第51話 譜術の対価
「今日は大変だったね、楓」
「はぁ……どうしてあんなにも突っかかってくるのかしら」
「もしかしていつものこと?」
「いつもとは言わないけど、結構な頻度ね。鬱陶しいことこの上ないわ」
翌日の放課後。
ちょっとしたハプニングに見舞われた楓を労いながら帰途に着いていると、見るからに高級そうな流線型の車が少し先で停車した。
ウィンドウが開き、ひょこっと顔を覗かせたのはカグヤ先輩である。
「あ、カグヤ先輩!」
小さく手を振る彼女に相好を崩し、小走りで駆け寄る。
運転席にはリーシャの姿もあった。
「やほ」
「やほ。乗って下さい。そちらの子も送って行ってあげます」
車のドアが自動的に斜め上へとスライドした。
かっこよ。
えーと、何だっけ?
ガルウィング……じゃなかった。シザーズドアだったかな?
「だってさ。楓もおいで」
「……いえ、私は」
「遠慮しないの。さあさあ」
と、私は楓の背後に回り込んでその背中を押す。
「ちょ、ちょっと押さないで頂戴。分かったからっ」
目を白黒させながらおっかなびっくりに乗車する楓。
その後に私が続くと、ドアが自動で閉じた。
シートベルトを装着すると、静かに車が走り出す。
「ありがと。でも二人とも大丈夫なの? 今日はデビュー配信だけど」
「ええ、大丈夫よ。ちょうど私たちも帰るタイミングだったから」
「『私』たち段取りはとっくに出来ています。アルフェリア――アリアが心配する必要はありません」
リーシャが私の名前を訂正したことにより、ふと違和感に気付いた。
「そう言えばリーシャ、一人称を変えたんだね」
そう、今の私の名前がアリアであるように、今のリーシャは一人称が『私』になっていた。
前は自分の名前呼びだったんだけどな。
「当たり前でしょう。今の私は十九歳ですよ? この歳で名前呼びとか痛々しいにも程があります」
「なるほど。だからVR空間だとたまに一人称がブレてたんだね」
「アバターが昔の姿準拠である以上、意図的に切り替える必要がありますからね」
納得。
VR空間でのリーシャは、私の知る当時のリーシャを二次元キャラに変換したような外見だった。
しかし、リアルでの彼女はご覧の通り。
既に大人の領域に片足を突っ込んでいた。
かつてトレードマークだった巻き髪ツインテール。
しかし今は巻き髪はそのまま、ハーフアップにヘアチェンジされている。
頭一個分小さかった身長も、平均と同じくらいまでグンと伸びていた。
すらりとした身体にワイシャツを着込み、スリットの入ったタイトスカートを履き、ジャケットに袖を通した姿は、まさにできるキャリアウーマンそのものである。
逆にカグヤ先輩の方は、元々大人びた風貌ということもあり、あまり変わっているようには見えなかった。
「ねえ」
ちょんちょんと楓に袖を引っ張られる。
彼女は居心地悪そうにしながら、
「その話、私が聞いてても良いの?」
「良いんじゃない? 楓は身内だし、プリズマアークは慎兄とも提携してるみたいだしね。それにキミはこういう守秘義務を他人に明かすタイプじゃないでしょ? 明かす相手がいないとも言うけど」
「……最後のは余計よ」
不服そうにそっぽを向く楓。
図星ですね分かります。
「ほんとぉ?」
「私はちゃんと友人は選ぶタイプなのよ」
それ友だちがいない人が使う常套句。
「良いことだと思うわ。迂闊に人を信じると、いざという時、盛大に裏切られるもの」
「「おっもぉ……」」
私とリーシャは顔を逸らした。
父親の逮捕を切っ掛けに周囲の人間から一斉に手のひら返しをくらい、壮絶なイジメに遭った人の言葉だ。
重みが違う。
「あの……お二人は……………えと、異世界……から、来たんですよね?」
すっごく躊躇いながら楓が問うた。
「何でそんな顔赤いの?」
「し、仕方ないでしょうっ? こんな質問素面でできるわけないじゃない!」
草。それはそう。
特に楓のような生真面目な女の子には、さぞかしハードルが高かったに違いない。
「その通りよ。前世のアリアちゃんが生まれた世界――ブルースフィアからやって来たの」
「……世界を超えるのって、そんな簡単なんですか?」
「まさか。確かに私たちの使う譜術は、願望器みたいな力よ。だけど奇跡には同等の対価が必要なの」
「対価ですか?」
「等価交換ってやつだね。ハガレンのOPで何度も聞くやつ」
「ハガレンって何?」
「ぐはぁ!」
ジェネレーションギャップ!
