第449話 転生領主の脅威と南国ビーチ

 ネオン様のご実家、ディオーネ直轄領に滞在してしばらくが経った。


 陛下のリハビリは順調に進み、なんとか一人で歩けるようになるまで回復。元の状態に戻るまであと少しだ。


 その間、ネオン様の案内で領内各地を視察させていただき、さすがは転生者が支配する領地というか驚きの連続だった。


 まず驚かされたのが、長年の圧政で荒廃していた『領都ディオーネ』の再開発事業だ。


 4つのスラム街を取り壊して住民主導で新しい街を作るそうなのだが、その建設現場にクレーン車やトラックが何台も投入されている。


「フレイヤーもそうですが、なぜこのような乗物がこの世界に存在するのですかっ!?」


 領都の外でも灌漑工事や道路整備、荒廃した農地の再生が大々的に行われ、農夫や建設作業員たちに混じって、魔導師たちが生み出したゴーレムがせっせと働いている。


「大量のゴーレムが土木工事を……この魔法にこんな使い道があったなんて!」


 そんな『直轄領ディオーネ』は領都ディオーネを中心にたくさんの街や村、広い耕作地で構成されているのだが、その面積はアスター王国にも匹敵する。


 しかもメルクリウス伯爵家が支配するエリアにはこれと同規模の領地がなんと6つもあり、その首都機能を担っているのが王都アージェントへの玄関口に位置する『メルクリウス領プロメテウス』である。


 ここにはアージェント王国有数の規模を誇る『プロメテウス市場』が活況を呈し、王国全土からヒト、モノ、カネが集まり、莫大な富を生み出し続けている。


「商品先物取引……何なんですかここは!」


「あなたももう高校生なら社会の授業で習ったでしょ。市場を整えれば穀物価格が安定するし、生産拡大による余剰分を他領へ輸出することで値崩れを防止し、逆に不作時には輸出量を抑えて領内に回すことができる。結果、穀物を備蓄するための専用の倉が必要なくなり、管理コストを削減しつつ危機対応もできるというわけ」


「食糧管理の最低限の枠組みだけを領主が行い、後は市場原理に任せてしまう訳ですね。アスター王国も参考にできるかしら」


 さらに聞くと、直轄領ディオーネ限定で地方自治制度を試験的に導入しており、これが機能すれば支配エリア全体に順次拡大して、ゆくゆくは日本やイギリスのような立憲君主制に移行させたいとのこと。


 領民のことは領民に任せ、君主は君臨すれど統治せずを目指すのだそうだ。


 聞けば聞くほど先進的すぎて、東方諸国の何百年未来を進んでいるのか想像できない。


「あの、ネオン様? もしかしてアージェント王国全体がこのような感じなのでしょうか」


「そんなわけないでしょ! アージェント王国なんかブロマイン帝国よりさらに数百年遅れた中世騎士物語の世界観で、戦いの前には必ず「やあやあ我こそは〜」みたいに名乗りを上げてるんだから。バカみたいでしょ」


「だとすると他の貴族家とは価値観が合わないのでは」


「だから前も言ったけど、メルクリウス家の人たちは独自の道を歩いているの。大体ウチって伯爵家のくせに王都の貴族街に家も持ってないし、王都の社交界には本家どころか分家も顔を出してないのよ。だから他領との交流は専ら商人主導ね」


「それでよく他領から攻め込まれませんね」


「むしろその逆。みんなウチに攻め込まれないか心配で夜も眠れないそうよ。ウチは長年ボロンブラーク伯爵家の庇護下でその存在を隠し通されてきたけど、2年前に男爵家に昇爵してから一気に勢力を伸ばし、たった2年でこれだけの広い領地を獲得するに至ったの。その勢いが今も止まらず、今回の対帝国戦でもダゴン平原南部を任されるほどの軍事力を保有してるし、文句を言いたくても誰もできなくなってしまったのよ」


