第40話『復讐の果てにある物』

 大陸に存在する全ての他種族国家を攻め滅ぼし、再びこの地を幻魔族の手に取り戻すという野望を見事に果たしたエクデスは、そのしばらく後に偶然にもマナが時間遡行タイムトラベルの魔術の研究をしていた事を知った。

 やがて彼女の夫でありその研究を引き継ぎ完成させた弟子デュオスの隠れ家を突き止め、そこに残っていた彼の『もう一度妻と娘ふたりに会いたい』という強い執念とも言える残留思念と、それを再現する遺物アーティファクトを利用して、破棄された研究レポートのに成功する。

 そうして幾度かの実験を経て、ついに時間遡行タイムトラベルの構築再現に成功したエクデスが最初に向かったのは、およそ1000年の昔──エルフ達による幻魔族の大虐殺が起こる、少し前の時代であった。


「──私はかつて無い程の多くの同胞達と共にしばらくを過ごし、時を待ちました。」

「……エルフらによる謀反、幻魔族の大虐殺か。」

「既にご存知でしたか。ええ……彼らは突然現れた私にも優しく接してくれ、本当に良い人達で……。」

「だからこそ、こんな彼らが殺されるなんて事は絶対に間違っている、と感じたのです。」

「……そして私はこの手で彼らを救い、を変えた──筈でした。」


 眷属として命を拾われても尚、エルフ達が謀反を企てている事を知っていたエクデスは、先手を取ってエルフ達を容赦なく討ち滅ぼしたのだ。

 先祖を虐殺から救うだけでなく、そのを自らの手で果たす。

 結果としてそのあまりに惨い行いを見過ごす事は出来なかった集落の長によって、追放という形で群れを離れる事とはなったが、それでもその時のエクデスの胸は確かなに満ちていた。


「──しかし、期待を胸に元の時代へと戻った私を待っていたのは……発つ前と、どうしようもない世界だったのです。」

「……。(やはり、か……。)」


 深い溜め息を零しながら肩を竦め、落胆したように首を左右に振るエクデスを見て、マナは自らが立てたが正しい物であった事を確信する。

 どれ程大きく過去を改変しようとも、既にそれが歴史というとして刻まれてしまっている世界には、何ら影響を及ぼす事は出来ない。

 そしてへは、その存在が不確定故に行くことが出来ず、例え未来からの介入者が元の時代へと戻ったとしても、そこは既に観測されたでしかないのだ。


「何度も時間遡行タイムトラベルを繰り返し、何度も過去を改変して、何度元の時代へと戻っても……世界は何一つとして変わらない。」

「あまりに馬鹿馬鹿しい話だとは思いませんか?せっかく復讐を果たしたのに、を確認する事が出来ないなんて。」

「ああ、そうじゃな……。(既に確定した未来は変えられん……となればやはり改変の結果を見るには、しか無いのじゃろう。)」


 そういう意味ではデュオスの行動は正しかったのだろう。

 この時代の師弟ふたりをあるべき方向へと導きながらも、その先に待つ最悪の未来を打破すべくこの時代に留まり、師弟ふたりと共に戦う。

 そうすれば、その先に待つ望む未来を目にすることができる。

 もっともそれは、デュオスという1人の人物を犠牲にする事でしか成り立たない、ある意味では最も残酷な選択ではあるのだが。


「ですがそれも決して無駄ではありませんでした……現にこうして、私は不自由なく時を超える技術を手に入れたのですから。」

「なるほどな……その左腕は、その涙ぐましい努力の成果というわけか。」


 感慨深そうに自らの左腕を掲げ眺めるエクデスを見て、マナは納得したような反応を見せる。

 以前にデュオスも言っていたように、通常であれば未来から過去へと自身の肉体以外の物質を持ち込む事は出来ない。

 にも関わらず、義手をつけているエクデスがそのままで自由に時間を行き来できているのは、幾度となく繰り返された時間遡行タイムトラベルによる実証データの蓄積と、その過程で様々な時代から拾い集めた遺物アーティファクト技術による研究の成果なのだろう。


