第67話 桔梗先輩とお出かけ



 夜。

 今日の私は配信を休み、カチャカチャカチャ、ッターン!とキーボードを叩いていた。

 今やっているのは、ずーっと前に配信でも発表した『黄昏のアリア』――つまり私の前世を模したゲームの開発だ。


 進捗の方は芳しくない……と言うのかな?

 リーシャという、プログラミング方面に於いては、完全にぶっ壊れなチートキャラが加わったことにより、作業スピード自体は凄まじく向上したんだよね


 だけど私の前世を模したという事は、リーシャにカグヤ先輩も当事者であるわけで。


 つまり彼女たちの視点の導入や、私ですら知り得なかった情報の捕捉などをタスクに持ち込んだ結果、作業内容が膨大に膨れ上がったというわけだ。


「うーん、この調子じゃ、まだまだ掛かりそうかな」


 ちらりと画面右下にある時計を見る。

 そろそろ日付が変わろうという時間帯だ。

 私はデータを保存してパソコンを落とし、歯磨きをしてから消灯。床に着いた。


「…………」

『うーぅ、きっと来る~』(幻聴)

「ッスゥー…………」


 私はスマホと枕を片手に立ち上がった。

 スマホのライトを付けながら部屋を出る。

 真っ暗な廊下にゾゾゾと悪寒を感じた私は、ノックをする時間すら惜しんで最寄りの部屋を開けた。


「ピエッ!?」


 部屋の住人――咲良は突然の来訪にビクッと反応して見せた。

 そして私だと気付くと、へなへなと身体の力を抜く。

 その手にはコントローラーが握られており、モニターの様子から配信中であることが窺えた。


「突然ごめんね、桜華」

「の、のっく」

「うん、ホントごめん」


 廊下が、廊下が真っ暗なのが悪いんですっ。

 おいどんもモラルを守りだがっだ……!


「その……今日も?」


 おずおずと聞いてくる咲良に苦笑を返し、


「うん、今日も。私のことは気にせず配信を続けてて良いからさ。寧ろ私が寝るまで全然やっててオッケー。あ、でも明日が休みだからって過度な夜更かしはダメだよ」


 と、情けないのかしっかりしてるのか分からない言動をしながら、私は咲良のベッドに潜り込んだ。

 セミダブルなので少女二人が横になってもスペースに問題はない。

 私の影響を受けてか、二か月くらい前にセミダブルのベッドに買い替えたんだよね、この子。助かった。


「お休み、桜華。リスナーの皆も、お休みなさい」


 ひらひらとカメラに手を振ってから、私はすっぽり布団を被った。

 薄暗いの助かる。

 咲良の配信をBGMに私は微睡みの中に落ちていく。


 明日は何か予定あったかな……。

 あ、そうだ。


「桔梗先輩と出掛けるんだった……」

「――――え?」


 すやぁ。







 翌日。

 私の胸に顔を埋め、引っ付き虫のようにお眠にあった咲良を引き剥がして起床。

 母さんの作った朝食を食べ、支度を整える。


 メイクの方はさすがに手慣れたものだ。

 元々容姿が絶世という枕詞が相応しいレベルで整ってるから、ナチュラルで良いというものあるけどね。

 

 でも服装の方は完全に母さんと三希任せ。

 トレンドの服とか分からんもん。

 こっちはメイクと違ってコロコロ変わるから厄介で仕方ない。


「もう一年中ジャージがトレンドになれば良いのに」

「悍ましいことを言わないで頂戴。今日は桔梗と出掛けるのよね?」

「ん。色々教えてほしいって言うから」


 それこそが昨日、桔梗先輩にされたお願いごとだった。

 ようやく父親の作った借金地獄から開放され、自分の好きなことを出来るようになった彼女。

 だけど、子どもの頃から『ワガママを言ってはいけない』と、自身を抑圧してきた桔梗先輩は、自分が何がしたいのかすら分からなかったのだ。

 

 心情的には、親に勉強ばかりさせられて大人になった社会人に近いかな?

