第4話 如月家――帰郷



 うわ、うわ、うわ。

 なっつかしーなあ!

 あははっ、全然変わってないや!

 ほとんどあの時のままだ。


 リビングに通された私は、前々世で飽きるほど見慣れた光景に感動を覚えていた。

 実家に帰ってきたというのに、気分は田舎から上京したお上りさんである。


「それで貴女は、こんな時間にどうしたの?」


 キョロキョロと視線をあちこちに向ける私に対し、正面に座した女性が話し掛けてきた。

 それはこの場の総意なんだろう。

 誰もが困惑とした様子だった。

 や、一人睨み付けて来てるな。


 ともかく、と私はその女性と視線を合わせた。

 ……三希だよね。妹の。

 うん、間違いない。ちゃんと面影がある。大人になったなぁ。


 清楚系美少女となった私を睨み付けているのは慎兄だ。

 おおん? 我とやる気かあ? おまんの性癖直撃だろお?


 そして三希と同様の視線を向けて来てるお爺さんお婆さんが、父さんと母さんだ。

 すっかり更けちゃってまぁ。

 

 他には私と同い年くらいの少女が二人いた。

 一人は私の対応をした気弱そうな子で、もう一人はクール系。


 慎兄と三希の子どもってことで良いのかな?


「えーと、大丈夫?」


 おっとそうだった。

 感慨に耽る私を呼び戻す三希の声に意識を向けた。

 いつまでも感傷に浸っているわけには行かない。

 私はいつの間にか目尻に浮かんでいた涙を拭う。


「うん、ごめん。もう大丈夫。……でもビックリしたよ。三希がこの家の大黒柱になったんだね」


 話を切り出すということは、きっとそうなんだろう。

 でも、よく考えてみれば当然か。

 慎兄は絶対自立するだろうし。

 今ここにいるのは帰省中だからかな。


「それは、どういう」


 私の知ったかぶった言葉にますます困惑が増していく。

 だから私は単刀直入に言うことにした。


「私の名前は白織アリア。そして前々世の名前は如月悠二。俄かに信じ難いと思うけど、生まれ変わったんだ。久しぶりだね、父さん母さん、慎兄、三希」

「「「は……?」」」


 まあそうなるよね。

 困惑した空気が、徐々に怒りに変わるのが分かった。


「お嬢さん、ワシらを揶揄っておるのか?」


 怒りを押し殺したような父さんの声。

 歳を重ねたせいか、その声にはより深みが感じられた。


「……そう思うのも当然だよね。性別も口調も何もかもが違うんだもん。でも、事実だよ。私の前々世は如月悠二。二十年の今日に事故死した、貴方の次男だよ」

「ふざ――!」

「待て、父さん」


 顔を真っ赤に怒鳴ろうとした父さんだったが、機先を制するように慎兄が割って入る。

 しかし、その瞳はかなり冷たい。

 まさに父さんとは正反対だが、その奥に秘めた憤怒の炎は同様だった。


「こんな戯言に一々付き合う必要はない。さっさと警察を呼んで連れて行ってもらおう。存在そのものが不快だ」


 慎兄は吐き捨てるように言う。

 スマホを取り出す慎兄の行動を止める者はおらず、寧ろ同調する雰囲気だった。

 それが私には嬉しかった。

 だって、それだけ愛されていたという証なのだから。


 とは言え、この誤解は早々に解く必要がある。

 彼らからすれば、私は二十年前に死んだ家族を騙る大罪人。

 私だって向こうの立場ならぶん殴ると思う。


 ――だから許せ、兄よ。


「『清楚な生徒会長を脅して俺だけのオナペ〇トにした件』」


 弟は貴方の黒歴史を暴露します。すまんの。

 突然何を言い出すのか、という雰囲気の中、唯一慎兄の反応だけは違っていた。


「な、な、な……!?」


 ダラダラと大量の冷や汗を流し、愕然とこちらを眺めている。

 そんな慎兄にニヤリと不敵な笑みを向け、


「『催眠服従~生真面目な委員長に男を教え込む~』、『天使なあの娘をア〇顔にさせるまで』、『オ〇声の鳴く頃に 淫』、『箱入り娘なJKと下品なオ〇声子作りえっち』」


 と、立て続けにヤバい情報をお出しする。


「心当たりがあるよね、慎兄♡」

「さ、さあ。な、なな、何のことやら。品性のない戯言は止めてもらおうか」


 キョドってて草。


