第2話 お部屋に連れてこられたにゃん
イーサンの私室へと連行されたジェナは、柔らかなカーペットの上にちょんと座らされた。人間の姿でいるときはカーペットの感触など気にもかけなかったが、思わず背中をこすりつけたくなる心地よさだ。
「悪戯すんなよ、猫。大人しくしてたらミルクくらい飲ませてやる」
(ミルクより紅茶が欲しいわ。濃い目のダージリン)
ジェナが伝わるはずのない我儘を言ったとき、メイドが部屋に入ってきた。そのメイドはエリサという名前で、最近イーサンの専属メイドになったばかりだとジェナは記憶していた。
「イーサン様、少々お伝えしたいことが……あら、その猫はどうされたのですか?」
「拾った」
「拾ったって……まさか飼い猫にするつもりなのですか?」
「そう」
短く端的な肯定の言葉を聞いて、ジェナは驚愕した。
(私、イーサンに飼われるの? 婚約者なのに飼い猫になっちゃうの?)
信じがたい未来を思い、ふるふると震えるジェナの前で、イーサンとエリサの会話は続く。
「いきなり猫を飼うだなんて、いったいどういう心境の変化ですか? 動物はお好きではありませんよね?」
「まぁなー。でもこいつ、可愛いじゃん」
「……可愛いですか?」
「超、可愛い。黒い毛並みとか、気の強そうな目つきとか、ジェナにそっくり」
(……ん?)
ジェナは耳を疑った。意味のわからない単語の羅列を聞いた気がした。
「イーサン様が猫を飼いたいと言って、反対する者はいないと存じますが……ですがこの猫、すでに誰かに飼われているのでは? ほら、首輪をつけておりますし」
「んー……やっぱり誰かの飼い猫かぁ。一瞬、ジェナの飼い猫じゃねぇかなと思ったんだけど。ほらこの首輪、俺があいつにプレゼントしたチョーカーと同じデザインだし」
(ん、んん?)
ジェナはぱちぱちと猫目をまたたいた。
ジェナが首につけているチョーカーは、16歳の誕生日にブライトン侯爵夫人がプレゼントしてくれた物だ。そのときイーサンからのプレゼントはなく、「また一つババアに近づいたな、はっはっは」と意地の悪い祝いの言葉をもらっただけだったのだが。
「ジェナ様は猫がお好きでしたっけ?」
「いや、猫よりは犬派なはずだ。茶会でそんな話をしてるのを聞いたことがある」
「ではジェナ様のご家族の誰かが飼われている猫でしょうか」
「そうかなー、俺に譲ってくんねぇかなー。ジェナにそっくりだもんなー」
イーサンは一拍をおいて話題を変えた。
「……ところでエリサは何の用事だっけ?」
「そうそう、客間に宝石商がいらしておりますよ。例の物ができあがったらしく」
「お、本当に? すぐに行く」
ジェナの頭を一撫でしてイーサンは部屋を出て行ってしまった。
エリサも一緒にいなくなってしまったから、部屋に残されたのは猫の姿のジェナだけ。長い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、今しがた聞いた会話をゆっくりと思い起こす。
(チョーカーがイーサンからのプレゼントですって? じゃあイーサンは自分が用意したプレゼントを、わざわざ母親の手を通して私に渡したってこと? なんでそんな面倒臭いことをするのよ……)
疑問はそれだけではない。
(私が猫よりも犬派だってこと、よく覚えてたわね。そんな話をいつしたのか、自分でも覚えていないのに)
そして最たる疑問である。
(というか、私に似て可愛いって何?
ジェナとイーサンが婚約してから、早10年の月日が経とうとしている。その間、イーサンから容姿を褒められるような言葉を言われた経験は一度もない。ジェナの容姿が、他の貴族男性からは比較的好評であるにも関わらず、だ。
「……にゃんっ」
ジェナは肉球を合わせて、すっぱりと考えることを止めた。この場でごちゃごちゃと考えたところでイーサンの気持ちがわかるでもなし。ならば猫になったことを一世一代のチャンスと考え、この姿でしかできないことをする方が有意義である。
(そうよ。私はイーサンの身辺調査をするために猫になりたいと願ったの。せっかく部屋に入り込んだことだし、浮気の証拠でも見つけて婚約なんて破棄してやるわ!)
ジェナは鼻息を荒くして立ち上がるのであった。
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