「たった2年で! ……恐ろしい。確かにこんな人たちが隣に居たら、安心して眠ることもできませんね。勇者部隊もメルクリウス軍なんかを相手にしてしまったから、敢え無く玉砕してしまったのね」


「でも本当に恐ろしいのは、今回の対帝国戦でのメルクリウス軍の主力は、陸軍ではなく海軍だってこと。メルクリウス艦隊には絶対に近づかない方がいいわよ」


「え?」



         ◇



 視察の最後に訪れたのは、新教徒の楽園・領都ディオーネにある旧教徒の教会だった。


 ここは極右政党『シリウス原理主義同盟』のアジトになっているらしく、教会の神父様は活動家や政治家の顔も持っているそうだ。


「これは同志ネオン! しばらく顔を見なかったが、お元気そうで何より」


「実はブロマイン帝国に行ってきたの。今日はみんなに土産話を聞かせてあげる!」


「なんと、新教徒どもの国に!?」


「そうよ。新教について色々調べてきたから今日はその報告会ね」


 そう言ってテルル像の前に立ったネオン様が、礼拝堂に来ていた熱心な旧教徒信者とわたくしたちに向けて、シリウス教の講義を始めた。


「今回の大陸横断の旅を通じてシリウス教には全部で4つの流派があることが分かった。一つは神使徒テルル様が広めた教義をそのまま受け継ぐ私たちの『旧教』。そして教義をそのままに行動規範や儀礼的なものを簡素化したものが『新教』よ。1日3回も祈りを捧げていたら、エメラルド王国を脱出して厳しい大自然を切り拓く必要があった開拓者には負担が大きすぎるからね」


 ネオン様の講義に、神父さんも驚きの声を上げる。


「新教が生まれたのは、そういう理由があったのか。さすがは同志ネオン、この短い間によく調べ上げた」


「感心するのはまだ早いわ。新教にも3種類あって、一番旧教に近いのがブロマイン帝国のさらに向こうにある『東方諸国』に広まるもの。おそらくこれが新教のオリジナルね」


「3つも新教があったのか! しかも帝国の向こうに国があったなんて……」


「そう、世界は広いのよ。そして残り2つはそこから枝分かれしたもので、一番過激なのがみんなも知ってるアージェント王国の新教。これは248年政変の引き金になったもので、守旧派貴族と庶民との対立を尖鋭化するように、シリウス帝国によって書き換えられたものなの」


「何だとっ!」


 ネオン様が語った衝撃の事実に、礼拝堂の中は騒然となった。神父さんが真っ赤な顔で怒り出したので、代わりにわたくしがネオン様の講義の聞き役に回ることにした。


「ネオン様、そのシリウス帝国という国はどうしてそのようなことをしたのでしょうか」


「いわゆるプロパガンダ戦よ。敵国内に宗教対立を起こして分断を誘おうとした目論見が上手く行って、アージェント王国は約500年間に大きな内戦を2回も引き起こし、3代目となる今の王朝まで新教徒に引っかき回されている。その間どれだけの血が流されたのか想像もつかないわ」


「なんて酷いことを……」


「そんなシリウス帝国が国教としていたのが現在ブロマイン帝国に広まっている新教。その教義は東方諸国のものをベースにしてるんだけど、聖戦に関する記述だけが先鋭化されている。これはエメラルド王国時代からの宿敵であるアージェント王国を魔界に仕立て上げて、全人類は聖戦に参加すべしと戦争を煽るために後で追加されたの。つまり諸悪の根源はブロマイン帝国の新教というわけ」


「つまりシリウス教会こそが敵ということですね」


 その後もネオン様の講義が続き、新教徒と話をする際に気をつけるべき点や、社会の分断を起こさず共存共栄できるような取組みなど、同じ神を信じる者同士仲良くするよう、教会に集まった旧教徒たちに強く訴えかけていた。


