第2話 追放されまして




 私――白織アリアは激怒した。

 必ず、彼の邪知暴虐の王にざまぁ展開が訪れますようにと天に祈った。


 私にはあのカスの心情は分からぬ。

 つか分かりたくもない。


 私は不倫相手との間に産まれた不義の子である。

 産まれて間もない頃、おくるみと札束を詰め込まれ、孤児院にポイ捨てされた。


 しかし、私が七歳を迎えた頃に『嫡子が乙ったからやっぱりお前を認知するね、すぐでいいよ(意訳)』と勝手な理由で引き取られたのである。


 こうして私は一夜にして孤児から由緒あるお嬢様へとジョブチェンジを果たした。

 ここだけ聞けば、シンデレラストーリーとして羨む者も多いかもしれない。


 だが、その日を境に始まった淑女教育は、もやはDVの領域だった。

 孤児院にポイ捨てしたことから分かる通り、人心とは無縁の存在だからね。


 朝から晩まで分刻みのスケジュールに追い立てられる日々。

 何度ブチ切れそうになったことか。

 泣いたつもりもないのに涙が零れた辺り、相当ヤバかったんだろうなぁ。


 そんな生活を続けること八年。

 淑女もしっかり板につき、笑顔で『ごきげんよう』などとほざけるようになった頃、事態は急転した。


 簡潔に書くとこんな感じ。


 ヒャー! 本妻ご懐妊ヒャー!(意訳)

 なにー!? しかも腹の中にいる赤子は男だちょおおおー!?(意訳)

 じゃあお前要らねえウッヒョオオオオ!(意訳)

 あ、でも愛人としてなら傍に置いてやらんこそもないぞよヒャー! 息子ムキムキムキィーッ(意訳)


 こんな鬼畜ブームある???

 最近私を見る目が怪しいと思ってたら案の定だよ。


 確かに私、すっごい男受けする容姿だもんね!


 しっとり艶やかな白銀の長髪は、背中辺りでふわりと雲のように広がっている。

 頭上には薔薇のコサージュをあしらった黒のカチューシャ。

 長い睫毛を侍らせた大きな瞳の色彩は、ミステリアスな印象を与えるアメジスト。


 小さくもふっくらとした桜色の唇。

 日本人離れした、アイドルすら歯牙に掛けない美貌。

 出るとこ出て締まるところ締まった究極のボォデェ(ねっとり)


 自分で言うのも何だけどさ、男の欲望をそのまま具現化したような見た目なんだよね。


 浮世離れした神秘的な雰囲気。

 華奢なのに下品過ぎないほどに実った豊かな双丘。

 細長くも蠱惑的な曲線を描いた美脚。


 男の『好き』が恐ろしいほどに詰まっていた。

 もはやハッピーセットである。

 元男のおいどんが言うんだから間違いない。

 

 カスもそうだけど、子どもの頃から面倒を見てもらった使用人たちの目線すらヤバかったからね。男の人っていつもそうですね!?


 まあ半分は自業自得だけどさ。

 何度も言うけど、元男だもん。

 男が好きな仕草っていうのは、充分知り尽くしてるんだよね。


 雄の視線は普通に気持ち悪いけど、注目されてるってのは、それはそれで大変気分が良いのである。

 もちょもちょもちょ、と承認欲求が満たされる音がした。


 ともかく。


 愛人になるか、再び孤児院に戻るか。

 どちらでも好きな方を選べヒャー!(意訳) と言われた私が選んだのは、もちろん後者だ。


 男に抱かれるとか絶対にありえんわ。

 ノット精神的BL!


 かと言って百合に走るのも違うけど。

 前世もそうだけど、恋愛に関しては完全に諦めてる。


 仮に私を堕とせるものがいるとすれば――それは催眠おじさんくらいだろう(キリッ。

 地獄か?