「……それで?その力を使って、今回のようなを繰り返しているのか?」

「ええ、確かに初めはそれが目的でした。あなた達への怒りのままに、復讐心の赴くままに……ですが──。」

「いつからでしょう、それがどうしようもなく感じるようになってしまったのは……。」


 数え切れないほどの時間遡行タイムトラベルとその先の時代での殺戮を繰り返したエクデスは、自分の中にあれほど荒々しく燃え盛っていた復讐という名の炎が、次第に衰えていくのを感じていた。

 それと同時にどうしようもない焦りのような物を覚えて、自らの行動に疑問を感じるようになってしまったのだ。


「どれ程あなた達を殺しても、国を攻め滅ぼしても、は何も変わらないというのに……。」

「それがわかっているのなら何故なにゆえ、貴様は今もこのような事を続けておる?」

「それは──ですよ。」

「なに……?」


 虚しさを感じても尚このような殺戮を繰り返す理由をマナが問い詰めると、エクデスはまっすぐにその左手で彼女を指差す。

 当然、思い当たるような理由が思いつかないマナは少し困惑し、怪訝そうな表情を浮かべた。


「私が行く先々、私が復讐を果たそうとする時、必ずこうして立ちはだかるのです……。」

「──マナという名を持つ、エルフの魔術師共がッ!」

「ッ!(魔力が、急激に膨れ上がりおった……!)」


 突如として怒りを爆発させたようにエクデスが強く拳を握ると、その怒りの感情に触発された黒く邪悪な物を秘めた重々しい魔力が、彼の身体からオーラとなって溢れ出す。

 マナはその殺意に溢れたオーラから、エクデスの精神が既に狂気に蝕まれている事を感じ取り、静かに身構える。


「マナ、マナ!マナ!!忌々しい名だ!も、また同じ名前だった!」

「だからその尽くを殺して来たッ!幾度も!幾人も!様々な時代で!我々が正しかった事を証明するためにッ!」

「なのに、なのに何故──ッ!」

「何故私はのですかッ!?」


 エクデスの行く先々で彼の前に立ちふさがる、マナという名を持つエルフの女性達。

 彼ら幻魔族にとっての忌み名であるその名前は、かつての大虐殺において魔力を蝕み激しい苦痛をもたらすを編み出したエルフの魔術師と同じ名前だったのだ。

 故にこそエクデスはその名を嫌い、憎み、立ちふさがるを殺す事で復讐の炎を絶やさぬ為の薪としてきた。

 しかしそれは今代のマナが現れるに従い、阻まれる事となる。


「私は越えなければならない!立ち塞がる全ての宿敵マナを殺し!その先にこそ存在しうるを果たすためにッ!!」

「貴女を必ず討ち果たさなければッ!私の復讐は終わりはしないのですッ!!」

「……そうか。」


 怒りと復讐心に理性を蝕まれたエクデスは、感情を昂らせながらその左手を振り上げマナへと襲いかかる。

 もはや本来の目的を見失い、復讐心に突き動かされるだけの化け物に成り果ててしまったエクデスに、彼女は一言短く返すとまっすぐに指を向け、その指先から赤黒の光線を放った。


「ッ!!」


 光線はギリギリのところで危険を察知したエクデスが身を捩った事により、彼の右腕を掠めるに留まる。

 禁じられた攻撃魔術、勅死デッドリー・レイ

 それはかつて複数の国を巻き込む大きな戦争の最中に生み出され、最も多くの人の命を奪ったとされる古い魔術。

 あらゆる物理的装甲を貫くその光線は、鎧や盾による防御というそれまでの戦争の常識を破壊し、剣や槍を持った者同士による近距離での殴り合い、という一つの時代を終わらせる程の影響力を持っていた。

 その、力を持つ者が振るえば容易に人の命を奪う事が出来る魔術を、マナはを持って確かに今、エクデスの心臓を狙い放ったのだ。


「……このような行い、とても弟子達には見せられん──が。」

「ワシを殺さねば終わらぬ等とほざくならば……はできておろうな?小僧。」


 例え相手がどれ程悪人であろうとも法の下に裁きを与え、私情で命を奪うような事をしてはならない、と日頃から弟子達に教えを説いているマナではあるが、何事にもという物が存在する。

