第16話 早朝トレーニング



 世の中を斜に構えた陰キャ代表、如月咲良は決意した。

 憧れに出会った事により、らしくもなく変わりたいと思い、憧れた人に導かれるまま勇気の一歩を踏み出した。


 そして、今はその翌日の早朝――


「はい、ペースが落ちてるよ。辛いときほど正しいフォームを意識する! GOGO!」


 めっちゃ心折れそう!!






「カヒュー……カヒュー……ッ」


 咲良は死んだ。

 公園のベンチで横たわり、見るも無残な姿を晒していた。

 生まれたての小鹿よりも脚はガクブル、全身から滝のような汗を流し、陸に打ち上げられた魚のように酸素を求めて喘ぐ姿は、完全に乙女の尊厳がお亡くなりになっていた。


「かゆ……ゆま……」

「ネタに走る元気はあると」


 ヒンヒンと咲良はなけなしの力を使い、かぶりを振った。


「うーん……まさか二キロ走っただけでこうなるとは」


 そんな咲良を見下ろすアリアはというと、ずっと並走していたにも関わらず、汗一つかいていなかった。

 アリアからすれば、ようやく身体が温まってきた頃合いなんだろう。まあ二キロだし。


 咲良はガン〇ムの性能に驚く敵パイロットたちの気持ちが理解できた。


「はい、とりあえず水分補給」


 近くの自販機からスポーツ飲料を購入したアリアがペットボトルを渡す。

 しかし咲良は手を伸ばす気力すら湧かなかった。

 隣に腰を降ろしたアリアは、咲良の頭を膝に乗せ、キャップを開ける。

 アリアに甲斐甲斐しくお世話をされながら、ようやく咲良は水分補給を行った。


「生き、返りゅ……」

「奇遇だね。私も実質二回生き返ったようなものだから」


 ――これ笑うとこ?

 咲良は判断に迷った。


 アリアは労わるように優しく咲良の頭をよしよしと撫でる。

 彼女は事あるごとに、こうして励ましてくれるのだ。


 穏やかに自分を見つめる表情は同い年とは思えないほど大人びており、そこには確かな『深み』があった。

 だが、それは彼女の特殊すぎる経歴を思えば、寧ろ当然のことなんだろう。


 柔らかな陽射しのような慈愛が心地良く、咲良は目を細める。

 何というか、すっごく気分が良かった。


 まずアリアは凄まじく顔が良い。

 しかも銀髪だ。なんじゃこりゃあ。

 薔薇のコサージュをあしらった黒カチューシャまでセットしており、これが非常に似合っている。なんじゃこりゃあpart2


 今も行き交う人々が思わず二度見してしまう光景があちこちに見えた。

 特に今のアリアは、聖女の如く微笑みを浮かべている。

 アリアへと視線が吸い寄せられるのは、必然と言えよう。


 あ、彼女持ちの男が彼女からのハイキックで噴水に突き刺さった。ここはギャグ時空じゃった?


 咲良も油断すればオギャってしまいそうである。

 仮にオギャったとしても、アリアなら苦笑交じりに受け入れてくれそうだから性質が悪い。元男の姿か、これが……?


 完全に魅力がカンストしている。

 しかも、なんじゃあ、この細長いのにもっちもちの太ももは。


 話題沸騰中のアイドルや女優すら歯牙に掛けない美貌。

 だと言うのにアリアはVtuberとして活動しており、こちらでもほとんど無双状態だ。


 咲良に憧れを抱かせた、あの初配信。

 アレに脳を焼かれたのは、咲良だけではない。

 箱内外のVtuberはもちろん、学校でも大人気だ。


 そりゃあそうだろう。

 男はもちろん、女の子だって誰しもが一度はあんな風に輝きたいと思うもの。

 アイドルに対する憧憬は、むしろ女の子の方が強いのだから。


 前に母が呟いていたが、アルフェリアがデビューした後の応募数は、以前の数十倍を記録したとか。


 瞬く間にアルフェリアは、誰もが目を奪われる綺羅星へと至ったのだ。

 現代に転生したゴー〇ド・ロジャーかあ? 転生までは合ってる。


 そしてそんな時の人を、咲良にとっても憧れの人を独占しているという事実は、咲良の自尊心を満たした。あぁ^~自尊心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~


