第11話【エリナパート】もっともっと、わたしを気にかけてくれる……!

 放送委員会が終わり、エリナわたしと悠人は二人きりで帰るところだった。


 窓の外はどんよりとした雲に覆われ、薄暗く、まさに梅雨らしい天気。


 だからわたしは、ますます陰鬱になる。


(なんだか、あの日を思い出すわね……)


 他の委員たちはすでに帰ってしまい、最後まで残ったのはわたしと悠人だけ。


(あれ以来、二人きりになるのは初めてだから……)


 わたしは、横目で悠人の顔を盗み見る。


 悠人は何も気にしていないように、いつも通りの表情だった。


(あのときは……あんなに怒らせたのに、許してもらえた……)


 それどころか、悠人はわたしを嫌うことなく、こうして一緒に帰ることも拒んでこない。


「今日は妙に静かね、悠人」


「そうか? まぁ、今日の会議は眠かったから、その眠気がまだあるのかも……」


 悠人は気だるげに首を回した。


 そんな悠人の肩越しに、わたしは外を見る。昇降口から見たら、雨はいつの間にか本降りになっていた。


「うわ、結構降ってきたな……」


 悠人が苦々しい顔で空を見上げる。


「悠人、傘は?」


 わたしが尋ねると、悠人はバツが悪そうに頬を掻いた。


「あー……昨日も使ったから、鞄に入れ忘れてた……」


「……はぁ? なんで梅雨時期なのに傘を忘れてるのよ」


「仕方ないだろ。朝は降ってなかったし」


「まったく……」


 わたしは呆れながらも、傘を広げる。


 そして、少しだけわざとらしく溜息をついたあと、悠人に視線を向けた。


「仕方がないわね。わたしの傘に入っていきなさい……!」


 悠人が目を丸くする。


「え、いいの?」


「当たり前でしょ。友達をずぶ濡れにさせるような人間に見えるの?」


「いや、そんなことは考えてなかったけど……」


「なら入りなさいよ。ほら早く……!」


 わたしは悠人の腕を掴んで、傘の下へと引き寄せる。


 これで今日だけは、悠人を独り占めできる。


 雨音が響く中、わたしの胸の奥で、じわりと甘い感情が膨らんでいった。


 悠人も、微妙に落ち着かない様子だし……


(……悠人が、わたしのことを気にしてくれている)


 それに気づいて、わたしは嬉しくてたまらなくなった。


(あんな罪を犯したわたしなのに……!)


 普通なら、もう二度と口をききたくない相手だろうに、こうして二人きりで歩いている。


 悠人は優しいから、表面上は許してくれたのだろう。


 でも、それでいいのよ。


 悠人がわたしを完全に拒絶しない限り、どんなことをしても結局はこうして一緒にいられるんだから。


「なぁ……エリナ」


 悠人が探るような声で口を開く。


「……あれからもう、変なことはしていない……よな?」


 わたしは、何も知らないふりをして小首を傾げた。


「変なこと?」


「いや、その……録音とか……」


 悠人が言葉を濁しながらも、わたしの反応を窺っている。


 それはそうよね。当然、まだ気にしてるわよね。


 わたしは、わざとふてくされたように口を尖らせた。


「もちろんしてないわよ。リビングにあった盗聴器も回収したでしょ?」


「あ、ああ……だよな。蒸し返して悪い……」


「いいのよ。悪いのは、わたしだもの」


 わたしは顔を伏せて、落ち込んだふりをするけれど……


 その実、内心は喜び勇んでいた。


(気にしてくれている……悠人が、わたしのことだけを気にしてくれている……!)


 傘の下で、悠人と並んで歩く。


 雨音が響く中、わたしの心臓の鼓動だけが異様に大きく感じられる。


(他のどの幼馴染みでもなく、わたしのことだけを……!)


 そう……悠人は今、わたしに注意を向けてくれている。


 他の誰でもない、わたしだけに……


 それがどんな理由であれ、わたしに視線を向け、わたしの言葉に耳を傾け、わたしの存在を意識してくれているのなら──それだけで、こんなにも満たされる。


(ということは、悠人は……)


 もっと、……


 もっともっと、わたしを気にかけてくれる……!


 ああ……なら、あれは早く打ち明けるべきかしら?


 盗聴器は、リビングだけじゃないって話を。


 廊下、トイレ、バスルーム……そしてもちろん悠人の部屋には、たくさん、たくさん……


 悠人の学生鞄、学生服のボタン、私服の上着……ぜんぶ、ぜんぶ、取り付けてあるの。


(……それをすべて打ち明けたなら………悠人はどれほどわたしを気にかけてくれるかしら……!)


 わたしを叱ってくれるかもしれない。


 罵ってくれるかもしれない。


 それが例え怒りでもいい!


 嫌悪ですらいい!!


  もしかしたら、その手を振り上げて──


 ──そうして、わたしをメチャクチャに!


(幼馴染みの中の誰よりも、悠人がわたしに注目してくれるなら!)


 わたしはなんだってできる!


 雨の音が激しくなる中、わたしの心は甘美な妄想に支配されていく──


 世界でいちばん大切な悠人の視線が、これからもずっと、ずっと、わたしだけに向けられ続けるように……


 わたしは思索を巡らせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る