 こういう時に頼りになるのが同期という存在だけど……。


 桜華――陰キャ。

 紅葉先輩――幼馴染だけど究極完全態グレート・ノンデリ。

 水仙先輩――不思議ちゃん(何なら桔梗先輩より抑圧された過去持ち)。


 ――とまあ、見事に頼りにならない面子の揃い踏みである。

 そこで白羽の矢が立ったのが私というわけだ。

 や、私も適任かと聞かれたらそうじゃないんだけどね?

 でも、上記の面々に比べたら流石にね?


「よし、出来たわ。変なことを教えちゃダメよ」

「ありがと。分かってる。ゲーセンとかに連れ込むつもりはないよ」

「ゲームセンターは別に変じゃないと思うのだけれど」

「勿体ない精神の人間に、コンコルド効果の宝物庫は地獄でしょ」

「……そうね」


 桔梗先輩からすれば(多分)初めてのゲームセンター。

 しかも人に案内されて立ち寄ったとなれば、せっかくだからと色々遊ぼうとするだろう。

 そこでクレゲなんかに手を出してみなさい。

 ハマったら一直線よ。


 たかが百円。されど百円。

 働いている人間からすれば、百円の重さは実に軽い。


 そうしてチャリンチャリンチャリンと百円を投入しているうちに、いつの間にか何千円という金額がサヨナラバイバイするのがクレゲの基本だ。

 ほんと『これだけ投資したんだから』と後に引けなくなるんだよね。

 これにはやっぱりコンコルド効果くんもニッコリだ。笑っとんちゃうぞ。


 全クレゲーマーの味方、回〇館が近くにあればなぁ。

 残念ながら待ち合わせ場所付近にあるのはラウン――ゲフンゲフン。


「それじゃあ行ってきます」

「気を付けてね。本当に」

「うん、分かってる」


 母さんの言葉に苦笑しながら玄関に向かう。

 割りと毎日のように出掛けるたびに言われる言葉だ。

 前々世がアレだったから是非もなし。


「あ、おはよう、咲良」

「お、おはよ……」


 廊下に出ると、丁度階段から降りてきた咲良と鉢合わせた。


「アリアは、これから、その……出掛けるの?」


 おずおずと、目を泳がせながら尋ねてくる。


「うん。夕方には帰ってくるつもりだけど、何か欲しいものある?」

「んーん。だいじょぶ……えとえと、その……」

「どうかした?」


 私は小首を傾げる。

 咲良は相も変わらず――というのは可哀想かな。

 挙動不審になりながら何かを言おうとして、だけど言葉にならなくて。


「ナ、ナンデモナイ!」


 やがて顔を真っ赤にすると、ビューンとリビングに消えて行った。

 何だったんだろ。




◇◆◇




 端的に言えば、夏川桔梗というアバターを持つ女性は、すごく緊張していた。


 色んなバイトを掛け持ちした経験のある彼女は、年齢に見合わない社会経験を積んでいる。

 年上相手でも気兼ねなく話せるし、面接だろうとハキハキと自分の意思を伝えられる自信があった。

 そんな彼女が緊張する理由は、今から会う後輩にあった。


 アルフェリア・リンカー。

 前世のみならず前々世の記憶すら持っているという謎に複雑奇怪な設定を持つVtuberだ。しかもそこにTSもプラスされるという混沌具合。


 しかし、そんな面倒臭い設定に反して、アルフェリアは気の良い少女だった。

 先輩として情けないとは思うが、何度か相談に乗ってもらったことがあり、助けてもらったこともある。


 いつもお金のため、誰にも頼らず生きてきた。

 だって、最も頼りになるべきはずだった親が全然頼りにならなかったから。

 その親を騙したのは、他でも大人だったから。


 だから朗らかな笑顔の奥に壁を作り、大人という存在に付かず離れずの距離を保つようになった。

 