「……でも、どうしてリアルでも鍛える必要があるの?」


 息が整い始めた頃合いに咲良は尋ねる。

 だって、咲良たちはVtuberなのだ。

 そしてライブはVR空間にフルダイブして行う。

 つまり、リアルの身体能力は無関係のはずだ――が。


「そりゃあ普通に関係あるからね。確かにアバターの身体能力は自由に弄れるよ。何倍もの身体能力にも出来るし、どれだけ喉を酷使しても声帯が傷付かない。良いこと尽くめだね」

「だ、だったら」

「だけど今のフルダイブ技術だと、アバターと肉体の相互関係を切り離すことは不可能なんだ。私がアップデートしたけど、それでもちょっと違和感あったでしょ?」


 おずおずと咲良は頷いた。


「その違和感を極力無くすために、資本となる肉体の方も鍛えなきゃなんだ。小手先の技術や感覚なんかは最たる例だね」


 ちょっと失礼、とアリアは咲良に起き上がるように促し、自分はベンチから立ち上がった。

 咲良から五メートルほど距離を取り、胸に手を当て、スゥッと息を吸い込む。


「――――」


 しかし、寸でのところで何かマズイことに気付いたのか、言葉が出てくることはなかった。

 代わりとばかりにアリアはその場で踊り出す。


 たった数秒の時間。

 それでも魅せ付けるには充分だった。

 神は細部に宿ると言わんばかりの流水のような舞いは、あっという間に咲良を虜にする。


「本当は歌えれば良かったんだけど、さすがに身バレしちゃうかもしれないからね」


 咲良に隣に戻りながらアリアは苦笑する。

 今の咲良は一先ずダンスは後回しに、歌の方を形にするのが目標だからだ。


「だけど歌も同じだよ。リアルの方でも感覚を養ってないと、必ず出力に不備が生じる。ビブラートなんかは特にね」

「……ふぐう、やっぱりわたしなんかじゃ……」

「あらら」


 格の違いを見せつけられて弱腰になる咲良。

 山積みの問題が彼女の豆腐メンタルを圧し潰そうとしていた。


「大丈夫だよ、咲良。最初からできる人間なんてほぼいないんだから」


 そんな咲良に、アリアは透き通った笑みで励ます。


「でも、アリアに申し訳ないし……」

「そんなの気にしなくていいの。私が好きでやってるんだから」

「……でもわたし、これからも似たようなことを言うよ……? 多分」

「言っていいんだよ。全部受け止めたげる。私もそうやって成長してきたんだから」

「あ……」


 その言葉で思い出す。

 アリアも最初はクソザコナメクジだったと自分で言っていた事を。


「受けた恩は、後進へのバトンに繋げる。それが恩師への一番の恩返しだからね」


 自慢げに、だけど、儚げな言葉でもあった。


「できないことは恥ずかしい事なんかじゃないよ。一番恥ずかしいのは、できないからと言い訳を並べて何もしない事。そういう人間に限って妙にプライドが高くて野次を飛ばしたがるんだから」


 ふぐぅ、とちょっぴりダメージ。

 咲良も少し前まではその類の人間だったからだ。

 そして、どこか実体験に聞こえたのは、アリアもそういう事なんだろう。


「そこから一歩を踏み出した咲良は充分頑張ってるよ。キミとほとんど同じところからスタートした私が保証する。だからこれからも一つ一つ続けて行こう? 大丈夫。必ず最高の舞台まで導いてあげるから」


 差し伸べられた手を、咲良はおずおずと握り返して立ち上がる。

 それだけの勇気を貰ったから。


「その……よ、よろしくお願いしまする……」


 アリアは莞爾として笑い、


「じゃ、早速ランニングに戻ろっか! その後は筋トレにボイトレ! やる事はまだまだたくさんあるよー!」

「ひん」


 二秒で叩き折られた。人の心ォ!



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