名もなき島
神崎あきら
第1話
空を覆い尽くす銀灰色の雲の帷が湿気をはらむ風に流されてゆく。例年より早い梅雨明けが連れてきた季節外れの台風が通り過ぎた奄美は夏の気配を纏い始める。
私はひとり、五年ぶりの故郷を訪れた。
福岡の大学を卒業して奄美に戻り高校で国語教師をしていたが、結婚を機に東京へ生活拠点を移した。奄美にひとり残っていた祖母も八年前に他界し、古い家は処分した。すでに帰る家はないが、奄美の青い海が好きだった妻と毎年帰郷することが恒例行事だった。
常宿にしている民宿から歩いて二十分、県道を渡り、さとうきび畑の小径を抜けるとこじんまりした浜辺がある。観光マップにも載っていないため観光客が集まるでもなく、地元の人間も見向きもしない浜だ。私は自分の背丈より高いさとうきびの間を縫って浜辺に出た。
曇天の下に広がる海はたおやかな青を湛えている。薄雲から透ける陽の光が白い砂浜に反射して控えめな輝きを放つ。この名もなき小さな浜辺は、私と妻にとって大切な場所だった。
妻の操とは私が二十六歳のときに出会った。いたずらな風に飛ばされ、私の足元に転がってきた彼女の白い帽子を拾ったのがきっかけだった。この古い恋愛映画のような馴れ初めを話すと、友人たちは作り話だと笑ったものだ。
つば広の帽子を拾い上げたとき、浜辺を駆けてきた白のワンピースに艶やかな黒髪をなびかせた女性に心を奪われた。澄み渡る空を映す青い海に目映い白いワンピース、それは完璧な夏の色調だった。思わず目を細めたのは眩しい太陽の光のせいではなかった。
操は一つ年下で、東京の出版社でイラストレーターとして働いており、趣味の水彩画を描くため、夏になると毎年奄美諸島を訪れていた。無垢な憧憬の眼差しで海を見つめる彼女に私は恋をした。
今、目の前に広がるのは灰色の雲と鈍色の空を映した灰青の海だ。
操はもういない。
雲をちぎるように海を渡る風が吹きすさぶ。冷たい雫がぽつんと頬に落ちるのを感じた。私はもと来た道を引き返し、民宿へ戻ることにした。
いつもと違う道を歩くと、赤い提灯を下げた古びた食堂を見つけた。潮風に錆び付いた看板は達筆な文字で「食事処しおさい」と書かれている。
宿は素泊まりで食事の用意はない。食欲をそそる素朴な出汁の香りに誘われて年季の入った暖簾をくぐった。建て付けの悪くなったアルミ製の引き違い戸を開けると、テーブル席が四つ、座敷席が二つ。薄暗い蛍光灯の下、私は窓際のテーブル席についた。メニューを見ると、料理名のほとんどが色付きテープで目隠しされていた。かつては多彩な郷土料理を提供していたようだ。
「すみませんね、もう閉店間近で」
厨房の奥から老店主が顔を覗かせる。今出せるメニューは鶏飯のみだという。料理は彼女が作っているようだ。鶏飯は錦糸卵、しいたけ、ほぐした鶏肉、海苔にねぎ、みかんの皮など薬味をご飯に乗せて熱々の出汁をかけて食べる奄美の郷土料理だ。素朴な鶏ガラの出汁が祖母の味を思い出させてくれた。
「地元の人間かい」
「ええ、以前は」
短い会話の後、彼女は客席に座ってテレビを見始めた。私は代金を支払い、礼を言って店を出た。
翌日、昼まで眠り散歩にでかけた。この帰郷は特段予定を入れていない。今回に限っては帰りの航空券もまだ購入していなかった。時間にも人にも縛られずに過ごしたいと思ったからだ。ふらりと足が向くのはあの浜辺だ。
さとうきび畑の小径を抜けて浜辺に出る。私は古い流木に腰掛け、穏やかな波の音に耳を傾ける。目を閉じれば、古い映画のように彼女が波と戯れる姿が浮かぶ。彼女は海の絵を描き、私はその隣で本を読んだ。この小さな浜辺は何気ない幸せな思い出を閉じ込めた場所だ。私はふとここから出られないのかもしれない、と微かな不安を抱く。
