第10話『赤髪のエルフ』
実に約200年ぶりとなる王都、そしてかつての職場であるマベリスキア王宮へと戻って来たマナだった、のだが──。
「も、申し訳ありませんアスター様!これより先へは、やはり一度上の方に正式な許可を貰う必要があるようでして……!」
王宮へと続く坂の入口を警備していた衛兵の1人が、少し緊張したような面持ちで宮内から駆け足で戻ってきて、待機していたマナへと敬礼しながら報告をする。
彼はマナの見せた
それは無理もない。王宮といえば国家の心臓部とも言える場所であり、一般の者が気軽に立ち入れるような場所では無いのだから。
元・王宮直属の魔術研究員といえど、現在はれっきとした部外者であるマナも例外では無い。
「……やはりそうか、無理を言って悪かったの。お主は持ち場に戻ってくれて構わぬ。」
「はっ!失礼します!」
再び敬礼をして坂を下り戻っていく衛兵を見送ってから、王宮の入口前へと残ったマナは少し考えるような仕草を見せる。
許可が必要だとは言われたが、申請を今日したとして実際にそれが通るのは一体どれほど先になるのか検討もつかない事を、マナは当時の王宮内の仕事っぷりから理解していた。
「……どうします師匠?一旦申請だけして、今日は帰りますか?」
「今日申請したとてのう……実際に許可が下りるのは、果たして1年先か2年先か……。」
「そんなまさか……。」
自らの問いかけに対しそんな答えを返すマナの様子に、最初は冗談だろうと笑っていたデュオスも、師匠のそのあまりに真剣な表情に本当っぽいと判断し、思わず真顔になってしまう。
顎に手を添えたままぐるりとその場で一回転するように周囲を見回すマナの目に、王宮と同じ敷地内に建てられた別の建物が目に留まる。
白を基調とした王宮とは対称的に、その全面が黒い金属のような建材で覆われている異様なそれは、窓も無く建物というよりは巨大な金庫のようだった。
「せっかくじゃから、奴を当たってみるか……。そこの者、向こうの建物は入って構わんか?」
「……あちらは我々の管轄外ですので、向こうの担当者にお尋ねください。」
「じゃろうな……行くぞ、デュオス。」
「えっ?は、はいっ!」
マナが黒い建物を指差し、王宮入口をがっちりと固める衛兵へと問いかけるが、衛兵は素っ気ない態度で短く言葉を返すのみ。
相変わらずらしいその様子にマナは小さくため息を零すと、足早に黒い建物の方へと歩き始める。
「師匠、あの黒い建物は……?」
「あれは
近づくに連れその大きさと異様さが伝わってくる謎の建物を見つめながらデュオスが問いかけると、良く知っているらしいマナはそんなざっくりとした説明をした。
魔法技術研究所、通称
その発足は800年の昔に遡ると言われており、当時の王であり初代研究所長であるマベリスキア2世が設立したとされている。
新たな術式の開発に始まり、
「なるほど師匠の……って事は、今から誰かお知り合いに会いに?」
「まぁそんなところじゃ……と言っても、ワシが居た当時の同僚なぞ、殆ど残ってはおらんじゃろうがの……。」
どこか遠い日を見つめるような、ほんの少しだけ淋しげな目で建物を見上げた後、マナはゆっくりと
しかしそこには王宮前のような衛兵ではなくどこか不思議な、そして随分と大きな身体をした何者かが佇んでいた
「師匠!これってもしかして……!
「うむ、その通りじゃ。おい人形や、扉を開けてくれぬか。」
興奮気味に目を輝かせながらデュオスが問いかけると、マナは小さく頷き肯定してから
胸部中央に六角形な緑色の石を持つその
「……未登録ノ
「むう、魂心波形識別か……登録済みの者でなければ、如何なる命令も聞かぬ堅物じゃ。……ならば仕方あるまい。」
「魂心なんとか……って確か師匠が開発したんでしたっけ?」
音声を重ね合わせたような作られた声で
『
「まぁの。……よし、デュオスちょいと手伝え。こやつの頭をしばらく抑えつけておけ、わかったな?」
「え?は、はい……わかりました。」
そう言ってマナはデュオスに
「不審ナ動キヲ検知。警告。直チニ手ヲ放シテクダサイ。繰リ返シマス。直チニ手ヲ放シテクダサイ。」
「えっ!?師匠!?あのっ!?」
「放すな!そのまま!」
「警告レベルヲ引キ上ゲマス。直チニ手ヲ放シテクダサイ。従ワナイ場合、暴徒鎮圧用モードヲ起動シマス。」
「えっ!えっ!?」
「最終警告デス。モード移行ヘノカウントヲ開始シマス……5、4──。」
何らかの不正を検知したらしい
だがそれでもマナはデュオスに
そうして最終警告らしい謎のカウントが始まったかと思われた、その時。
「3、3、サ……ンン……。」
先程まで煌々と輝き警告を表していた赤い光も、今はその輝きを失ってしまっているようだ。
「え……師匠、まさか壊し──?」
「
流石に少し引いたような反応を見せるデュオスの目の前で、沈黙していた
もちろんそんな無茶苦茶な事ができるのは、天才魔術師マナ・アスターを置いて他には居ないの、だが。
「ふ。ちょいと命令を書き換えてやっただけじゃ。これくらい、ちょろいもんじゃ──!」
「──じゃないわよッ!!」
「ぐゎっ!?」
「師匠!?」
マナが憎たらしくも誇らしげな表情を見せたその直後、
突然の出来事に避ける事も出来ず小さく悲鳴を上げるマナと、その光景に驚き唖然とする事しかできないデュオス。
