第14話 デビュー戦の結果、戦後処理――

 私、甄嘉しんかのデビュー戦となった、賊の討伐戦――もとい、戦。

 既に曹操そうそう様は自分の馬に乗り直し、馬車に乗ったままの私は、悠々と帰陣きじんしてくる夏侯惇かこうとん殿に問いかけた。


「夏侯将軍、難しい戦い方を頼んでしまい、申し訳ございません……お疲れのところ申し訳ないのですが、兵の損害など――」


「フン、腹の立つ役回りではあったが、この程度、この夏侯惇にとって難しくもないわ! ましてや兵の損害など、あり得ぬ! 軽傷者が少々で、脱落者もおらん!」


「! そ、そうですかっ……それは、良かっ――」


「そして! ……指示通り、平定戦とのことゆえ、賊兵に対しては戦力を削ぐことに注力し申した。武器を破壊するか、あるいは手傷を負わせるか。傷の具合にもよるが、少なくとも現状、死傷者はおらぬ。夏侯惇の精鋭を侮らんで頂きたい!」


「! ……死傷者、なし……そ、そうですか! ……そっかぁ……」


 あまり感情を外には悟らせないよう、私はこっそりと安堵のため息を吐く。

 と、主君たる曹操様が、夏侯惇殿に労いの声をかけようとした。


「ふふ、さすがは夏侯惇将軍。見事な戦ぶりで――」


「フンッ、何が見事なものか! 俺はただ、指示通りに戦ったに過ぎん! というべきは――戦を差配した、殿であろうぞ!」


「……へっ? 夏侯将軍……今、、って――」


 思わず面食らう私に――夏侯惇殿は、騎馬したまま馬車を横切りながら、露出している右眼だけこちらに向け、言った。


「軍師というのは、良く分からん戦い方をするものだ、今回も良く分からんことは多かった。だが、おくすることなく戦に臨み、勝利をもぎ取った――それを認めぬほど、夏侯惇は狭量ではない! 軍師――甄嘉しんか殿よ、此度の戦、見事也みごとなり!」


「! 今、初めて私の名前……っ、ありがとうございます、夏侯将軍――」


「それと! 夏侯惇、で良い。その呼び方ではえん(※弟)と混同して、分かり辛いわ! では、戦後処理を続けるゆえ、失敬!」(好感度↑↑↑)


「は、ハイ! 夏侯惇殿っ!」


 夏侯惇殿に(まあ心の中ではずっと呼んでいたけど)名で呼ぶことを許される。これは、そう、これは……超・身も蓋もない言い方をすれば。


 好感度が一定以上に上がった証拠だ! ……ホント身も蓋もないな!


 にしても、そんなに好感度が上がるコトあったかな、無茶な作戦を頼みまくってたくらいで、むしろ嫌われそうなモンだったけど……なんて思っていたら。


「――甄嘉殿、お疲れ様でした。これが初の戦とは思えぬ、見事な差配ぶり……この荀彧じゅんいく御見おみそれいたしました!」


「じゅ、荀彧殿、いえ、これは……そう、郭嘉かくか様の教えがあればこそで! ……あ、それより、被害のほどは――」


「ふふ、ご安心を。ご主君(※曹操)には〝戦は弱い〟と言われましたが、これでも防衛は得手えてなのですよ。夏侯惇殿と同じく、被害は無し……伏兵も一方的に攻めておりましたし、同様。……そして、の戦。賊兵も捕縛を重視し、降伏兵は丁重に扱っております。……っ、そう、それこそが……甄嘉殿!」


「へっ? ……ひゃ、ひゃいっ!?」


 いきなり大接近し、両手を握ってくる荀彧殿に、戸惑っていると――彼は興奮気味に、弾んだ声を発してきた。


「敵兵とはいえ、賊兵とはいえ、極力、に収めようとする……そのお考えは、戦ぶりを見れば、伝わってきております! この荀彧、感服いたしました!」


「! ……え、っと、そんな……」


「人によっては甘い、と言う者もおるやもしれません。ですがわたくしは、その清き御心を尊重致します! 今は乱世らんせい、だからこそ、貴女のような清廉の士は必要なのです……これからも、共に励みましょう!」(好感度↑↑↑)


「は、はい! それはもう、未熟ですが全力で! …………」


 荀彧殿は、心から前向きに捉えてくれているらしい――けど、私は胸を射抜かれたように、すくんでいた。見透かされた、と言ってもいい。


 そうだ、私は相手が賊とはいえ、出来るだけ死なせないよう戦場を差配した――それが味方だけでなく、敵も含めてなのだから。荀彧殿は前向きに捉えてくれているけれど、〝甘い〟とは思っているから出た発言なのだろう。


 この辺り、転生前は平和な現代日本人で、ただのOLだった私は……覚悟が出来ていた、なんてとても言えない。

 こんな私の甘さが、これから先、どう転んでしまうのか……なんて、さすがに後ろ向きネガティブなことを考えていた、その時。


「甄嘉殿。……降伏兵の処断だが、少しややこしいことになっている。すまんが、少し話を聞いてやってくれんか」


「えっ? か、夏侯惇殿……私が、ですか? ??」


 降伏兵が一体、私に何の話だろう、と首を傾げていると――不自然すぎるほど目ぇキラッキラさせている降伏兵たちが、膝を突いて手を合わせつつ語りかけてきた。


『嗚呼、美しき軍師殿! われら賊にして残党、不逞の輩にござりまする!』

『此度の貴女様の計略、感服いたし申した! 賊、心が洗われてござります!』

『袁家が滅びてより野に落ち延び、行きつくところは恥を忍ばぬ賊三昧! されどこのたび、われらの身命を捧ぐべき御方、ようやく出会えました心地ゆえ!』


「……あの、夏侯惇殿。色々とツッコミたいコトはあるんですけど……なんかこの人たち、賊にしては妙に上品じゃないです?」


「言ったであろう、中原ちゅうげんの賊はと」


ってそういう意味でイイんです?」


「なんか癪に障るだろ。どうする、しょすか? 処すか?」


「処しはしませんケド……う、うーん、身命を捧ぐべき御方、って言われても……私にそんな決定権、無いですし――」


 どうしたものか、と困っていると――軽く失笑しながら、それこそ最高決定権を有する主君・曹操様が、話を纏めにきた。


「ふっ、はははっ! 良いではないか、甄嘉――うん、決めた! 今回、キミが降伏させた二千の賊兵共は、そっくりそのままキミの下に付けてしまおう!」


「えっ。……え、ええええ!? いきなり二千、って……えええええ!!? いやそんな、無理ですよお!? どう扱えばイイのかも分かりませんしっ……」


「なに、管理なんかは軍の責任だ、将軍らも手伝うさ。重要なのは、軍師たる甄嘉、キミを守る直属の護衛軍にして、自由に動かせる兵力が手に入る、という事実だ。軍師としてやっていくなら、必要だろう?」


「う。……そ、それはまあ、ありがたいですケド……」


「ならば、決まりだ。女軍師・甄嘉は、この戦より始まったのだ――ならば、こうして始めていくしかあるまい。不平を述べる者も、おらぬしな!」


 曹操様が結論付けると、夏侯惇殿も荀彧殿も、同時に頷く。


 ……正直、私の甘さが、これからどう転んでいくのかなんて、まだ分からない。

 けれど、このデビュー戦においての結果は。


 味方には、一人の被害も出さず。

 敵だった賊兵・二千は、丸ごと私の兵士として、吸収するコトになる。


 少なくとも、最上の結果になった―――と、言えるはずだ。……多分ね!

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