その夜は居酒屋で高校の同級生である川畑と会った。互いにずいぶん老け込んだと笑い合う。黒糖焼酎で乾杯し、郷土郷里をつまみながら昔話に花を咲かせる。
「日高が羨ましかったよ。都会からやってきた美人と恋に落ちて、しかも逆玉ってやつだ」
川畑は私を旧姓の日高で呼ぶ。私は三男であり、大久保家の婿養子に入った。義父は都内に複数のマンションを所有する資産家で、大久保家は裕福だった。操は奄美に移住したいと願ったが、娘を手離したくない義父はそれをよしとせず都内のマンションを新居に用意した。私は操との結婚を機に奄美を離れ、東京に住むことになった。
「東京は便利だけど、始終忙しないよ。こっちに戻ると余計にそう感じる。都会の人間はまるでみんな生き急いでいるみたいだ」
都会に出て、島時間との違いを実感した。通勤ラッシュの地下鉄の改札を整然と抜けてゆくスーツの群れはあたかも早送りの動画のようだ。
「お前はすっかり都会人の顔になったよ」
「どういう意味だよ」
川畑もうまく説明できないのか、誤魔化すようにグラスに焼酎を継ぎ足す。
田舎の人間特有のコンプレックスだ。外の世界に過剰な憧憬を抱き、線引きをする。私もかつては操に引け目を感じていた。都会でしか暮らしたことのない操が私のおおらかな島気質が好きだと言ってくれたのは嬉しかった。
東京に移り住んで二十年が過ぎた。いつしか自分も倍速で歩き、他人行儀な顔をする外の世界の人間と認識されるようになったのか。
「奧さん、まだ若かったのに残念だったな」
川畑は空になった私のグラスに焼酎を注ぐ。私は波紋が収まるまで水面を見つめていた。そして、返事をしなければならないことに気が付いてグラスを置く。
「ああ、若すぎたよ」
操は四十五歳でこの世を去った。半年前のことだ。三十九歳のときに受けたがん検診で乳がんが見つかった。すでにステージⅢで、リンパ節へ転移していた。抗がん剤治療を始めて、一時は病勢が治まったかのように見えた。しかし、過酷な治療の甲斐もなくがんは肺へ、そして脳へ転移していった。
操と最後に奄美を訪れたのは五年前だ。治療を始めてまだかすかな希望が見えていたとき、彼女が奄美の海を見たいと願った。私は彼女の体力を心配したが、彼女の意思は固く抗がん剤の副作用に軋む身体で飛行機に乗った。三日間滞在し、ただ海を眺めて過ごした。その時の彼女は皮肉な運命も全身を蝕む苦痛も忘れたかのように、柔らかな表情をしていた。
「この青をずっと見ていたい」
海の青に憧憬を重ねて彼女は呟いた。
「来年もまた来よう」
そのときの私はあまりに楽観的だった。
抗がん剤の影響で操は日に日に痩せ細り、愁訴が増えていった。悲運を嘆く言葉を呪詛のように繰り返す日もあれば、癇癪を起こして聞くに堪えない暴言を吐く日もあった。がんの脳転移の影響だと理解しながら、変わり果ててゆく彼女の姿に私は衝撃を受けた。それでも、私は献身的に彼女を介護した。
ベランダから吹く風に短くなった髪がそよいだとき、テレビから南の島の潮騒が聞こえてきたとき。きっかけはわからないが、彼女はふともとの穏やかで優しい彼女に戻ることがあった。私は操と何度も話し合った。せめて暮らし慣れた自宅で最期を迎えようという結論に至った。しかし、義父はそれに反対だった。彼女の願いは叶うことはなかった。
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