自己肯定感が低すぎるメガネ美少女を褒めまくってみた結果

嬉野K

第1話 誘拐犯!

 俺がクラスメイトの霧中きりなか理子りこに恋をしたのは3日ほど前のこと。


 きっかけは3日前に行われた体育祭の日のことだ。


 いや……本当はもう少し前から彼女のことが気になっていたのだろう。だけれどその自分の気持が表面化したのが3日前の体育祭のこと。


 霧中きりなかさんは別段目立つタイプじゃない。長い髪の毛で顔を隠して、メガネをかけていて、授業中も休憩時間中も食事中もおとなしい。


 地味と言ってしまえばそれまで。気弱で小さくて、なんだか小動物みたいな人。とても無口で、彼女の声なんて聞いたことがない。


 ……


 事が起きたのは体育祭の日。


 その日はとても暑い日だった。なにもこんな日に体育祭なんてやらなくてもいいだろうと、俺は心の中で悪態をついていた。流れ落ちる汗が不快で、ちょっとばかり機嫌が悪かった。


 体育祭には大勢の人が集まっていた。地元の人や生徒の親。なんだか地域のお偉いさんも見に来ているようで、観客席もかなりの人数がいた。


 ……


「人混みは苦手なんだよなぁ……」


 俺はそんなことを小さく呟いて、人の少ない校舎裏まで移動した。こんな体育祭の日に校舎裏まで来る人間なんていないだろうと思っての行動だった。


 校舎裏は予想通り人は少なかったが……0ではなかった。


「……?」


 子どものすすり泣く声が聞こえてきた。そしてその子供に優しく語りかける柔らかい声も聞こえてきた。


 なにかあったのかと思って校舎裏を覗くと、


「迷子、かな……? どうしよう……」


 そこには見たことのある人物がいた。たしか名前は霧中きりなか理子りこ。クラスメイトだが面識はなく、真面目で気弱な図書委員というだけの認識。


 彼女の前には少年がいた。年齢としては3歳くらい。まだまだ1人で行動するには小さいであろう年齢だった。


 泣いている少年に、霧中きりなかさんは優しく話しかける。しっかりと少年と目線の高さを合わせての対話だ。


 霧中きりなかさんはコミュニケーションが苦手なようで、彼女の声のほうが震えていた。


「お母さんかお父さん……知り合いがどこにいるか、わかりますか?」子供にも敬語で話しかけるタイプらしい。「どこかで待ち合わせ、とか……」


 柔らかい声だった。聞いたこともない天使の声っぽいと思った。


 しかし少年は泣くばかりで返事をしない。そりゃ親とはぐれて変な場所に迷い込めば泣きたくもなるだろう。


 霧中きりなかさんはそれを見て、


「だ、大丈夫ですよ。心配しないでください」そんな不安そうな声で言われても。「まず先生方に話を通して、それからアナウンスしてもらえば――」


 妥当な判断だろう。あの人数から少年の親を探すのは不可能だ。だから教員に話を通して学校全体にアナウンスしてもらう。それが最良の判断だと思う。


 だが現実というのは往々にして邪魔が入るものである。


「ちょっとアナタ……!」甲高い声が校舎裏に響き渡って、「うちの子に何してるの!」


 校舎裏に現れた女性は、一直線に少年のもとに駆け寄った。そして少年を抱きしめてから、霧中きりなかさんを睨みつける。


「子供をこんなところに連れ込んで! いったいなにをするつもりだったの!」


 どうやらこの女性は少年の母親で、霧中きりなかさんが自分の子供を誘拐しようとしていたと勘違いしているようだ。


 突然の展開に霧中きりなかさんは大慌てで、

 

「え……? いや、私は――」

「誘拐犯!」母親は相当興奮しているようで、「子供に手を出そうなんて最低よ! 警察に突き出してやるわ!」


 あまりの剣幕に、霧中きりなかさんは今にも泣き出しそうな表情になっていた。まぁこの状況じゃあ霧中きりなかさんが何を言っても効果はないだろうな。


 さすがに見過ごせないので、


「ちょっと待ってください」俺は彼女たちに近づきながら、「そっちの生徒さんは、迷子のお子さんを助けようとしていただけですよ。誘拐なんて……正反対の冤罪です」


 冤罪なのは確実だ。霧中きりなかさんは誘拐犯どころか、少年のヒーローである。


 だが事実と認識が必ずしも一致するわけではない。


「はぁ?」母親はかなりイライラしているようだ。たぶん子供を必死に探し回っていたのだろう? 「アナタも誘拐犯の一味ってこと?」


 なんでそうなるんだよ、というツッコミを飲み込んで、


「俺はちゃんと見てましたよ。彼女は誘拐なんてしてません」

「なんで見てたのよ? 見てる暇があるなら助けなさいよ」

「おや、痛いところを」それに関しては正論だ。「存外に俺は人見知りでして」


 様子を見ていた理由はそれだけだ。あまり面識のないクラスメイトを助けに行く勇気が出なかっただけだ。ここまで大事になりかけていたら、さすがに助けるけれど。


「そんなのどうでもいいわ!」じゃあ聞くな。「アナタたち、この学校の生徒よね? 教師に言いつけてやるから!」


 そんな捨てゼリフを残して、母親は少年を連れて去っていった。


 ……


 ……


 というわけで俺と霧中きりなかさんは気まずい空気の中、校舎裏に取り残されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る