クトウサマの語り手~どうやら、オレのルーツは因習村らしい~

たってぃ/増森海晶

第1話 夏の子供たち

 オレが子供の頃は、本家のある田舎へ帰省して、お盆を親戚一同とり行っていた。


 夜でもセミが鳴き続ける、緑が多いひんやりとした空気の中で、ぞろぞろと墓まで続く山道を歩き、寺の坊さんに出迎えられて墓まで行って、送り火の提灯ちょうちんに火をともす。


 その時に、提灯に浮かび上がる不思議な模様。

 二本の角を額に生やした犬が、こちらを睨んでいるような不気味なデザインは、大人になっても見慣れることはなく、我が家の家紋かもんであり守り神だと説明されても、オレにはぴんとこなかった。


 今思えは、幼子おさなごなりの精一杯の拒絶だったのだろう。

 当時を振り返り、火を灯して赤く浮かび上がる犬の頭は、守り神と言うには禍々まがまがしく、二本の角が鬼を連想させて不吉で得体が知れなかった。


 月と星と蛍の自然が織りなす光源の下、夜闇の中を大人たちは列をなし、オレら子供は蛍が飛び交う体験に、興奮してじゃれあってふざけ合いながらも、絶対に列の先頭に行くことはない。

 列の先頭には、本家の当主であるじいさんがいて、じいさんがあの家紋入りの提灯を持っているからだ。


 蛍を追いかけて先頭を追い越したことに気づき、あわてて振り返ったら赤く輝く犬がこちらを睨んでいる。


 夜闇のせいで犬の首が宙に浮いているように見えて、周囲の世界が遠ざかっていくような感覚と恐怖。


 見えない力で、水底みずぞこに無理矢理沈められたような隔絶かくぜつを覚え、家紋の犬と目があった瞬間――花火のように五感がぜる。

 

 蝋燭の火の赤さがまるで血のように見えて、鼻の奥に広がっていく獣くさい鉄錆てつさびの匂いと、口の中に広がる粘り気のある酸っぱい味、耳の奥に木霊こだまする犬の遠吠えと、全身をとりまく空気がまたたくに変質する、永遠とも思えるてついた時間。


 完膚かんぷなきまで幼心を叩きのめして、五感を蹂躙する圧倒的な存在感に、気の弱い子供はその場で失禁して泣き出すこともしばしばあり、経験者であるオレは、なるべく下の子たちを前に行かせないように、内心、必死だった。


 本家の屋敷が見えた時は、毎年オレが勝手にやっているとはいえ、守りきることができたという安堵で、肩のと一緒にどっと汗が噴き出して、滝のように流れ落ちていく感覚に、ある種の達成感と満足を感じていた。


「今年もおつかれさま、ダイキ」


 そう言って、いつもオレの肩に手を置き、ねぎらいの言葉をかけてくれるのは従兄いとこのシュウジだ。

 そういうシュウジも周囲に気を配って、蛍に興奮する下の子たちの行動を注視ちゅうししていたのだから、道中どうちゅう、緊張しっぱなしで気が気じゃなかったはずだ。


「シュウジもな! おつかれさん!」


 オレがそう言うと、シュウジはにっこり笑う。

 親戚中の大人たちから、かわいそうな子供だと言われていることを、本当に知らないように。


 ぞろぞろと本家の屋敷に入り、壁のようにそびえる立派な仏壇の横に、火を消した提灯を下げると、いよいよ食事だ。


 そこにはいつもと違う団欒だんらんがあった。各家庭ごとにルールがあり、その違いに文句を言いあったり、羨ましがったり、自分と違う価値観に触れられる異文化交流は、本家のルール下で一定の秩序を保ち、価値のある情報はその場で共有されて、無価値な情報はその場で正される。


――ただ、一つの、例外を除いて。


 腹がいっぱいになって緩んだ空気を見計みはらい、本家のじいさんが影のようにゆらりと立ち上がると、退屈し始めてきた子供たちが、興味をひかれてじいさんのとこに集まりだす。

 それは、数多あまたの日常と日常が一つに混ざりあう、非日常の中で発生する磁場じばであり、本家という空気が醸し出す吸引力でもあるのだろう。


「大切な話があるから、子供たちは必ず聞くように――」


 そう、いつも、いつも、毎年、毎年、じいさんは子供たちに同じ話を聞かせるのだ。

 それが、自分の役割だと言わんばかりに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る