第451話 ヤシドンとプロポーズ三連発

「はあ……はあ……はあ……」


 突如始まった小島までの遠泳レース。


 負けず嫌いのわたくしは、キュア&ヒールで加速して一番最初に島に泳ぎ着くと、息を整えながらみんなが到着するのを待った。


 2着争いの先頭はランドルフ王子で、すぐその後ろをアルフレッドが追いかける展開。クロム陛下はまだリハビリ中ということもあって後方をゆっくりと泳ぎ、その後方をネオン様がしっかりとフォローしている。


「しまった! わたくしとしたことが、陛下にもキュア&ヒールをかけたことで安心しきってしまい、ネオン様のような配慮を怠ってしまいました。女の子であることを忘れてはいけませんね……」


 真夏のビーチがあまりに楽しく、つい全力で泳いでしまったわたくしは、大いに反省しつつも2着争いが決着したことに気づいた。


 そのままの着順でゴールした二人は、息を切らせてわたくしの所までたどり着くと、そのまま仰向けに転がった。


「はあ……はあ……どうだアルフレッド……俺の勝ちだ」


「くそう……もう一息だったのに……」


「じゃあ……俺が最初に行くから、お前は2番な……」


「はあ……はあ……別に構わない。先に行ったから勝ちというものでもなく、決めるのはローレシアだから」


 何の話をしてるんだろうこの二人。それにわたくしが決めるって何を……?




 少し遅れてクロム陛下がネオン様に付き添われて砂浜に上がって来たが、なぜかわたくしを除いた4人が集まって、ひそひそと相談を始めた。


 そしてランドルフ王子がこちらに歩いて来ると、わたくしの手を無理やり引っ張って、ヤシの木の下に連れて行った。


「え?」


 わたくしがヤシの木を背にすると、ランドルフ王子が手を突いて顔を近付けてくる。


「か、壁ドン!?」


 人生初めての壁ドン……いや、ヤシの木だからヤシドンか。


 そんなことを考えているとランドルフ王子が真面目な顔で、


「ローレシア、キミに正式にプロポーズする」


「ププププ、プロポーズって、いきなり何をおっしゃるのですか!」


「クロム皇帝が言っていたが、帝都に戻ったらキミを正式に皇后として迎える手続きに入るそうだ。それに異を唱えたところチャンスがもらえることになった。ローレシアが俺を選ぶならアイツは身を引くと」


「ちょっと待ってください! 陛下には再三お断りいたしましたが、わたくしはまだどなたとも結婚する覚悟ができてません!」


「それは知っているが、ローレシアの覚悟が決まった瞬間、クロム皇帝と結婚されては困るのだ。だから形だけでもキミとの婚約を済ませておきたい」


「そうですか……ではいい機会ですので以前からお聞きしたかったことをお尋ねします。ランドルフ王子はどうしてこのわたくしと結婚しようと思うのですか?」


「そうだな、一番の理由は王族の義務だ」


「王族の義務……」


「ローレシアも同じだと思うが、王族は世継ぎを儲けて国を安定させなければならない。特に魔法王国ソーサルーラは強い魔力を持つ世継ぎがどうしても必要であり、王妃に求める資質も強大な魔力を持っていることが一番の条件となる。その最たる女性がキミなんだよ、ローレシア」


「それならこのパーティーにも、わたくし以外に魔力の強い女性はたくさんいます。フィメール王国の元王女レスフィーア様を筆頭に、マリアたち侍女軍団も全て東方諸国の王家の出身です」


「魔力の強さだけなら彼女たちにも十分資格がある。だがキミは魔法王国ソーサルーラの大聖女であり、他国への流出は是が非でも避けなければならない。それに俺たちは同じ東方諸国でしかも隣国同士だ。これほど利害の一致した婚姻もそうそうない」


「ランドルフ王子のおっしゃる通り、アスター王国の未来を考えるなら東方諸国の盟主である魔法王国ソーサルーラとの関係強化は必須。こんなにいいお話はございません」


「ならば!」


「お話は承りましたが、先ほど申し上げましたように、わたくし自身の準備と覚悟ができていません」


「……そうか。だが俺との結婚の意義を理解してくれたようだし、帝都に着く前にいい返事を期待している」





 ランドルフ王子の顔がようやくわたくしから離れると、それと入れ替わるようにアルフレッドがやって来た。


 そして同じようにヤシの木に手をつくと、わたくしの耳元で、


「事情はランドルフ王子から聞いたと思うが、改めて君にプロポーズをさせてほしい」


「アルフレッド……」


「君が好きだ……愛してる」


「わたくしの正体はご存じのはずなのに、どうしてわたくしなんかを……」


「そんなの構わない。僕は君が好きなんだ」


「……ごめんなさいアルフレッド。あなたのことは親友だと思っておりますが、そこに恋愛感情はございません」


「恋愛感情はない……か。確かに最初は僕も君が許せなかったし、嫉妬に狂った夜もあった。だけど共に死線をくぐり抜けて君に友情を感じるようになり、いつしかそれが愛情へと変化してしまった。そんな僕じゃ君は愛してくれないか?」


