第3話 High tension


ーそれから私は、すらすら読解を進めるのりおをずっと眺めていた。ー


単純作業をこなすみたいに問題の枠を埋めていくのは見てて気持ちがよかったし、何より余裕が見て取れた。

…問題の難易度に頭を抱えるのりおも見てみたかったっちゃ見てみたかったけど、誰にも笑われんようコツコツ実力つけてんのかもしれないね。


「…のりおって実は…英語得意やったりする?」

「…まあ、人並みだよ。」

「人並みにしてはペースが早いと思うんやけど……」

「コレが楽勝なだけだよ。」


そう言った直後、他の子たちが親の横で頭を悩ます中でのりおは問題を全て解き終えた。

私が見たって分かる情報なんてたかが知れてるけど、見たことない英単語が何種類も並んでいる。

読取りにはスキルが要ることが窺えた。


「ちょっと前までカタカナさえわからんかったクセに。そんなヤツがもうバイリンガルですか…、」

「ははっ、まだバイリンガルではねぇよ。

…んでしかもいつの話だよそれっ。

……でもまぁなんだ。興味もってやれば、なんだって慣れと上達は来るもんなんだよ。」


さも当然だといった風にそう言って、のりおは短く生えた白いまつ毛を伏せて笑った。


「何度も聞いてもらってる話だが、

…俺はカタカナと英語に触れずに生きてきたから…。そんな現状に腹を立ててたんだ。

理不尽を叫んでも仕方ないし、誰かが助けてくれるわけでも何かが変わるわけでもなかった。


でもあんたは助けてくれた。


カタカナと英語を学べる機会と場所を用意してくれて、その場所を確保し続けてくれてる。

だから…俺は成長することができるんだよ。

語彙が増えて成長を実感できるってのは楽しいもんだぜ。俺は、勉強を楽しんでんだよ。


…改めてありがとうな、凛央さん。

…俺に居場所と楽しみを与えてくれて…。」

 


学校の雰囲気に当てられてか、横にいた私に突然駄弁ってきたのりお。

途中までは若干不真面目に聞いていたが、誠心誠意本音を語ってくれていると気付き、急に涙腺を緩まされた。

親が子供から手紙もらったわけでもあるまいし、何泣かされそうになってんだよっ。


最近わたしっ…のりおといるとホントにバカになるな…。



「……今する話じゃないだろそれっ。」

「終わっちまったからいいんだよ。

それに、先に昔話を始めたのはそっちだからな。」

「…そーやったわ、でも内容がさぁっ…」


私はいつものクセでついのりおの頭を撫でていた。

のりおと担任の先生の目が合ったがみたいだが、先生は『仲睦まじいようで何より』と言わんばかりの含み笑いを向けてくれた後、読解が難航している親子の手助けを再開した。


「…バレちまったよ。

俺がマザコンだってのが。」

「私もショタコンってのがバレたわ。」

「誰がショタだ。乳もぎ取るぞ。」

「…やっぱアンタテンション高いよな。」

「当たり前だろ。

凛央さんが参観来てくれてんだからな。」


そう言って今度は歯を見せて笑ってくれた。


その眩しい顔に何か言おうとしたが、言葉を伝える前に黒板のタイマーが時間を告げた。



ちょうどよく邪魔が入ったが、不思議とそれを呪うことは無かった。


のりおとグータッチして別れた後は、この愛おしい天使クンをどう可愛がって愛を発散しようかってことしか頭になかった。

めちゃめちゃ愛おしいんだもん。

しゃーないよね、うんうん。





☆☆☆☆☆☆☆



「…じゃあ授業終わりなー。

帰りの会もナシっ。これにて解散っ。

部活あるやつは頑張れよー。

ないなら親御さんと仲良く帰れよー。


気さくな先生は終業と共にそう言い残すと、そそくさ教室を出ていった。


それを皮切りに教室内の緊張も幾分ほぐれ、そこかしこから砕けた子供たちの言葉が聞こえてくる。


「お疲れ様。」

「うん。じゃあ、俺は部活して帰るから。」


のりおは剣道部に所属していた。

部活動は強制じゃなかったが、そういう活動にも興味があったらしく、是非入りたいと言ったのはのりおだった。  






「よりによって剣道にするの?

剣道はヤな思い出しかないと思ってた。

……実家のこと…思い出しちゃわない?」


のりお曰く、小さい頃から虐待まがいな剣道のスパルタ指導を積まされてきたということは、心によく残っている話の一つだ。


「でも、経験が活かせるのはコレしかねぇんだよな。走んのは苦しいからイヤだし。

剣道なら程よく手を抜きながら運動できるだろうさ。」

おおよそこんなのがのりおの言い分だった。


私としては部活もできれば入ってほしくなかった。でもせっかくのりおがやりたいって言ってくれたからと、彼の意見を尊重した。



のりおといられる時間が減っちゃうってのが、単純に嫌だった。





でも今日だけは、のりおが部活に行くのがちょっとだけ私にとっても楽しみだったりした。


「…知ってたのりお?」

「…ん?」

「今日の参観ね。親は部活も見れるんだって。」

「………え?」


今日の参観の目的はのりおの活躍を生でみること。

授業で英語がデキることも分かったし、のりおが得意とする剣道の腕前を、一度見ておきたいなとも思っていた。

渡りに船ってヤツだよね。




「いつも体育館にある畳っぽいとこでやってるんでしょ。てことでほら、早く行くよ。」

「お、おい。なんであんたが急かすんだっ。

それに…俺…あんたがいると本調子が出ないかもしれない………。」

「えー、なにその後出しーっ。

…じゃあ本調子出してくれたら乳もぎ取っても良いよ、って言ったらどうする?」

「は、…?…あんたこそ後出ししてんなよっ…。…ひっ…卑怯な択押し付けやがってよ、…。」


自分の言った冗談も、いざ私に提示されると本気にして顔を赤らめるのりおは、めっちゃ可愛い。


もっぱら学校で親子がする会話ではないんだけどね。でも私もテンションが高いみたい。


口ではこう言っているのりおも、部活まで見てもらえるという展開に実は喜んでるってのはバレてるぞっ。

だってさっきからずーっと、目が穏やかそうに笑ってるんだもん。



親は子供の頑張りを見ていたい生き物だけど、やっぱし子供も親に自分の事を見ていてもらいたい生き物らしい。

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