第3話 伊勢国・入国(後)

 

 「よかった。よかった。」


 散々迷って・・・とまではいかないが、安全な方を選んだつもりだった道慶。予想通りに関所は問題なく通過することができた。しかも、その辺の流れ者や陣借り傭兵、荒くれ浪人とは違い、今川家で礼儀作法を叩き込まれ、前世では営業経験もあることで、足軽身分やそれ以下の関所の警護や、お山の大将。いや、小山の頭程度である関所役人にペコリ、ペコリ。


「あ、ああ。……ゴホン。通れ。」


 それでいても卑屈さを見せない態度に関所の面々も悪い気分にならないどころか一目置く。それどころか。圧倒されてしまって言葉態度がわざとらしくなった。

 

 「服装や荷物はボロだ。しかし、武具はそれなりだ。」


 「しかも、頭が小童だぞ?どういう面々だ?」


 「北畠。おっと、多気の密偵か?それとも京の方のやつらか?」


 「どっちにしろ関わらん方が良い。関や北伊勢の奴らじゃなけりゃ通しても構わん。構わん。」


 どうやらアチラさんにも都合がありそうだが、通れるのなら問題ない。通行料も思っていた以上に安い。銭だけで済ませてくれた。荷物も改められたが道慶が持っていた金銀にも手をつけなかった。

 取り越し苦労だったかな。と、関八衆は関所を通過してからホッとしている道慶の肩の力を抜かせるために声を掛けようとする。


 「考えすぎてもぉ、疲れますよぉ。」


 ところが一足先に声をかける者。どこか間延びした年若い女の声だ。『果心居士の財産』であり、多数の心が一つの体に入った人間。自己紹介は受けてはいないが七宝という名を持つ少女が道慶の背中をたたきながら声をかける。どうやら今日は今のところ声をかけてくれる『大人しい七宝』らしい。しかし、道慶に彼女から声をかけてくるのは珍しい。基本的に関八衆の誰かと話すことが多いのだが…。


 「なんでもぉ、かんでもぉ。考えるとぉ……馬鹿になりますよぉ。」


 諫めるような言葉に対して「そんなことはないぞ。」と、鼻をならして意地を張ろうとするのだが、間延びした彼女の言葉は肩の力を吸うかのように耳にスッと入っていく。


 「わぁ。だめですよぉ。皆さんもぉ、心配しますよぉ。」


 フニャっと力が抜けていく。無駄な力が抜けて、頭に霧のようなものが出てきてボンヤリと……


 「だっしゃー!!」


 頭の中まで蕩けそうな感覚を頬を叩いて追い出す道慶。自分より年下の幼子の言葉に酔ったような眩暈と興奮を覚えた。これが美しく育てば傾城や傾国になるのかと恐ろしくなったが、彼女・七宝を見ると驚いており、自覚がないようだった。クラクラとした感覚が頭に残っているが、無駄な力や義理などの関係が頭から抜けたことによって第一にやることは分かった。


 「まずは人。そして、改めて戦場以外のことか。」


 10余名程度の傭兵だと使いつぶされるから人を増やそう。そして初代・果心居士が『関係性の高いところでも使える』との言葉を試すことを考える道慶。大人しい七宝の言葉じゃないないが、何でもかんでもやろうとしていた。


 (これだったら駿河や相模にいたときのほうがマシだったな。頭の中。)


 生き残ろうと考えていた転生した最初のころと違って、今は勝手に背負い込んで、本当に取っ散らかっている。 PDCAサイクルやらOODAループやらを勉強して身に着けていたというのに、今じゃ一歩目でウロウロしているだけ。こうやって何かしらに足踏みしているのだ。笑止千万。いや、自嘲千万ということだろうか。

 公務員ぐんたい時代も、民間商社時代も良いように親や親族以外には結構可愛がってもらっていた。そんな記憶も思い出すこともできた。


 「頭がスッキリしたよ。また狂っていたらよろしく。」


 七宝に頭を下げてお礼を述べる。そういえば今川家では寿桂尼や早川殿に甘やかしてもらったものだ。思ったよりも甘ちゃんだった自分に恥ずかしくなったが、やることやってない人間よりはマシだ。と、頭から雑念をぶん投げた。


 「よし!安濃津までの道中に触れ回るか。」

 

 頭が回ってきた道慶は、関八衆に銭や米を持たせて、周辺の村で太鼓などの打ち物代わりの木々を買い集めさせた。その間に口上を考えて、高札を書く。芸事は苦手ではあるが人を集めるにはどうすればいいのかは分かっている。


 『年期は二年。戦働きが中心ですが、仕事内容は相談を受けてからの適材適所。年期明けには商家への紹介も可。報酬の支払いも月払いでまとめて。働き方次第では市昇給も。現状を変えたい若者の情熱をぶつけることができます。』


 ……等々。耳障りの良い文言を嘘は言っていない程度で書き記した。前世であればブラック企業募集要項のチェックがすべて入りそうだがそんなものはない戦国の世。粗雑に扱われる三男以降には一発逆転を狙う好機と飛びつく人も出てくると考えての作戦であった。

 高札を荷馬に括り付けて、恥ずかしがる関八衆に口上を述べさせ、打ち物を打ち鳴らしながら、大道芸一座やチンドン屋のように街道を東に東に進む。密偵のような工作員でないことを示すために派手に、派手に練り歩く。


 『あと3名でございます。締め切りは安濃津に到着して10日後。』


 あえて基準の日を決めずに募集期間のみを伝える。船に乗り遅れるな。利益を奪われてもいいのか。煽るような文言を記して、声高に触れ回り、安濃津に向かう。伊勢国への入国は思った以上に順調に。しかし、派手に行われたのだった。

 

 





 ※作者の一言……『転生ものは現代知識とか。特典を使ってこそ。』まぁ、はい。突っ込まれてしまいました。

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