 ましてやそれが自らの命を付け狙い、果てには可愛い弟子達の未来さえもを脅かす存在であると言うのならば、彼女は容易く修羅となるだろう。


「っ……ええ、もちろんです。」


 つい先程まで揺らめく炎のように煌々と輝いていたマナの魔力が、一転して冷たささえ感じさせるような不気味な程に静かな物へと変わった事に、昂っていたエクデスは本能的な恐怖を感じ、一瞬怯んだ事で逆に少しだけ冷静さを取り戻す。

 すると彼女はやがてまっすぐに右手で空を指差して、そして静かに口を開いた。


「──天より見つめし数多の瞳。」

「ッ──!?(魔力の籠もった言霊……!?こんな形式で魔術を行使した事などこれまで一度も──ッ!)」


 突然詠唱を始めたマナにエクデスは驚きつつも、咄嗟の判断で後ろへと距離を取り、彼女へ目掛けて指先から勅死デッドリー・レイを3連射する。

 しかし彼女が左手を僅かに前に翳した瞬間、目の前に出現した不可思議な結晶体プリズムがその赤黒の光線を吸収、そして乱反射させるように拡散しエクデスへと打ち返した。


「くっ……!(光を操る魔術の応用……ッ!今の一瞬で対策を思いついたとでも言うのか!?)」

「闇に浮かびし孤独な星々。」


 何とか反射された光線を凌ぎきった所でエクデスは、尚も詠唱を続けるマナの指差す先、天高くそびえる空の果てへと目を向ける。

 これまでにも怒りによって彼女の魔力がこの不気味な程のの状態へと移行する事は何度かあった。

 決まって一層の苛烈さと激しさを増した彼女の圧倒的な魔術の前にエクデスは幾度も敗走を重ねながらも、学習と対策を持って次へと繋げ続けて来た。

 その上で今回初めて目にする未知のパターン、見知らぬ術式、聞き覚えのない詠唱。

 彼女が今詠唱しているそれがどういった魔術なのかはもちろんエクデスにはわからない。

 それでも、突然吹き出し止まらない冷や汗と全身を襲う猛烈な悪寒が、逆立つ尻尾の毛が、その詠唱を絶対に通してはならない、とエクデスの本能に激しく警鐘を鳴らし続ける。


「深淵漂う名も無き魂。」

「いえ、そんなまさか──正気ですか!?そんな事をすれば貴女も──ッ!?」


 何としてでも詠唱を止めさせようとするエクデスによる攻撃魔術の猛攻を、マナは片手間のように淡々と防御魔術によって防ぎ続ける。

 止められぬ詠唱に焦るエクデスの目に映るのは、尚も上を指し続ける彼女の指先からまっすぐに伸びた魔力の糸。

 果てが見えぬ程に長く伸びた先にを想像して、エクデスはようやく理解する。

 本当に自分がすべきだったのは、詠唱を妨害する事などでは無かったという事を。

 だがそれを判断するには既に遅く、空へと気を取られたエクデスの腰を彼女の拘束魔術がしっかりと捕らえた。

 わざわざ腰を捕まえたのは、例え自ら脚を切断したとしても逃げられなくする為だ。


「──滅び果てるは龍の国。」

「ッ……貴女は狂っている!こんな事をしてタダで済むはずがない!貴女の大切な人達だって確実に巻き込まれる!」

「落涙は光となりて大地を穿つ。」


 もはやその場から逃げる事も叶わない状況に、エクデスはマナを指差し怯えたように叫ぶ。

 そんなエクデスを真っ直ぐに見つめながら、彼女は呪文の最後の一節を唱え終えた。


「墜ちよ──龍滅の光ドラグ・ルイン。」


 詠唱を終えたマナの天を指していた指先が、今度はゆっくりとエクデスの方へと向けられる。

 瞬間、天幕が剥がれ落ちるように空がひび割れ、そこから現れた一筋の巨大な光の柱が2人の頭上へ降り注ぐ。

 防ぐことは当然、もはや逃げる事も叶わない、龍をも滅ぼす


「イカれため──ッ!!」

「……そうかもしれんな。」


 強い恨みの籠もったエクデスの叫びを聞いて、マナは小さく笑う。

 そして耳をつんざくような一瞬の爆音の後、全てが白い光に包まれて何も見えなくなる。