「ごめんなさいアルフレッド。わたくしが本当に愛しているのは……」


「君の気持は理解してるし、僕を愛してくれとは言わない。それに親友だと言ってくれたことは心から嬉しい……」


「アルフレッド……」


「それでも、いずれ誰かと結婚するなら、その時は必ず僕を選んで欲しい」


「……アスター王国の後継者を得るために、わたくしは必ず結婚いたします。ですがそこに愛はございませんし、それでもよろしいのですか?」


「かまわない。君と一緒にいられるのなら、喜んで僕の生涯を君に捧げる」


「親友のあなたにだけは幸せな結婚をしてほしかった。わたくしたちが背負った王族の義務にあなたまで巻き込みたくなかった」


「巻き込まれたなんて思うはずがない。君がどう思おうと僕は愛する人と一緒に居られるんだから、僕にとっては幸せな結婚だよ。僕の気持ちは全て伝えた。結婚の覚悟が決まったら必ず僕を選んでくれ……ナツ」


 そういうと、アルフレッドはみんなの元へと戻って行った。





 そして最後にやって来たのはクロム陛下だ。やはりヤシの木に手をつき、わたくしの耳元で囁いた。


「二人から聞いたと思うが、余は最後のチャンスを二人にやった。だがそなたが結婚するのはあくまでも余とだ」


「……陛下、やり方が少し強引なのでは」


「そなたを不快にさせたのなら謝罪するが、ブロマイン帝国の皇后にふさわしいのはローレシア、そなたしかおらん」


「そんなことはないでしょう。ブロマイン帝国には数多くの貴族家があり、しっかりした教育を受けた皇后にふさわしいご令嬢が必ずいらっしゃいます」


「ならば問おう。帝国貴族の令嬢を妃にして、この大陸に恒久平和を実現できると思うか」


「大陸の恒久平和……」


 陛下の言葉に、帝都ノイエグラーデスを初めて訪れた夜のことを思い出した。


 その夜はアスター王国女王に就任したばかりのわたくしの歓迎晩餐会が催されたのだが、出席した貴族の数は少なかった。


 今から思えば、あそこにいたのはクロム陛下の忠臣か、リアーネ様と信条を同じくする融和派貴族だったのだろう。


 そしてあの場にいなかった大多数の貴族たちは、主戦派もしくは東方諸国を格下に見ている者たち。


 そんな貴族家の令嬢が皇后として実権を握れば、現体制を抜本的に変革させることなどできるはずもなく、東方諸国との緊張関係は続くし、アージェント王国を魔族と謀り戦争を継続しようとする主戦派貴族の動きを止めることなどできやしない。


「よいかローレシア。ブロマイン帝国皇帝の権力は絶大ゆえ、間違った人間がそれを行使すれば世界に破壊と混乱を招く。余も反省するところが大だが、今回の勇者部隊の派遣とアージェント王国との戦争のエスカレーションがそれを雄弁に物語っている」


「はい……」


「主戦派を敵と定めた余にふさわしい后は、この危機的状況を理解してなおもそれを打破しようとする強い意志を持ち、余と運命を一つにして帝国の、そして大陸全体の未来のために戦い抜ける圧倒的強者。そのような令嬢が果たして今の帝国貴族の中に存在すると思うか?」


「……いいえ」


「では質問を変えよう。そなたが余の立場だとして、目の前にそのような強い意志を持つ令嬢が現れたなら、そなたはどうする」


「それは……」


「そういうことだよローレシア。余と一緒にブロマイン帝国を、そしてこの世界を変えようじゃないか。有史以来続いてきたアージェント王国との戦争を終結させ、東方諸国とも手を取り合って大陸全土に真の平和を実現させよう」


 言葉も出なかった。


 わたくしはこれまで結婚というものを、ただの後継者問題の解決手段だと考えていた。


 だがクロム陛下は違った。


 その視線の先には遥か未来が映しだされていて、大陸の恒久平和を成し遂げたわたくしたちの姿がそこに見えているのだ。


 男としてのスケールが違う……。


「余の言いたかったのはそれだけだ。まだ結婚の覚悟が決まっていないそなたを急かすようなまねをして申し訳なかったが、今回のことはランドルフ王子とアルフレッド……余の大切な仲間たちの気持ちを考えると、どうしても必要な通過儀礼だった。ではよい返事を待ってるぞ、ローレシア」


 それだけ言うと、クロム陛下もみんなの所に戻って行った。



         ◇



 3人からのプロポーズが終わって、どっと疲れが出たわたくし。


 ヤシの木にもたれかかって気持ちの整理をしていると、今度はネオン様がやって来た。


 そして前の3人と同じ様にネオン様もヤシの木に手を突いて、顔を近づけてきた。


「まままま、まさかネオン様まで、このわたくしにプロポーズをするのですか!?」


「するわけないでしょ! 私は別の相談よ」

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