第3話 夕暮れの美術室

放課後になり、教室には生徒がまばらに残っている。

奏多はそそくさと部活に行ってしまった。


(あいつ逃げたな)


悠真がそう思っていると、教室の入口に燈が立っていた。

クラスの連中が「お、愛しの彼女のお出ましだぞ」だの「あんな可愛い子がどうしてお前なんかに」だの囃し立てる。中には「なんかあったらお前も埋める」といった物騒な声も聞こえてきた。

シャーペンの芯や消しゴムの波状攻撃を避けながら燈の元へ急ぐ。


「悠真さんっ、今日も一日お疲れ様でした!」


彼女はとびきりの笑顔で迎えてくれた。俺に会うのが待ちきれなかったとでも言うように、結んだ髪をぴこぴこ揺らしている。

真っ直ぐな彼女の笑顔は、疲れた心に染みる清涼剤のようだった。


「燈ちゃんもお疲れさま。いつも教室まで来てくれてありがとね」

「いえいえ、相棒バディですから! ところで悠真さん、今日はこの後どうしますか? 私は部活に顔を出そうかと思うんですけど……」

「たしか燈ちゃんは美術部だっけ?」

「わぁ、覚えていてくれたんですね」


入学当初に美術室に一緒に行ったことがあり、彼女の作品が飾ってあった。

綺麗な向日葵の油絵。中等部の時コンクールで賞を取ったそうだ。


「実は最近、思うように絵が描けてないんです……次のコンクールも迫ってるのに、筆が全然進まなくて。ちょっと焦っちゃってます……」

「……わかった。とりあえず美術室まで送るよ」


二人で美術室に向かう道中、俺は居心地の悪さを感じていた。

お弁当は嬉しいが、彼女の負担になっているのならば申し訳なかった。


「お、ゆうやんとあかりんじゃん」


廊下で小鳥遊さんとばったり会った。


「小鳥遊さん。さっきはノート貸してくれてありがとう、助かったよ」

「いえいえどういたしまして。それよりさっきはごめんね~。ほんの冗談だったんだけどさ。でも奏多の困り顔が見れたし良しとするか。ところで二人は放課後デートの真っ最中?」

「あっ葵さん! そんなんじゃありません! これから部活に行くところなんですっ!」


燈ちゃんが顔を真っ赤にしていた。

実際デートではないのだが、そんなに力強く否定されると少し悲しく感じてしまうのはなぜなのだろうか。


「うんうん、お姉さんは全部わかってるよあかりん。もっと色々聞きたいところだけど私も部活に行くところだからさ。また今度ゆっくり話そうね~」


そう言い残し、葵は行ってしまった。


「うぅ~悠真さん。葵さんがいじめてきます~……」

「あれが小鳥遊さんなりのスキンシップなんだよ……多分」


なんとなく気まずい雰囲気になってしまったが、美術室に到着した。

彼女を送り届けた後はどうしようかと思ったが、せっかくだから作品を見て回ることにした。この学園は運動部も文化部もレベルが高いうえ、生徒の士気も高い。

リンゴを持ったギリシャ風の男性像がこちらを睨んでいる。

芸術なんてさっぱりだが、素直にこの石膏像は力作だと思った。


ふと振り向くと、夕焼けの赤に染まっていく教室で、燈ちゃんが真剣に絵と向き合っている。普段のマスコットのような可愛らしい彼女とは違い、その表情からは本気の熱が伝わってくる。俺は彼女の創作の邪魔にならないよう、教室の隅に座って時間を待った。

そして、胸ポケットから手紙を取り出し、眺めた。


――美術室に向かう前のこと。

教室を出る際、知らない女子生徒から手紙を渡された。

ラブレターでなかったのが残念だったが、中身を確認してみると理事長からの呼び出しのようだった。

硬い便箋に、たった一言。

《明日の朝、理事長室まで来られたし》

と、書いてあった。


あまりにも果たし状的な文面に面食らったが、行かないわけにはいかなかった。

なぜなら理事長は、俺をこの学園に連れてきた張本人なのだから。

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