 つか、実の娘に性的な目を向けるとかマジでないわー。

 何で現代日本に、中世ヨーロッパ風なファンタジー物に登場する悪徳貴族みたいなのがいるんスかね。


「……どうしたものでしょうか」


 真っ白な溜め息が夜の空気に溶けていく。

 今日は十二月三十一日。

 深々と雪が降り積もる大晦日。


 家族と共に今年一年を労い、来年からまた頑張ろうと区切りと弾みを付ける、誰にとっても特別な日だというのに、私は一人寒空の下、途方に暮れていた。


 左手には最低限の荷物を詰め込んだキャリーケース。

 そう、私は八年間過ごした屋敷をたった今追い出されたばかりなのである。


 愛人を断ったからと、こんな日に、こんな時間に、こんな天気の中で放り出すとか本当にあのカスは人の心がない。


 覚えとけよ。

 やられっぱなしで終わらせるつもりなど毛頭ない。

 舐め腐った態度を取った輩には、相応の報復を与えるのが前々世からの私のモットーだ。


 いつか、コツコツ集めてきた機密情報やら不正情報を世にばら撒いてやる。

 今すぐだと疑いの目が向くからね。

 行動するのは機を熟してからだ。


「寒い……」


 刺すような冷たい空気に身を震わせる。

 頬に触れる雪が痛かったので、マフラーの位置を鼻先まで上げた。

 吐息により温まったマフラーがじんわりと心地良い。


 孤児院に帰ろうにも、あそこは四国だしなぁ。

 ひとまず喫茶店か、もしくはネカフェに行こうと足を進める。

 何をするにも暖を取るのが先決だ。


 さくさくと雪を踏み鳴らす。

 それ以外の音は一切聞こえない。

 他の人の姿もない。

 まるで私以外の世界が全部凍り付いてしまったかのように、住宅街は静寂が満ちていた。


「本当に静か……」


 両脇に連なる家々の一階には明かりが付いていた。

 きっと今頃温かなリビングで年末特番を眺めながら、家族団らんの時を過ごしているのだろう。

 見知らぬ誰かが何の柵もなく笑い合っている光景を思い浮かべ、それから夜の寒空を一人で歩く自分に視点を移す。


 ちょっと泣きそう。

 ……はあああ。

 良縁に恵まれてるってのは、前世や前々世の頃からの自慢だったんだけどなぁ。

 ここに来てとんでもないババを引いてしまった。

 もしかして今までの負債が来てる?


「前々世と言えば、今日が誕生日でしたね……」


 そして命日でもある。

 誕生日おめでとうと祝われた日に乙るとか、どんな確率なのやら。

 つか、いつまで敬語で喋ってんだろ。

 もうお嬢様ロールプレイは不要なんだから戻していいよね。


 性別や立場がコロコロ変わったせいで三つくらいあるんだよなぁ、口調。

 前々世はもちろん男口調。

 前世も最初は男口調だったんだけど、途中で矯正されてからは今の口調になり、一人称も『私』となった。最終フォームに覚醒した後の戦闘中は敬語キャラである。


「皆、元気にしてるかなぁ」


 久しぶりに前々世の家族の顔を思い浮かべる。

 あの家に拾われてからは、そんな感慨に耽る余裕も無かったからなぁ。


 私が乙ってからもう二十年の時が経っている。


 最初は前世の年齢を加味したら時系列合わなくね? これだとおいどんの前世は5年しか生きとらんことになるが? と疑問だったんだけど、前世は異世界だ。

 だから時系列がズレることもあるんだろうね。


 二十年……二十年かー。

 兄も妹も、もう三十代後半に差し掛かってるってことだ。

 気になる。凄く気になる。


「よし、決めた」


 会いに行こう。孤児院よりずっと近いし。

 戻るというのなら孤児院より絶対にあっちが良い。


 もちろん上手くいかない可能性も充分ある。

 向こうからすれば、性別も年齢も何もかも違う超絶美少女がいきなり押し掛けて二十年前に死んだ家族を名乗り始めるのだ。

 普通にヤベー奴案件である。


 死者を侮辱してるのか、と怒鳴られてもおかしくない。

 が、そこは我に秘策あり。

 暇潰しに家族の黒歴史を集めといて良かった。

 これも昔取った杵柄というやつかしら。







 到・着!

 運転手にお金を支払い、タクシーを降りる。

 目の前には見慣れた我が家――おや? 何か違和感。


 え? うそ、マジ?

 ……ああ、なるほど。増築されてるのか。ビックリしたー。


 念のために表札を確認し、ホッと安堵。

 引っ越しとかされてたら流石にどうしようもないからね。良かった良かった。

 リビングに明かりが付いているのも確認。

 ちゃんと家にいるみたいだし、早速インターホンを――


 伸ばした指が止まる。

 今更だけど、実はここは平行世界で、私……というかオレという存在がいない世界線とかじゃないよね?

 だとしたら完全に詰みなんですけど。

 『誰? そんな子、うちにはいないんだが』とか真顔で返されたら立ち直れる気がしないんだけど、大丈夫だよね?


「……ええい、ままよ!」


 ピンポーン。

 お願いしますお願いしますお願いしますお願いします。

 待つこと十数秒。カチャリと鍵の音がしてから扉が開いた。

 外に明かりが差し込み、現れたのは私と同い年くらいの少女。

 ッスゥー………………だれぇ。


「「………………」」


 呆然と言葉を失う私。

 だけど、それはなぜか向こうも同じだった。

 私の顔を見てフリーズしたように硬直する少女は、やがて目をグルグルさせながら、



「ア、アイキャンノットスピークジャパニーズ!」

「?? ……イングリッシュでは?」

「――――!」


 少女の奇声が大晦日の夜空に響いた。




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