第三幕 荊州の無血開城から、長坂の戦いへ――三国英傑と初の戦! 『VS劉備軍!』

第23話 〝三国志〟――始まりの胎動

 曹操軍、数十万の大軍勢をおこし、荊州けいしゅう攻略のために南下する――けど、戦らしい戦が起こるコトは、全く無く。


 荊州全土を実質的に支配していた、劉表りゅうひょう……の亡き後を継いだ劉琮りゅうそうという君主は、何と一戦も交えず降伏し、堅牢な城門をあっさり開放してきたのだ。


 つまり無血開城で、荊州・襄陽じょうよう、全面降伏――この結果に関して、騎馬で入城する曹操様が、馬車に乗る甄嘉へと声をかけてきた。


「荊州牧・劉表の亡き後を継いだ劉琮は、気が小さく優柔不断……中原最強の曹操軍が大軍で南下するだけで恐れおののき、戦の労を伴わずして襄陽を明け渡してくるでしょう――甄嘉しんかよ、全てキミが進言した通りになったな、見事な明察だ!」


ハイ、恐れ入ります――曹操様」


 恐縮しつつ手を合わせ、礼をする――まあこうなるだろう、というのも、あらかじめ劉琮の性格や能力、三国志の歴史を知っていれば、予測は難しくない。なので調子になんて乗らず、気を引き締めて臨もう。むんっ。


 今のところ実際の歴史と、大きなは無いはずだ。だとすれば……曹操勢力が荊州の中心である襄陽を手にするのと同じ頃、が起こるはず。

 そうとは知らず、夏侯惇殿が馬車の横を通過し、つまらなそうに馬上で発言した。


「ふんっ、何が無血開城か、劉表の子倅こせがれの軟弱者めが! 一戦も交えず城を明け渡すなど、一国を担う者としての責任感が欠けておる! 戦の一つも無いなど、武人としてこれほど消化不良なことはないぞ――」


『―――た、大変です! 民が……荊州の民が!!』


「――――む? 何だ、騒がしい。民が暴動でも起こしたか? 伝令ならば、報告は正確にせい!!」


『ひっ……も、申し訳ございません! その……』


 夏侯惇殿の一喝に怯えつつ、伝令は息を整え、改めて報告を叫んだ。


『け、荊州の民が、われらが軍の南下に合わせて逃亡し―――同じく逃亡した、劉備りゅうび軍に追従している、とのこと!!』


「――――――――――」


『その、報告によれば、いえ正確な数は、まだ定かではないのですが、数万……あるいは、十万を超すほどの人数と、勢いだ、と……その……』


 伝令自身も信じられないのか、言葉尻がどんどん小さくなっていく。

 一方、ようやく事態を呑み込めたのか、曹操様の臣下たちが、武将も軍師も交えて後方で騒ぎ立て始めた。


『数万……でも信じられぬのに、十万だと!? 劉備などという鼠賊そぞくに、なぜそれほどの民が付き従う!?』

『劉備を侮るな、逆賊だが声望は忌々しくも天下に鳴り響いておる! 反曹(※曹操に歯向かう)を願う乞食共は民だけでなく故・劉表の臣下まで付いていると聞くではないか!』

『ならば今回を機に劉備を討伐すればいい、愚かな民など蹴散らしてな!』

『軽はずみに言うな! 武器もロクに持たぬ民を殺して何とする、そんな狼藉ろうぜきを働けば荊州などとても治められんぞ!』

『ならばどうする、放置すれば劉備は更に付け上がり、膨れ上がった声望に惑わされて更に人が集まるやもしれんぞ!』

『……それにしても我が軍の伝令は、やけに早くなかったか? まだ荊州に入って、間もないぞ?』


 大喧騒の中に怪訝な声も混じる中、無言を保っていた私に曹操様が再び声をかけてくる。


「……甄嘉、これもキミの予見通りだな。荊州を越えた先、曹操軍の南下から逃亡する劉備軍の斥候に多く兵を割け、という指示にはさすがに首を捻ったが……こういうことだったとは」


「……いえ、あくまで念のため、です。まさか行く当てもなく逃げる劉備に、これほどの民が付き従うなどとは、思いもしていませんでしたから(なんて、三国志的に知ってはいたんだけど、説明できないし、こういうコトにしておこう……)」


「ふふ、謙遜するな。〝行く当てもなく〟というが、劉備軍のみならず、襄陽より更に南方へと偵察を走らせていたではないか。確か、そう……〝江陵こうりょう〟だったか? 劉備の目的地は、其処だと予測しているのではないか?」(好感度↑)


「いえ、私は本当に、もしかしたら……と思っていただけで。曹操様の御明察にこそ、感嘆いたしております」


 うーん、説明できないのはどうにも、。そもそも調子になんて乗れっこないな、不自然にならないようにするので精いっぱいだ。

 そうして馬車の上で畏まっていると、今度は夏侯惇殿が声を上げた。


「……フンッ、曹操軍に早々に降伏した荊州の君臣くんしんなどより、民草たみくさの方がよほど気骨きこつがあった、ということか。依存する先が劉備というのは、心底から気に食わんがな。で、どうする軍師殿、まさか放置する訳でもあるまい。舐められては、それこそ荊州など治められぬどころか、天下の笑いものだぞ」


「………………」


 夏侯惇殿の言う通り、相手が逃げる劉備軍で、十万にも上ろうという民とはいえ――どれほど気が乗らない戦でも、放っておいては〝勢力が崩壊しかねない〟醜聞となる。


 それは〝ロード・オブ・三国志〟というゲーム内でもで、もしかすると実際の歴史でもだったのかもしれない。


 だから私は、夏侯惇殿に、延いては主君である曹操様に、こう発言した。


「……もちろんです。襄陽の占領は、幸いにして軍力の消耗なしに成し遂げられたゆえ、軍はいまだに精強。まずは襄陽の統治・防備に割く軍と人員を分け、適宜の休息を経て――それから、劉備軍を追いましょう。……その速度で追えば、恐らく劉備軍の背中に追いつくのは、そう……」


 ―――年代的にはもっと以前の〝黄巾党〟などの頃も内包して、そう呼ばれがち、現代では認識されがち、だけど。

 実際には、


 もう少し後には、魏(曹操)・呉(孫権)・蜀(劉備)の三国が鼎立し、〝三国時代〟に突入し――本当の意味での〝三国志〟になっていく。


 そしてこれは、その始まりとも呼べる戦い。

 曹操孟徳の、生涯最大のライバルとなる、劉備玄徳が一大勢力を築いていく、初めの一歩は。

 での戦いから、大きな一歩を踏み出した、と言えるだろう。



長坂ちょうはん―――そこで、曹操軍は劉備軍の背に、追いつくでしょう―――」



 十万以上の民にいただかれ、逃げる劉備勢力にとってはドラマチック。


 一方、曹操勢力にとっては―――非常に戦いが、始まろうとしていた。

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