平成に取り残された女は倒れた!
でも、私は言い続けるよ。
2000年から2015年辺りのサブカルがいっちゃん楽しかったと!
「もう私たちを覚えてる人は、ほとんどいないでしょうね」
「え?」
と、楓がこちらを見てくる。
「……譜術に使うエネルギーは、魔法で例えるところの魔力なんだ。でもそのエネルギー源は自分に向けられた人々の想いそのもの。推しに対する熱量とも言い換えられるかな」
どっかで説明したようなと思いながらも、改めて基本的なことから話す。
「ワルキューレがアイドル業をやってたのはそういうワケ。だけど、もちろん限界はある。しかもファンの想いを代償にするってことは、その分ファンが減るってことだからね」
湯水のように沸き上がる財源じゃないのだ。
俺は一生あの子を推すんだー! と息巻いていたファンが、その一週間後にはグッズを売り払ったなんて光景は珍しくない。
想いを代償にするということは、そういうこと。
強力な譜術を使えば使うほど、ファンは離れて行ってしまうのだ。
とは言え、正直これはまだ良い方だ。
このシステムの最も悪辣なところは、友情や恋情にも適応してしまうところなんだから。
同じワルキューレなら耐性はあるけど、一般人はそうはいかない。
人々を守るために譜術を使った結果がコレなんだから、ホント報われない話である。
「魔法は魔力が切れたら不発に終わるけど、譜術の場合は存在や生命っていう代替品もあるんだ」
話を本筋に戻す。
「生命は何となく分かるけど、存在? ……覚えてる人はほとんどいないという事は」
まさかと目を見開く楓に首肯を返す。
「さすが優等生だね。察しの通り、自分たちが生きた証すら対価にできるんだよ。それも偉業を為せば為した分だけそのエネルギーは膨大となる」
トップアイドルへと至った私たちトリニティに向けられた人々の想い。
そして世界を救うという大偉業を成し遂げた私たちの功績。
その二つを対価にすれば、確かに世界を超えることも可能だろう。
「……酷い話ね。それはつまり、貴女たちが世界を救ったという事実すら誰も覚えてないという事なんでしょう?」
「そうね。……少なくとも私たちがこちらの世界に来る直前では、もう私たち以外、誰もアリアちゃんを覚えてなかったわ」
そう言ったカグヤ先輩からは、悔恨と恐怖が滲み出ていた。
「そこの女は存在と生命の双方を対価にしましたからね」
バックミラー越しにリーシャと目が合う。
その半眼が居た堪れず、冷や汗をかきながらそっと目を逸らした。
ごめんなさい。
ほんとごめんなさい。
「だからこそ私とリーシャちゃんは全てを投げ捨てる覚悟をしたわ。そして私たちは賭けに勝った。――それだけでもう充分なのよ」
儚く、だけど同時に力強く。
胸の中にある幸せを抱きしめるようにカグヤ先輩は、ふわりと笑った。
――――――――――
アルフェリアが存在と生命を対価にしたことより、アルフェリアが為した偉業はカグヤとリーシャのものとなりました。
そしてワルキューレと言えど耐性には限度があり、
カグヤとリーシャはアルフェリアとの思い出や記憶が徐々に失われつつある現状に心の底から恐怖し、カグヤに至っては時に自傷行為にすら及んだ模様。
カグヤとリーシャが存在を対価にした結果、三人が為した偉業は別の誰かのものになりました。
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