 それを集まった信者たちが真剣に耳を傾け、神父さんに至っては必死にメモを取って、自分の講話に活かそうとしている。


「あの……ネオン様? メルクリウス家の人間は宗教に関心がないとご自分でおっしゃっていたのに、シリウス教に詳しすぎではありませんか」


「クスクス……そうね。だから私、子供の頃から『変わり者』だってみんなから言われて、一族の間で『いらない子』扱いだったのよ」


「いらない子って……今すぐ総大司教に成れるレベルですよ、その知識量っ!」



         ◇



 そんなことがあった日の夜、ディオーネ城の晩餐会でネオン様がある提案をした。


「クロム皇帝のリハビリも兼ねて、そろそろ帝国に向かいましょうか」


「え? ようやく一人で歩けるようになったばかりなのに、まだ危険なのでは」


「実は帝国に戻る途中にいい場所があるの。アージェント王国東南端に位置するポアソン領にはプライベートビーチがあって、水泳を取り入れた効果的なリハビリが可能なのよ」


「プライベートビーチ……確かに水の中だと身体の負担が軽減されて、いいリハビリができそう」


「じゃあ決まりね。さっそく明日出発しましょう」



         ◇



 翌朝、わたくしたちはディオーネ城の転移陣を使って、ポアソン城へと転移した。


 そこの領主マール・ポアソン男爵は現在、メルクリウス軍のエースパイロットとしてダゴン平原に出陣しており、わたくしたちを出迎えてくれたのは領主代行をしている姉のソニア・ポアソンさんだ。


 領主の姉という割りにはとても若く、どう見ても20歳そこそこにしか見えない。


「あの、ネオン様。領主のお姉様がとてもお若いのですが、どういうことでしょうか」


「ここの領主はローレシアと同じ年の女の子よ。あなたが女王をやってるぐらいだから別におかしくはないでしょ」


「確かに人のことは言えないですね」


 そのソニアさんの案内でポアソン領の最南端のポアソン邸に転移したのだが、そこから見える浜辺の景色に衝撃を受ける。


 白い砂浜と打ち寄せる波、燦々と照りつける太陽、そう、南国のビーチがそこに広がっていたのだ。


「すごい……こんな素敵なビーチがこの世界に存在したなんて」


「ここは中立派貴族のシャルタガール侯爵家が運営していたVIP専用のリゾートビーチで、騎士爵家だったポアソン家が管理運営していたの。だから来賓用の水着や貸しボート、ビーチパラソルなども揃っているから、クロム皇帝がリハビリをしている間、ここでのんびり遊んでいればいいわよ」


「……アージェント王国って本当に恐ろしい。こんな国と戦争するなんて、主戦派貴族は愚か者の集まりにしか見えなくなってしまいました」




 そんなポアソン邸に客間をお借りすることとなり、同室となったレスフィーア様とアンリエットにわたくしは声をかける。


「陛下のリハビリは女医のネオン様にお任せして、わたくしたちはリゾートを満喫いたしましょう!」


 この世界に転生して初めての海水浴にわたくしが浮かれていると、護衛騎士のアンリエットが真面目な顔でそれをたしなめた。


「少し落ち着いてください、ローレシアお嬢様。女王になられたのですから気品と風格を持って行動して下さい。でないとご両親だけでなく他の者にも気付かれてしまいますよ」


 アンリエットはわざと含みを持たせる言い方でわたくしに注意を促したが、わたくしの正体に全く気づいていないレスフィーア様が、


「アンリエット様、ローレシア様のお気持ちはとてもよく分かります! 青い空、白い雲、常夏の太陽と色鮮やかなサンゴ礁のビーチ! たとえ王族であっても、これをはしゃがずにはいられませんわ!」


「れ、レスフィーア様まで……仕方がありません。ではお二人の護衛はこのアンリエットが致しますので、決して離れないようにお願いします」


「承知しました。では早速ビーチに参りましょう、ローレシア様、アンリエット様!」

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