痛そうに帽子ごと頭を抑えながらマナが扉の方を振り向くと、そこにはルビーのように赤く煌めいた長い髪を持つ、長身のエルフらしき女性が立っていた。
如何にもといった白衣風の衣装から見て取れる通り、恐らくは
「……うわっ。」
「うわって何じゃ貴様!久しぶりに会った可愛い妹分に対する反応か!?ミィオ!」
ミィオと呼ばれた赤髪のエルフはその白銀の瞳で、金縁のメガネ越しにマナを見下ろしながら物凄く複雑で、何とも言えないよう怪訝そうな表情を浮かべている。
赤い髪に白銀の瞳、身長170cm程はあろうかという長身と、エルフらしいすらりとしたスレンダーな体型。
白衣風ローブの下に着た、地味目な配色の縦セタニットとスラックスに対し、髪色のように真っ赤なハイヒールが強く目を引く。
「ふん。……で?アンタ、今更いったいどの面下げてのこのこ戻ってきたわけ?貯金でも使い果たしたの?」
「な、何じゃとぉ……?!」
「っ……ま、まぁまぁ!2人とも落ち着いて──!」
2人はあまり仲が良くないのか、顔を合わせるなり何やら険悪ムードで一触即発の雰囲気が漂う。
そこへ見かねたデュオスが慌てて割って入り、なんとか諌めようとした、その時。
「ほんっとに……200年もどこで何してたのよ!バカッ!手紙の1つくらい寄越しなさいよッ!アタシ本当に心配したんだからぁっ!」
割って入ったデュオスを邪魔とばかりに押し退け、屈んでマナへとしがみつくと、ミィオは大粒の涙を零しながら力いっぱいに抱きしめ始める。
「……す、すまぬ。引っ越しが落ち着いたらと思っては居たのじゃが……。」
「????(????)」
そして抱きしめられたマナはと言えば、そのミィオの急変ぶりに特に驚く様子も無く、ただ少し申し訳無さそうな表情をしながらそっと抱き返すのみ。
つい今しがたまで睨み合っていた筈の2人の、そんな光景を目の当たりにしたデュオスの頭の中は、無数の?《はてな》で溢れていた。
◆◆◆
場所は移り、2人は
室内の壁の高い所には、歴代の所長らしき人物達の肖像画が飾られている。
その一番新しい側に飾られているのはもちろん、ミィオの肖像画だ。
「……それで?今日は何しに突然帰ってきたわけ?……も、もしかしてアタシに会いに──?」
「違う。全く別の用じゃ。」
「(近くない……?)」
扉を閉めるなりマナをひょいと抱き上げて自らの机の上へと腰掛けさせると、マナの両頬を両手で包み込みながら、やや顔の距離近めで質問を始めるミィオ。
しかしマナはそんな距離感にも慣れっこなのか、特に動じる事も無く食い気味にばっさりとそれを否定する。
「そこは嘘でもそうって言いなさいよッ!可愛くないわねっ!」
「むぉっ!?ひゃめんかっ!」
「お、落ち着いてください所長さん!」
あまりに淡白なマナの即答に機嫌を損ねたのか、ミィオは包みこんでいたマナの頬をそのままむにむにと強めに揉みしだき始める。
そこへ再びデュオスが慌てて止めに入るのだが、むにむにはいつの間にかまた抱擁へと変わっており、ミィオに大人しく抱きしめられているマナは少し呆れたような表情を浮かべていた。
「気にするなデュオス。此奴は昔からこういう奴じゃ……。」
「あ、はい……。(昔からの知り合い?って事は師匠と同じくらいの年齢なのかな……見た感じは人間種の20代くらいにしか見えないけど。)」
師匠からのアドバイスに少し困惑したような反応を示しながらも、デュオスはミィオへ観察するように注意深く目を向ける。
エルフというのは元々その見た目から年齢を判断する事が難しい種族ではあるが、それでも決して老いず、一生若い姿のままというわけではない。
実際、アステリア魔法学校のトロゴス校長がそうであったように、ある程度の年齢に達すれば例えエルフであっても老いという物は身体へと現れてくる。
だがデュオスは、このミィオというエルフが
つまり彼女もまた、マナと同じ
「どういう意味よそれ!……って、そういえばそっちの男の子は?」
「あ、どうも。えーと……俺はデュオス・アスターと言います。(離さないんだ……。)」
そんなデュオスからの熱い視線が気になったのか、ミィオがマナを抱きかかえたままにデュオスの方へと目を向けると、デュオスは少し慌てたように取り繕って簡素な自己紹介をした。
しかしその言葉に一瞬、ミィオの長い耳がぴくりと反応を示す。
「アスター……って、アンタまさか……!?」
マナと同じ苗字を名乗ったデュオスを、今度はミィオが注意深く観察するようにまじまじと見つめ始め、彼女はやがてひとつの結論へと到達する。
「同じ髪色に、同じ瞳の色……ってことはつまり、アンタの息子!?」
「いやその、半分あっとるんじゃけど何と言うかじゃな……。」
「はい!息子で夫です!」
「えっ!?夫!?アンタどういう事よ!?」
ただですらややこしい関係性にミィオの
そこへ火に油を注ぐように投入された、ある意味真実であるデュオスの余計な一言によって、事態は更なる混乱を極める。
「ええい貴様は口を挟むな!話がややこしくなる!というかいい加減ワシを下ろさぬかっ!」
ジタバタともがきミィオの腕の中で暴れるマナだったが、結局その後全てを話すまで解放される事は無かったのであった。
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