第24話 わたしの秘密を知る前に!!

 雨粒が降り始めた砂浜を、悠人オレは、エリナとしおりと共に走っていた。


 するとエリナが言ってくる。


「悠人、こっちよ! 森に逃げましょう!」


 降り始めた雨脚はまだ弱いが、遠くから聞こえる雷鳴がいやに胸をザワつかせる。まるで、この島じゅうが不穏な空気に満たされつつあるみたいだ。


 そんな最中、しおりが震え声でつぶやく。

「こ、ここ……暗くて怖いですよ……」


 森の中は確かに薄暗く、奥がどうなっているか見通せない。


 だがエリナは一瞬立ち止まって振り返りながら、しおりの手をグッと引っ張った。


「木々が多ければ雨を凌げるし、隠れやすいわ。大丈夫、行くのよ!」


「う……うう……」


 しおりは不安でいっぱいの目をオレに向けてくるが……けどエリナの言うとおり、浜辺を走り回ってたら、恵に見つかりやすいのは間違いない。


 ましてや、風雨がどんどん強くなる様子を見れば、何も考えず走り回るのは危険すぎる。足場も悪いし、雨音に混じって誰かの気配を感じ取りにくくなるかもしれない。森のほうがマシだろう。


「行こう、しおり。オレがちゃんといるからさ」


「……はい……!」


 そう励ますと、しおりは涙目で何度もうなずく。オレたちはエリナを先頭に、ジャングルのように椰子の木が茂った森の入口へ踏み込んだ。


 枝葉が生い茂るせいで、空の様子が余計に見えなくなる。先ほどまで感じていた雷鳴の気配も、木々がざわめく音にかき消されるようで……お互いを見失わないよう、オレは必死にしおりの腕をつかんでいた。


 そうしてしばらく黙々と歩く、と──


「悠人君、どこへ行くんですか……」


 ──いきなり背後から恵!?


 振り向くと、確かに恵がいた。無表情のまま。


 濡れた髪を頬に貼りつかせながら、静かに立っている恵の姿を見たとたん、オレの心臓がドクンと跳ねた。あの包丁をいつ取り出してもおかしくない──そんな緊張感が、一気に血の気を高める。


「……っ!」


 エリナが顔をしかめる。自分の失策を悔いているのだろうが、本質はそこじゃない。


 こんな森の中でピンポイントで見つけてくるなんて、あり得ないからだ。だからオレは、恵が追跡できる理由を思いついた。


「……そうか、恵も位置情報を共有しているな?」


 オレのその問いかけに、恵は肩をすくめる。


「奈々海さんと同じ真似なんてしたくありませんでしたが、非常時ですから許してください。それに悠人君は、どんなわたしだって許してくれるんですよね?」


「…………!」


 それを言われると返す言葉もなくなってしまう……!


「……ど、どうしましょう悠人さん……!?」


 しおりが、青い顔をこちらに向けたそのとき、恵がつぶやく。


「次は、しおりさんの番かしら」


「わわわ、わたし!?」


 そう宣告され、しおりは尻もちをついてしまう。


 まずい、そんな体勢ではすぐに逃げられない!


「しおり! 立ち上がれ!」


「あああ、足が動きません……!」


 くそ! これはまさか『腰を抜かした』ってやつか!?


 雷鳴が一瞬だけ光を放ち、恵の姿を逆光で浮き立たせる。包丁を握っているのかどうか、暗くてよく分からないが……おそらく用意しているに違いない。


 こうなったらしおりをおんぶして、などと考えていたら恵が言ってきた。


「悠人君、大丈夫です。しおりとは話をするだけですよ。刺したりなんてしません。わたしだって逮捕はされたくありませんから」


「話って……何を話すつもりだ……?」


「ちょっとした秘密ですよ。しおりさんの」


「秘密……?」


 思わずしおりを見ると真っ青だ。


 おいおい……秘密の蒐集癖以外にも、まだ何か秘密があるってのか、しおりは……


 しおりを守らなくちゃ、と頭では分かっているのに、どうにも足がすくむ。恵の冷たい声と、視界を襲う暗さが、オレの判断を鈍らせる。


 そんなオレの思考を読むかのように、恵が言ってきた。


「しおりさん? あなた、蒐集癖以外にも、いろんな秘密がありますよね?」


「……!?」


 明らかに、しおりが体を強張らせる。あるのかよ!?


 エリナもそれに気づいたのか、「あんた、いったい何を隠してるわけ……?」と眉をひそめるが、しおりは答えられないまま、唇を噛みしめている。


 そんなしおりを見て、恵は薄く笑った。


「あれもこれも、全部、悠人君に知ってもらったらどうなるかしら」


「ややや、やめてください!?」


 よほど聞かれたくないことなのか、しおりが匍匐前進で恵に近づいていく。


「お、おいしおり!? 危ないって!」


 それを止めようとするオレに、しおりが肩越しに言ってきた。


「いいい、今のうちに悠人さんは逃げてください!」


「いやでも……」


「早くに逃げて! わたしの秘密を知る前に!!」


 いや、お前の都合かよ……


 思わず突っ込みたくなるが、しおりは至って真剣だ。


 ついさっきまで萎縮していたのに、秘密を守りたい一心で進む様子が、逆に痛々しい。エリナも顔をひきつらせながら、「ホントにどうしてこうなったのよ……」と唇をかむ。


 っていうか、別にここで聞かなくても、あとから電話とかで暴露されたらそれまでなんじゃ……


 オレが半ば呆れて立ち尽くしていると、恵が口を開く。


「しおりさん……あなた、コレクションは家にあるだけじゃないんでしょう?」


「!?」


「あなたのお母さんが言ってましたよ。近所のレンタルスペースを契約しているって」


「や、やめて!?」


「わざわざお小遣いを使ってまで契約しているそうですね。レンタルスペースを。普通は、家に入りきらない品物を保管するわけですが、さていったい、何を保管しているんでしょうねぇ?」


「ほんとやめてください!!」


 しおりは、匍匐前進の結果泥だらけになった体と顔をこちらに向けた。


「早く逃げて悠人さん!!」


 逃げてと言うか……これ以上、レンタルスペースの話を聞かせたくないのだろう……


 い、いったい……何が保管されているんだ、そこに……


 オレの写真や髪の毛程度じゃないのか? それとも、もっとヤバイ何か……想像が膨らむほどに背中がぞわりとして、頭がクラクラしてくる。


 でも、どうやら聞かない方がオレのためっぽいな……


 だからオレは頷いた。


「わ、分かった! お前もこれ以上、恵を刺激するなよ!?」


 そんなわけで、オレはエリナを伴って走り出す。


 その後すぐ、しおりの悲鳴が聞こえてきた!


「な、なんだ……!?」


「まさか恵のヤツ、ついに包丁で……」


 エリナのつぶやきに、オレは一瞬、最悪の想像をするも……すぐに首を横に振る。


「い、いや……そんなはずない。さっきから恵は意外にも冷静さがあるし……そんなまさか……」


 だが最後のほうは願望に近かったかもしれない。


「そ、そうよね……とにかく逃げましょう。ここで捕まるわけにはいかないわ」


 そうしてオレ達は、全力で逃げ出した。

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