「本当に止めた方が良い? 今の私、どう見ても清楚系だよ? 慎兄ってば、清楚な美少女を下品に喘がせるエロゲとかASMRにドハマリしてたよね?」

「――――――」


 あ、白目剥いた。

 断定娘さんからドン引きされて距離置かれてる。すまんのprat2。

 じゃあ次は、と。


「父さんはよく近くに住んでるお姉さんに発情してたよね?」

「ふおぉっ!?」


 ベジ〇タかよ。


「何だっけ……『パイオツが大きくて泣きぼくろのある女子大生……おっきせねば無作法と言うもの』とか言って母さんに血祭りに上げられてたよね。あとノースリーブの縦セーターに並々ならぬ熱意を抱いてたっけ」

「――――――」


 あ、白目剥いた。流石親子。

 じゃあ次は、と三希に目を向ける。

 ビクッと跳ねた三希は、暫定娘さんをチラチラ見ながら虚勢を張った。


「わ、私は別に、二人みたいな痛々しい過去はないから!」

「「おい」」

「でも黒瀬コハクっていうVtuberにアホほど赤スパ送ってたよね? しかも父さんと母さん両方のクレカで」

「ッスゥー……」


 三希は暫定娘さんから顔を背けた。


「他にもまだまだエピソードはあるよ」

「「「ひぃっ!?」」」


 すっかり怯えた三人に苦笑を向け、それから私は他愛のないエピソードを語った。


 動物園に連れて行ってもらったけど、車酔いで死んでたこと。

 映画館でポップコーンを滑らせ、床にぶちまけてしまったこと。

 運動場の雲梯から落下して転倒した拍子に肘を骨折してしまったこと。

 インフルに掛かったとき、アホみたいな量のゲロをぶち撒けたこと。


 うむ、実に残念なエピソードばかりだ。

 黒歴史ほど記憶に遺るからしゃあないねん。


 だけど、もちろんこんな黒歴史ばかりじゃない。


 誕生日やクリスマスにこんなものを買ってもらったとか、兄妹同士でこんな喧嘩をしたとか、こんな遊びをしたとか、虫取りの山に出掛けたこととか。

 焼肉では、なぜかやたらポークピッツを食ってたとか。

 肉が落ち着いた頃に焼くモヤシをもっしゃもっしゃと食ってたとか。


 嬉しかったことや楽しかったこと。

 それに取り留めのない細やかな日常。


 想い出はたくさんあるはずなのに、それをいざ話すとなるとサルベージに苦労するのは何なんだろう。

 話し終わった後で『そう言えば』と思い出すのまでが定番だ。


 他には……うん、こんなこともあったね――と。

 記憶の片隅に眠っている想い出を呼び起こすように。

 それらを共有するようにポツリポツリと語っていく。


 今にして思えば、あの何気ない日常は本当に幸せだったんだと思い知る。


 健康な身体に生まれたこと。

 見守ってくれる両親の元に生まれたこと。

 遠慮なく物を言い合える兄妹に恵まれたこと。


 あの地獄のような前世があったから尚更思う。


 日常とは多くの幸福が積み重なった先にある光景なのだと。

 それをくれたのは、間違いなくここにいる人たちだ。


「そう言えば、親孝行なんて何もできなかったなぁ……」

 

 こんなことになるなんて知ってたら……。

 ヤバい、また泣きそう。

 私は目の奥にこみ上げた熱いものに目蓋という蓋をした。

 今、訴えるべきなのは記憶と心だ。

 情は、その後。

 だからもう少し我慢しろ。


「貴女……本当に悠二なの?」


 震えた声で母さんが尋ねてくる。

 その身体も小刻みに震えていて、きっとそれは私も同じなんだと思う。

 何とか笑みを浮かべる。

 それは引き攣ったブサイクなものだったけど。


「うん……そうだよ。ごめん、母さん。先に死んでごめん。父さん。親不孝者でごめんなさい……」


 よろよろと母さんの手が伸びてくる。

 頬に触れて、それから抱きしめられた。

 母さんに抱きしめられた記憶なんて、とっくに忘れ去ったはずなのに。


 とても懐かしい温もりだった。


 その上から、もう一つの温もりが重なる。

 父さんだ。

 両親の温もりを、心が感じ取った。


 それを認めた瞬間、もう我慢の限界で。

 私は二人の腕に抱かれて、声を押し殺しながら泣いた。


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