 音も匂いも上下の感覚さえもわからなくなって、世界そのものが消えてしまったのでは無いかと錯覚するような無の時間。

 それが過ぎ、やがてゆっくりと色を取り戻した世界は、着弾の衝撃によって舞い上がった土埃によってドーム状の曇天を形成していた。


「ああ……これは酷いな、まるで夜じゃ。」


 海岸線が書き換わってしまう程の凄まじい衝撃の後に刻まれたのは、ぽっかりと空いた巨大な衝突痕クレーター

 その中心部にぽつんと浮かんでいるのは、惨状に驚いたような表情を浮かべているマナの姿。

 着弾の瞬間、自身の肉体を完全な霊的精神体へと書き換える事により、襲い来る物理的な衝撃を回避した彼女は、未だ薄暗い中で目を凝らす。

 時を超え学習を繰り返し続けるエクデスに対し、マナの導き出した完全なる初見殺しの方法。

 それはこの空のさらに向こう、宇宙を漂う隕石を無理やり引き寄せ相手にぶつけるという、文字通りの一撃必殺による決着であった。


「(外はどうなっておる?が間に合ったと信じたいが……。)」


 この馬鹿げた魔術を使うに際して、最も懸念されるのは巻き込まれる術者本人の安全よりもむしろ、衝撃によるその周辺への甚大な被害である。

 今回の場合も本来ならば海岸線はおろか、それに隣する港町の壊滅はまず免れない状況だった。

 だがマナはそれを、結界術を用いる事によって強引に解決してしまったのだ。

 通常であれば外からの侵入や攻撃を防ぐ用途で用いられる防御結界をあえて発動する事により、衝撃を内部に閉じ込める為のとして利用したのである。

 それはつまり逆に言えばそれだけの量の衝撃の逃げ場が無くなったという事でもあり、彼女のように物理的な干渉を受け付けない状態にでもならなければ、決して無事では済まない、筈なのだが──。


「……ふむ。これは何とも……流石のワシでも少しぞ。」

「っはぁ……っはぁ……!!ぐ……ッ!」


 そう苦笑いを浮かべたマナの視線の先には、これ程の攻撃を受けても尚そこに存在しているエクデスの姿があった。

 絶望の最中、最後まで諦める事無くありったけの防御魔術を己に重ねがけする事により、エクデスは本当にギリギリの所でその命を繋いだのだ。

 とはいえ辛うじて命を繋いでいると言ったほうが正しく、その腹部より下は既にどこにも見当たらず、息も絶え絶えに左腕で地面へとしがみつくようにしながら彼女を強く睨みつけているばかり。

 

「そうなってはもはや助からん。……辛かろう、いま介錯を──。」


 殺し損ねた相手へとせめてもの慈悲をと、マナが残り僅かな魔力を使ってエクデスにとどめを刺そうとした、その時。


「まだッ……!まだ終わりじゃ無いッ──!!」

「ッ!?貴様何を──!?」


 最後の力を振り絞り叫んだエクデスは自らの左角をへし折ると、それを思い切り握り砕いた。

 瞬間、砕かれた角の欠片が眩い光となって彼の身体を包みこんだかと思えば、その失われた肉体、衣服に至るまでが再生され始めたのだ。

 それはまるで時間を巻き戻すような奇跡に等しい出来事であり、マナの全力を賭した必殺の一撃など最初からしてしまうような物だった。


「は──ははははッ!!見ろッ!劣等種エルフ!!これがッ!これこそが真の支配者たる我々、だァッ!」


 幻魔族の角に秘められた強大な奇跡を引き起こす力により、死の淵から蘇ったエクデスは、狂気的な笑い声を上げながらマナを見下ろす。

 そんな言葉を失うようなな芸当を目の前で見せられて、もはや結界を維持し続ける事はもちろん、戦えるだけの力など残ってはいない彼女は、そのどうしようもない絶望的な現状に、額に手を当てただただ苦笑いを浮かべるのであった。


「ああ……まったく、悪い冗談じゃ。」

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