスが選んだのは、逃走。
そして今回得た経験を糧にして、また別の時間軸にて改めてマナとの再戦を果たすつもりだった。
「(
「師匠っ!あいつ逃げるつもりみたいです!」
「何!?待てッ!逃がしはせんぞ!」
このまま逃走を許せばまた強さを増し、別の時間軸で更なる被害を出すであろうエクデスを何としてでもここで仕留めたい師弟は、拘束魔術と攻撃魔術による妨害を試みる。
しかしそれは、突如としてエクデスの周囲に展開された光の障壁によって弾かれてしまう。
「む……!
「如何にも。前の時間軸で貴女が使った魔術です。」
「守るための魔術など何の役に立つのかと思っていましたが……皮肉な物ですね。」
こことは異なる時間軸でマナが用いたというその防御魔術は、ひとたび発動すれば中から外への干渉が出来なくなる代わりに、その効果が切れるまで外部からの干渉も一切受け付けなくなるという最強の防御結界術だ。
師弟と戦う事を諦め、後は
「(どうする!?通常の攻撃手段はおろか、転移術でさえあの中には干渉できんぞ!)」
「くそぉっ!逃げるなっ!卑怯だぞっ!!(やめろ!無駄に連射しても魔力の無駄使いだッ!)」
刻一刻とその大きさを増していく
その隣でがむしゃらにダイナが攻撃魔術を連射するが、破壊はおろか
そうしてあと僅かで
「──何じゃ!?」
「うわぁっ!?」
「ぐッ……何の音です!?」
突如として鳴り響いたのは、空気を震わせる程の大きな鐘の音。
しかしその音は街の方から聞こえてくるわけでは無く、まるで直ぐ側で鐘楼が打ち鳴らされているかのようだった。
そのあまりに大きな鐘の音に、聴覚に優れた幻魔族であるダイナとエクデスはたまらず顔をしかめ
やがてその音の出処がはっきりしないまま、12回目の鐘の音が鳴り終わった、次の瞬間。
「な──ッ!?」
突如としてエクデスの掌の上の
「何じゃっ!?」
「お、大きな……手!?」
それでもはっきりと1つだけ理解できるのは、見る者の生存本能へと強く訴えかけるような、あれに触れてはならないという危険信号だけだ。
「バカなッ!?この結界を打ち破る魔術など──ぐぁッ!?」
「っ……!」
「何だか良くわかりませんけど……凄く、嫌な感じがしますっ!(ああ、あれは絶対ヤバい!)」
巨大な手はエクデスの身体を握り潰すように強く掴み、あたりに生々しい破砕音を響かせた。
必死にもがき苦しむエクデスではあったが、その手から逃れられる気配は無い。
そんな宿敵の悲惨な姿に思わずマナは目をそらし、ダイナもまた何か危険な物を感じ取って尻尾の毛を逆立てる。
「い、嫌だッ!!こんな所で終わりなんてッ!絶対に!」
「だって私はまだ何も……何も成し遂げられてなど──!」
断末魔の悲鳴を上げるエクデスを
「なんっ……じゃぁ!?」
「と、とっ時計──のおばけ、ですか!?(おい、あいつこっち見てないか!?)」
最強の防御能力を誇る
途端、カチカチと音を立て規則的に動いていた時計の針が急激に進み、12時を差し止まったかと思えば、先程も聞いたような大きな鐘の音が警告音のように鳴り響き始めた。
どうやらあの謎の鐘の音の発信源はこの異形の存在だったようだ。
「よもや、正しい時の流れを守る、時の神だとでも言うのか……ッ!?」
「うわっ!こっち来たぁっ!?(逃げろ!捕まったら多分
突如として現れた正体不明の異形存在。
一定間隔で鐘を鳴らし続ける時の魔神とも言うべきその存在は、明確にダイナの方を狙って腕を伸ばしてくる。
もしその巨大な手に捕まるような事があれば、どうなってしまうかは明白だ。
あまりにも突飛で現実味の無い状況に、ダイナはもちろんマナでさえも混乱し、
「はぁ……!っはぁ……!っく……さ、先に行け……っ!」
「し、師匠!?大丈夫──あっ!?(わっ!?バカ!よそ見するな!)」
元からあまり走るのが得意では無いマナはすぐに息切れを起こし、己の限界を感じてダイナに先に行くように促す。
だがそんなマナを心配し、少し先を走っていたダイナが振り向いた瞬間、目の前に落ちていた石に気が付かず躓いてバランスを崩し、そのまま勢いよく転倒してしまう。
「っ……!やめろ!連れて行くならワシを──!」
「師匠ッ!──わっ!?(なんだ!?)」
「ダイナッ!?」
転んでしまったダイナを庇い身を挺したマナが、迫る魔神へ立ちはだかるように両手を広げた、その時。
「……ふぇ!?」
「あ……!?」
するとそこにはどういうわけか、
そのあまりの突然の出来事に、本人達はもちろんマナも、そしてダイナを狙っていた魔神でさえも困惑したように分離した弟子達を交互に見つめている。
「戻った……のか?!」
「そうみたい、ですけど……。」
「……。」