 もちろん、同世代に頼るという選択肢もない。

 幼馴染が一芸特化の極振りポンコツだったせいで、更に余計な苦労を買った。


 自分の経歴を知りながら平然と自分を頼ってくるアイツは間違いなく『本物』だ。


 その『本物』を配信に見せるようになった途端、登録者数や同接が跳ね上がったのだから世の中というのは、実に不公平だ。


 ――ともかく。

 色々溜め込んでいた自分に手を差し伸べてくれたのがアルフェリアだ。

 彼女は何もかもを優しく包み込んでくれた。

 あの温もりは今でも思い出せる。


 まるで、母のような――。

 子どもの頃に母親が出て行ってから久しく忘れていた温もりだった。

 まあ、そのせいでちょっとどころじゃない黒歴史が生まれたが。


 何にせよ、そんなアルフェリアと今から会うのだ。

 しかも互いにアバターを介さない、リアルでの対面である。

 自身の脳を溶かした相手との初対面。

 これにはさすがに緊張を隠せなかった。


(一体、どんな娘なんだろう)


 最近、雑談で学校の話をするようになったから、まだ学生であるのは確定だ。

 後はアルフェリアというアバターは前世のものであり、今生の自分はとんでもねえ美少女かつトンデモねぇえちえちボデェとも語っていた。


(えちえちボデェ)


 えちえちボデェ。

 ボは下唇を噛むようにして、ッボデェ。


 ほわんほわんほわん、とアルフェリアの中の人を想像していると、スマホが鳴った。


「わっ」


 ビックリしながらスマホを取り出し、確認する。

 メッセージだ。

 しかも相手は件のアルフェリアである。



 アルフェリア・リンカー

《こちらアルフェリア。目的地に到着しましたオーバー》


 夏川桔梗

《ごめん、もうちょっと掛かるかもオーバー!》


 アルフェリア・リンカー

《まだ待ち合わせ時間には余裕ありますからお気になさらず。急いで事故ったらシャレになりませんから。前々世の私のようにミンチになると、クソみたいな異世界に転生しますよ。ソースはワイ》


 夏川桔梗

《あはは。うん。気を付けるね。ありがと》


 アルフェリア・リンカー

《またネタだと思って流されてる(´・ω・`)》



 ネタというか設定だよね、と思いながらスマホをしまう。

 でも心配してくれるのは嬉しかった。

 相好を崩し、いつもより周りの様子を確認しながら歩を進める。

 待ち合わせ場所の駅前に到着すると、再びスマホで連絡を入れた。


 夏川桔梗

《ふぅ、着いたよー》


 そう打ってから軽く辺りを見渡す。

 駅前の広場はそこそこの人々が行き交っており、特定の個人を見つけるのは難しそうだ。


 アルフェリア・リンカー

《お疲れ様です。広場にトップアイドルやハリウッド女優はおろか、世界三大美人すら超えた完璧で究極で絶世の美貌を持った至上最かわの美少女が居ると思いますので、その娘に話し掛けて下さい。それが私です》


「……スゲー自信」


 思わず頬が引き攣った。

 もうちょっと服装とか髪型とか、そういう特徴を上げると思ったら、まさかの容姿のゴリ押しである。


 さすがにコレだけの情報で見つけるのは無理じゃね、と思いながら歩を進める。

 すると、広場の中央辺りに人垣ができているのを認めた。

 何となく彼ら彼女らの様子を窺うと、誰もが陶然とした眼差しを、ある一点に送っていた。


「ま、まさかね」


 そう思いながら人垣に加わった。

 そして群衆たちが熱っぽい視線を向ける先を見遣り、絶句。


 そこには美の化身がいた。


 なんじゃありゃ。

 銀髪! 睫毛長! 真っ白な肌!

 そして出るとこ出て締まるとこ締まってるえちえちボデェ!

 リスナーの妄想が具現化したのだろうか。

 二次元から飛び出してきましたか?


 なるほど。

 これだけの容姿。これだけのスタイルの持ち主なら、あの自信も頷ける。

 身なりの軽薄そうな男たちですら『むりむりむりでもちゅき♡』とかぶりを振りながら目をハートにしていた。


 間違いない。

 彼女こそがアルフェリア・リンカーの中の人だ。


 え? この人だかりの中、話し掛けなきゃいけないの?



 

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