ぼっち・ダンジョン

内藤ゲオルグ

第1話、取り調べを受ける16歳

 はあ、お腹すいた。お腹空いて死にそう。

 前に食べたのいつだっけ?

 昨日は食べてないし、その前の日はどうだったかな。


「コラ、聞いてるのか?」


 頭がぼーっとする。

 狭い部屋の中には、おじさんが二人と私の計三人。人口密度の高さに息が詰まりそうだ。

 息は詰まってもお腹はふくれない。最悪だ。


「名前はなんだって、聞いてんだよ!」

「きちんと答えてくれな、お嬢ちゃん」


 私の頭は空腹のことでいっぱいで、いきり立つおじさんに恐怖を感じる余裕はない。

 でも……はあ、黙っていても仕方がない。名前ね。


永倉ながくらあおい


 お腹空いた。カロリーが足りないせいか、なんだか急に眠くなってきた。


「おい、寝るんじゃない。歳は? 両親は? 家はどこ? 学校は? 身分証は持ってないのか?」


 うるさいな、そんないっぺんに。あまりの鬱陶しさにちょっと目が冴えた。


「……身分証? 普通は成人になってから作るんじゃないの? そんなの持ってない。ついでに親も家もない、無職、十五歳」

「まあ身分証はそんなもんだが、親も家もないなんて嘘をつくな。ちゃんと答えないと、いつまでたっても帰れないぞ」


 だから帰る家がないんだって。


「班長、この子大丈夫ですかね? ガリガリにせてますし、身なりもちょっと。やっぱり事件に巻き込まれたんじゃ?」

「それならそうと言えばいい。それに本当に十五歳なら、じきに成人だ。小さな子供じゃあるまいし、話くらいできるだろう」


 好き放題に言ってくれて、ムカつくなあ。

 たしかに自分の姿に意識を向けてみれば、うら若き女子の格好とは思えないくらいひどい。薄汚れた紺の芋ジャージの上下に、綻びの目立つスニーカーは、いかにも使い古されたもので貧乏丸出し。

 おまけにボブカットの髪はバサバサだし、細い体は不健康や貧相に見えるのかもしれない。

 それでも好き好んで、こんな姿をしているわけじゃない。


「でも班長。この子、手荷物ひとつ持ってないですよ。どう見ても元気ないですし、妙だと思いませんか」

「んなこと言ったってなあ」


 はあ、やっぱり力が入らない。口を開くにもカロリーがいる。


「おそらく訳アリですよね。未成年ですし、とりあえず星魂紋せいこんもんを調べましょうよ」


 星魂紋はいわゆる生体情報的なアレだったと思う。

 うんうん、アレよ、アレ。好きに調べてくれればいいよ。


「身分証、作ってやるしかねえか」

「持ってないなら、結局はどこかのタイミングで作るんですし、いいじゃないですか」

「課長がうるせえんだよ。身分証作るのだってタダじゃないんだよ? 血税なんだよ? 無駄に作ったら怒られるのは上司の私なんだよ? とか何とかよ。かー、いちいちうるせえのなんの。思い出しただけで腹立つな」


 ブツブツ言いながら、うるさいおじさんが部屋を出て行った。と思ったら、すぐに戻った。


「ほら、これに手を置け」


 動く気力の湧かない私の手が掴まれ、平らな台に乗せられた。

 謎の機械が星魂紋を読み取り、その結果を身分証に出力しているようだ。

 身分証を作ってくれるなら、私にとって損はない。どうせ必要になる。


「どれどれ。永倉葵スカーレット、スカーレット?」


 いちいち説明しないとわからんのかねえ。まったく。


「ミドルネームだよ、知らないの?」

「へえ、珍しいね。住民情報に照会します。あ、出た出た。班長、これです」


 星魂紋を出力した身分証と、警察の住民情報を照らし合わせて私の素性を確認しているようだ。


「十六歳? ああ、今日が誕生日だったのか」


 私ったら今日が誕生日だ。それどころじゃなくて、すっかり忘れていた。


「あれ、この住所ってたしか、近所の施設ですよね。聞き込みに駆り出されたんで、覚えてますよ」

「待て。つい先日、火事になった場所か? 全焼して死人も出たよな。事件性はないって聞いてるが」

「そうです、それです。生き残った施設の職員や子供たちは、散り散りになったとかどうとかって話でした」


 さっきまでの面倒そうな態度から、同情的な視線と態度に変わった気がする。勝手に事情を察したらしい。

 哀れに思うなら、食べ物を分けてほしい。なんなら、お金をめぐんでくれ。


「はい、これ身分証ね。なくさないように」


 差し出された手のひらサイズの身分証は、黒地に銀の文字が書かれたちょっとだけカッコいい感じの硬いカードだった。

 出来立てほやほやのそれには、私のフルネームと識別番号だけが記されている。意外とシンプル。


「とにかくお前さんの事情はわかった。未成年なら、この先の世話もしてやれたんだがな」

「タイミングがいいのか悪いのか、今日で成人ですからね。どこか頼る先は?」


 あるように見えるとしたら、こいつらの目は完全に節穴だ。

 無言でおじさんを見返していると、ため息をつかれてしまった。


「だろうな。なら、とりあえずダンジョンに行ってみたらどうだ。初心者向けの上層でも、その日暮らしができる程度の金は稼げる」


 ダンジョン、か。

 なるほど、その手があった。


「君みたいな子に本格的なハンターになるのはお勧めしないけどね。そのくらいのことは知ってるだろ?」

「まあ、なんとか。それよりさ、食べ物くれない?」

「悪いが、こっちは忙しい。さっさと出て行ってくれ」

「すまないね、本当に忙しくて」


 え、え? さっきまでの同情はどこに?

 困っている女の子に、ちょっとくらい手を差し伸べてくれてもいいのでは?

 警察のご厄介になれば、今晩の寝床と夜食は確保できるかと思ったのに。だから黙って補導されたのに。


 サツのおじさんたちは本当に忙しいようで、足早に取り調べ室? から出て行ってしまった。どうやら私も勝手に出て行けってことらしい。


 警察署内の道が全然わからないから、適当にうろつく。

 すると多種多様なお土産っぽいお菓子が置いてあるコーナーを見つけた。ゴクリ。

 一応、広いフロアに向かって許可を得ることにした。


「このお菓子とお茶、いただきまーす」

「お好きにどーぞ」


 やった。言ってみるもんだ。

 どこからともなく聞こえた声に一礼し、ポケットに入るだけのお菓子を確保した。

 半分くらいはもらってしまった。別にいいよね。


 さて、なんとか食料は確保したけど、やっぱりまともなご飯が食べたい。

 ほかにできることもないし、ダンジョンに行ってみよう。ひと稼ぎだ。


 まだ私は十五、いや十六歳になったばかり。野垂れ死ぬには、さすがに早い。

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