未だ困惑の表情を浮かべながらも、師弟達は恐る恐る魔神の方へと目を向ける。
もしこの魔神が、
そんな微かな期待がこもったような視線を向けられた、時の魔神の
「──やっぱダメだよなっ!?」
「デュオス!」
「デュオスさんっ!」
未来から来た
デュオスはそれを既の所で回避すると、2人を巻き込まないように独り走り出した。
「はぁっ!はぁっ……!ちくしょう!エクデスを倒して、やっとこれからだってのに!こんな終わり方ありかよっ!?」
「こんな事ならもっと──もっと師匠に好きって言っとけば良かった!」
「怒られても毎日抱きしめて!キスして!愛してるって伝えておけば良かった!」
逃げても逃げても無限に伸びる体と腕でどこまでも追いかけてくる魔神に、後悔を喚き散らしながらそれでも必死にデュオスは走り続ける。
最初からわかっていた事だ。
ただもう一度、愛する人達に会いたいという身勝手な理由で、時間という絶対的な
「くそっ……!はぁ……っ!はぁ……!」
もう十分やった。もう十分頑張った。
討つべき宿敵はもう居ない。だったらここに居続ける理由はもう無い。
最初から目的を達したら消えるつもりだったのだから、その先を求めるのは最初から過ぎた望みだったんだ。
そう言って自分を正当化して、悔いなんか無いみたいに振る舞っても、一度流れ出した涙はそう簡単に止まってはくれない。
そしてデュオスは何もかもを諦めてしまったように、やがて足を止めた。
「──ああ、キャロル……ごめんな。」
もはやこれまで、と思われた次の瞬間。
「諦めないでくださいッ!!」
遠くから叫ぶダイナの声が響いたかと思えば、どこからか飛来した無数の光の粒が、まるでデュオスを魔神から守るように包みこんだ。
「っ……?」
魔神に握り潰される痛みを覚悟していたデュオスだったが、その光がもたらす温かで優しい感覚を不思議に思い、そっと薄目を開く。
するとそこには、デュオスへと掴みかかる直前でその動きをぴたりと止めたように、静止したままの魔神の姿があった。
「!?……この光、まさか──!」
固まっている魔神に驚きつつも、どこかで見覚えのあるようなその漂う光の粒に、デュオスの頭に一つの可能性が過る。
その光は、幻魔族が角を触媒として奇跡を呼び起こした時に現れる物と同じだったからだ。
そしてデュオスの予想の通りその光の発生源に居たのは、自らの左角を代償に奇跡を願ったダイナだった。
「デュオスさんはッ!デュオスさんですッ!!」
「この時代に生きる1人の!僕の大切な家族ですっ!だから──!!」
「どうか、連れて行かないでくださいっ……!!」
懇願するように、天へと捧げるように叫び、ダイナが自らへし折った角を高く掲げると、より一層の輝きを放った光の粒がデュオスを完全に飲み込む。
すると静止していた魔神がゆっくりと再び動き出し、眼の前のデュオスの事など見えていないように元来た
「……デュオスさんっ!」
「おわっ!?お前……。」
「デュオスッ!無事かッ!?」
魔神が立ち去ったのを確認すると、2人は急ぎデュオスの方へと駆け寄っていく。
泣きじゃくりながら飛びついてくるダイナを何とか受け止めながら、デュオスはマナへ向けてぐっと親指を立てる。
「良かった!デュオスさん!良か──
デュオスが無事だった事に尻尾を振り喜ぶダイナに対し、突然何を思ったのかデュオスは唐突に彼の頭へと手刀を繰り出した。
突然の謂れのない暴力に、ダイナは驚き目を丸くしてデュオスを見上げる。
「──バカ野郎!!お前ッ!この角が俺達、幻魔族にとってどれだけ大事なモンかわかってんのか!?」
「お、おいデュオス、ダイナはお主の為にじゃな……。」
いつのまにかすっかりと泣き止んだと思ったら、今度は説教を始めたデュオスに、マナも流石にダイナを不憫に思って止めに入る。
幻魔族の角は一度失えば二度とは戻らない。
その上両方の角を失ってしまったら、もう長くは生きられない、ある意味で生命線とも言える大事な物だ。
だからこそその力を使うべき場面は見極めなければならないのだが──。
「こんな事で使っちまったら、次師匠になんかあった時どうすんだよ!?バカッ!!」
「っ……!!その時はデュオスさんが一緒に何とかしてくれたら良いじゃないですかっ!!ばか!ばーか!!」
やや理不尽とも言える仕打ちを受け、流石のダイナも我慢ならず口喧嘩のように言い返す。
そうして泣いていた筈のダイナもすっかり泣き止んで、今度はデュオスと取っ組み合いの喧嘩を始めてしまったのである。
「……はぁ……バカ弟子共が……。」
そんな2人の可愛いバカ弟子を眺めながら、マナは深~い溜息を零すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます