第49話 学校に行こう ②




「ナンデダヨォォオオオオーーーーッ!!!?」


 帰宅した私を出迎えたのは、藤原〇也ばりの絶叫を伴った咲良のタックルだった。

 その勢いのまま、尻もちをついた私へと迫る。

 ガチ泣きだった。


「あー、うん。もしかして転入のこと?」

「(コクコクコクコクコク!)」


 首がもげそうな勢いで頷くじゃん。

 一旦自室に戻り、いつものネグリジェに着替える。

 ふぅ、スッキリ。

 制服なんて久々に着たから堅苦しかったんだ。

 THE・清楚な外見的にも、第一ボタンまでしっかり留めないとだからさ。


 子供の頃、寝相が悪くて首元が締まってたからかな?

 やたら悪夢を見がちだったから窮屈な服は嫌いなんだよねえ。


 解放感のままベッドに倒れ込む。

 ベッドは私のもう一人のマッマになってくれるかもしれない存在だ。

 颯爽シャアっと駆け抜けそうな真っ赤っかな彗星さんは、コレを失ったというわけだ。

 そりゃあ隕石も落としたくなる。


 数秒間その温もりを堪能してから身体を起こし、足元にある小型冷蔵庫からコーヒー牛乳の紙パックを二つ手に取り、片方は咲良へと渡した。

 うま~。

 

「その制服、楓の……?」


 私が法悦の息を零していると、おずおずと咲良が尋ねてくる。

 ちょこんと両手で紙パックを持って可愛らしいわね。

 彼女はハンガーに掛けた私の制服を見ていた。

 白を基調とした上品なデザインの制服だ。


「そうだよ。彼女と同じ学校に通うことにしたんだ」

「うう、わたしと同じ学校だと思ったのに……」

「まあ最初はそのつもりだったんだけどね」

「じゃあ転入……」

「できるわけないでしょ。どんだけ大変だと思ってるのさ」

「ふぐぅ」


 こっちはともかく、学校と役所に多大な迷惑を掛けるのは普通に心苦しいよ。


「咲良は私と一緒の学校に通いたかったんだ?」


 少し空気を変えようと意地悪なことを言う。


「……うん」


 おや、揶揄うつもりだったのに素直な反応。

 てっきり顔を赤くして狼狽すると思ったのに。

 よしよしと咲良の頭を撫でてやりながら。


「あっちの高校を提案したのは三希だよ。四六時中私と一緒にいたら咲良のためにならないって」

「全然ちっともそんなことにゃいのに……」


 どうだかなー。

 咲良としては、多少なりとも学校は楽しくなるだろうけど、社会性が身に付くかどうかと言われたら微妙だからねえ。

 あのライブで人として一歩を踏み出せた以上、過度なおんぶにだっこは控えるべきだろう。


「……それでアリアは納得しちゃったんだ」


 ぷくりと頬が膨らんだ。


「一理あるからね。それに学力的にもあっちの方が合ってたし」

「ふぐぅ、学力マウント……。イ、イジメとかあるかも」


 ああ、同性から嫉妬を買うパティーンのこと?


「私が黙ってやられる性質だと思う?」


 ニッコリと微笑みを浮かべれば、咲良は顔を青くしながら顔をブンブン振った。

 うむ、分かっているようで何より。

 やられたら徹底的にやり返すのが私の主義だ。

 必要とあらば、大量の黒光りするGすら用意しますとも(前科あり)。


「ま、どちらにせよ、そういう雰囲気は見られなかったから安心して」


 そう言って私は今日一日を振り返った。




   ◇◆◇




「――如月アリアと申します。このような見た目ですが日本育ちの身ですので、どうか隣人と同じような気安さで接して頂けると嬉しいです。どうぞよしなに」


 久々の学生服に袖を通した私は、恭しくカーテシーを行った。

 進学校とはいえ、ここは普通の子たちが通う学校。

 私が半年前まで通っていたお金持ちの学院とは勝手が異なると分かった上で、上品な挨拶を行った。


 私なりの、私自身に対するリスペクトだ。

 TierSSSSSSSSSな容姿を持って生まれた以上、対外的にはお嬢様を演じたろうと思ったわけである。

 せっかく身に付けた仮面だしねえ。


 Vとしてではなく、寧ろ私生活の方でロールプレイを行うライバーがいるってマジ?

 マジだよ。

 というか、そうしとかんと身バレしちゃうかもだし。

 ほら、咲良とか普通にアリア呼びしてるから。


 微笑み爆弾ドン!

 はい、何人か堕ちました。


 私がカーテシーしたとき、太ももに目が行ったヤツもピックアップ済みです。

 まあ太ももに関しちゃ、我ながら自慢の逸品だからね。

 細長くももっちりと柔らかそうな曲線美は、上半身に備わってるご立派様に勝るとも劣らないという自負がある。


 喧嘩に明け暮れてる不良も、『俺は今、こいつに集中したいんだ』なんて青春をスポーツに捧げてる爽やか青年も私にかかれば一発よ。


 金持ち学校ですら、そうだったんだもん。

 や、当たり前だけど積極的にするつもりはないよ?

 私、男女ともに恋愛する気皆無だし。


 もしも私を堕とそうと思うのなら、やはり催眠オジサン一択……!

 もしホントにそうなったら私もえちえち本よろしく『ご主人様(はぁと』とか言い出すのかな?

 おっと魂は加齢臭だぞ?


 ちな今の微笑みはただの挨拶だから許してクレメンス。


「如月さん」

「はい」

「え、あ、はい」


 先生の声に私と楓が反応する。


「あ、ごめんなさい。楓さんの方です。楓さんはアリアさんと従妹なんですよね? アリアさんを任せても良いですか?」


 え!? という視線が楓に向けられる。


 本当は叔母……や、血縁関係という意味じゃ全くの他人か。

 ともかく魂的には私は楓の叔母or叔父となるんだけど、色々紛らわしいから書類上は従妹という関係に落ち着いた。

 ちらりと楓は隣の空席を一瞥する。


「分かりました」


 周りの視線も何のその、凛として楓は了承した。

 うん、こういう動じないところは慎兄そっくりだ。


 先生が促すようにこちらを見てきたので軽く会釈を返し、楓の隣の席を目指す。

 この視線を独り占めする感覚も懐かしいわね。

 でも肝心の中身がね。

 ドンマイですって感じ。


「――半年振りだね、楓。これからよろしく」


 着席からの、敢えて楓には素で話す。

 親密度が高くなるとこういう口調で喋りますよ、というポーズだ。

 まあそれでも、あくまで口調だけ。

 ちゃんと御清楚ロールプレイで行きますわよ。


「そうね。まさか同じ学校に通うだなんて驚きだわ」

「通うにしても、咲良と同じ学校だと思ってた?」

「ええ、だって貴女たちは――」


 人差し指を唇に当て、ウインク。

 それだけで楓は意図を読み取り、口を噤んだ。


「ありがと」

「こちらこそ不注意だったわ」

「ふふ、良い子だねえ」

「……どうしてそういう結論になるのか分からないのだけど」


 そっぽを向いた楓に、私はくすりと笑うのだった。

 承認欲求つよつよなのに素直になれないのは、もう如月一族の遺伝なのかもしれんね。





 ホームルームが終わり、僅か五分の小休憩。

 そして授業の合間合間に入る十分の小休憩でも、生徒たちの群がりは凄まじかった。


「如月さんはどこに学校に通ってたの?」

「鵠皇学院ですよ」

「うわ、そこって確かお金持ちが通うとこだったよな。道理で」

「雰囲気あるよね~」

「ねえねえ、如月ちゃんは好きな食べ物何?」

「白桃のロールケーキでしょうか。紅茶と一緒に頂くとつい手が止まりません。ダメとは分かってるのですが」

「うおー、っぽい~!」

「如月さんみたいな人でも緩んだりしちゃうんだ」

「親近感~」


 ホントはラーメンはハンバーグですが。

 飲み物も普通に市販のコーヒー牛乳一択。

 や、バナナミルクとイチゴミルクもオッケー。

 要は牛乳が入ってりゃいいんよな。

 但し牛乳オンリーは別にって感じ。


「じゃあ趣味とかは!?」

「音楽関係を少々。素人の域を超えませんが」


 嘘ですガチ勢です自信しかありません。


「これもぽいなぁ。如月さんの歌声聴いてみて~」


 配信サイトで検索してもろて。

 余裕で億超えしてるから。

 私は強くなりすぎた。きりっ。


「如月さんは」「如月さんは」「アリアちゃんは」……とまあ凄い凄い。

 しかも余所のクラスや他学年まで来るものだから、寧ろ数は増える一方。

 というか、本当にあるんだ、この光景。

 廊下が人でいっぱい。

 てっきり二次元だと思ってた。

 んで、今の質問、これで答えるの四回目ですねえ!


 この分だと昼休みも面倒臭いになりそうだと苦笑していると、そこで楓からのインターセプトが入った。


「アリア、お昼は?」

「お弁当があるよ」

「え? もしかして如月さんの手作り!?」


 鞄からランチクロスに包まれた弁当を取り出すと、すかさず他のクラスメイトたちが興味津々といった反応を見せた。


「ええ、確かに手作りですが」


 但し、母さんの。

 およそ三十年振りとなる母お手製の弁当。

 正直メチャクチャ楽しみです。


「行きましょう。一々相手をしてたらご飯を食べる時間がなくなるわ」


 機先を制するように楓が言った。言い方ぁ。

 それから近寄ってきたクラスメイトたちを見渡し、


「貴方たちも、もう少し気遣うべきじゃないかしら? ずっと質問攻めだったでしょう?」


 楓の言葉を受け、何人かがばつが悪そうに、何人かが不快そうな反応を見せる。


「あ、ごめん委員長。そうだよな」

「如月さんもごめんな」

「私たち、ちょっと舞い上がってたね」

「チッ、何だよ偉そうね」

「相変わらずの良い子ちゃんね。うっざ」


 わ~お。

 というか楓、委員長だったんだ。


「アリアもごめんなさい。皆、どうせ『彼』がいなくなった影響で心の整理が付いていないのよ」


 彼?

 途端にお通夜みたいに表情を暗くする一同。

 ……今は触れない方が良い感じかな。


 楓の先導に従い到着したのは、同じ階の端っこにある空き教室だ。

 聞けば、数学や英語のとき、学力別に振り分けられた時に使う教室なのだとか。


 その端っこで向かい合うように座り、弁当をパカー。

 ん? 何か記憶と違……ああ、そっか。

 今の私は女だもん。

 そりゃあ男のときとは献立も盛り付け方も変わるか。

 オシャレだ。


 まずはお茶を一口飲んでからパクリ。

 うまー!

 やっぱ母さんの作る弁当は別格だよ。

 個人的に冷たくなっただし巻き卵が好き。

 こいつ時間経過で味が変わるんだよね。


「半日が経ったわけだけど、大丈夫そう?」


 タッパーに入ったサンドイッチを持ちながら楓が言う。

 もぐもぐ、ごっくん。


「うん。進学校だからもっとピリピリしてるかなと思ってたから、良い意味で裏切られた感じかな」

「意識高い人がいないわけではないのだけどね」

「楓みたいな?」

「……否定はしないわ」


 茶化して言うと、小さく眉根を寄せながらも同意した。


「学生の本分は勉強だもの」

「コミュニケーションを育む場でもあるよ」


 さっきのやり取りでちょっと先行きが怪しかったから、ちゃんとアドバイスを送る。

 慎兄にはこの手のアドバイスとか絶対できないだろうし。


「良い大学に入って大手企業に就職することをゴールと勘違いしてる人が多いけど、寧ろ学力はスタートラインに立つための力だからね」


 プロ選手になりたい、というのも一緒。

 夢を叶えたから終わりじゃない。

 夢を叶えた後の人生の方が遥かに長いんだから。


「んでコミュニケーション能力は、スタートラインから走り出すための力だよ。何せ、社会人になれば答えのない問答ばっかだもん。営業や取引先との交渉とか、その最たる例かな」


 相手の意図を読み取る力は、勉強じゃ身に付かないからね。

 愚直に勉強ばかりをしてきた人間がブラック企業に捕まりやすいのもそう。

 あの手の人たち、無条件に大手というレッテルを信頼して、まともにリサーチすらしないんだよね。

 柔軟に物事を考える力を養えなかったから、ギリギリのギリギリまで転職という選択肢が思い付かないわけだ。お労しや。


「詳しいのね」


 少しだけ、私を見る目が変わった気がした。


「これでも人生三度目。色んな人と話す機会もあったからね」

「……肝に銘じておくわ」

「うんむ。一助になれたなら幸いかな」

「何というか、その、教師より教師みたいね」

「言っちゃ悪いけど、教職員って大多数が社会の荒波とか知らないだろうしね。……ほんとカスみたいな顧客とぶち当たった時なんて、何度ブチ殺してやろうかと思ったことか……!!」

「…………」

「おっと失敬」


 ドン引きしている楓を見遣り、コホンと咳払い。

 わたしは しょうきに もどった!

 まあ先生も先生でその代わりとばかりにクソガキ相手に精神を擦り減らされるわけですが。

 どっちも地獄なのお労しいですわね。


「そう言えば、さっき言ってた『彼』って?」

「『彼』がどうしたの?」

「や、何かみんな気にしてたみたいだから。聞いちゃダメなことだった?」


 もしかして亡くなったとか。

 だとしたら申し訳ないなぁ。


「アリアが想像してることはないから安心して。ただの転校よ」

「あ、そうなんだ」


 良かった、と安堵。


「そんな人気な人だったんだ」

「貴女も聞いたことがあるんじゃないかしら。


 ――――あの『山田』くんを」


「――ッ! ……そっか、彼はこの学校に居たんだ」


 まさかの名前に目を極限まで見開いてしまう。

 その驚愕たるや、呼吸をも忘れてしまうほどだった。


 この感情……恐怖?

 震えている? この私が?


「やっぱり知ってたのね。鵠皇学院でも有名だったのかしら?」

「そりゃあね。彼に苦渋を飲まされた生徒も多かったはずだよ。『暁のねるねるねるらー』、『プリンス・タイミー』、『ヤマンダーZ』、『タケノコの里の大将軍』、『キノコの山の暗殺者』、『アルフォート皇帝』、『モザイク・イレイザー』、『スリーサイズ・キャッチアイ』、『うすしお愚連隊総長』……」

「彼の千ある異名――その一端ね」


 その言葉に、然しもの私も固唾を飲むしか無かった……。




   ◇◆◇




「入れ違いとなったのは幸運と見るべきか不幸と見るべきか。決めるのは後世の人間か」


 回想から帰還した私は、真剣に考えていた。

 鵠皇学院にいた頃の私なら、まさに雲の上の人だった。

 でも今の私なら互角以上の戦いができるはず。


「…………っ」


 と、そこで咲良の身体が震えていることに気付く。


「どうしたの咲良?」


 その顔を覗き込むと、咲良はガバリと勢いよく立ち上がり、






「――ダカラ! ヤマダッテ! ダレダヨオオオオオオオオオオーーーーッ!!!!??」






 咲良の絶叫が響き渡った。




――――――――――



次からちゃんとやります。

だから――さよならだ、山田。

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