第4話 俺だけが気づいたこの世界の秘密
「アゾート・フェルームとネオン・フェルームの二人は307号室です。荷物は既に部屋に運びこんでいますので、最初に荷物の確認をお願いします。寮のルールや共用設備の利用方法は、このリーフレットで確認してください」
受付で部屋の鍵を受け取り、俺達は自分たち部屋に向かうことにした。ダンも受付が終わったようだ。
「俺は306号室だ。お前達は?」
「俺達は307号室。となり同士だな」
「だな。これから3年間、隣同士仲良くしようぜ」
「ああ」
「じゃあ、明日」
「またな」
部屋の前で別れ、それぞれの部屋に入っていった。
307号室は下級貴族の子弟用なので2人部屋である。
部屋の中央にベッドが2つならんでおり、窓側の両サイドに勉強用の机が2つ、その他にはバスとトイレ、簡単なキッチンが付いている。
広くはないが清潔でいい部屋だと思う。
これが中級貴族の子弟用になると、1人部屋プラス侍従が1人泊まれるセパレートタイプの部屋らしく、上級貴族の部屋はさらにその上をいくのだろう。
このあたりは階級社会を感じさせられる。
「ふー」
俺は2つあるうちの入り口側のベッドに腰掛けた。
「ネオン、お前が窓側のベッドでいいよな」
「わかった。そうするよ」
俺はベッドに寝転がりながら、今日の出来事を振り返っていた。
入学早々いろいろあったが、ダンとマールという友達ができたのはよかったな。
ダンジョン部にも入部したし、中級貴族に目をつけられたのは運が悪かったが、終わったことはどうしようもない。
「先にお風呂入るね」
そう言うとネオンがバスルームに向かった。
制服を脱いで薄手のルームウェアに着替えたネオン。
ショートカットの白銀の髪がさらさら揺れて、白く透き通った肌を隠すことなく、足早に俺の目の前を通りすぎていった。
一瞬目のやり場に困った俺は、
「お前は一応女子なんだから、もっと慎ましやかにしろよ。俺がいるんだし、もう少し服装に気を付けるというかだな」
「私たちは家族みたいなものだし、アゾートの目なんか気にならないよ。それともひょっとして、私のこと意識してる?」
「するか! 家族だろうと、気まずいだろうが」
「じゃあ私のこと見なきゃいいでしょ。部屋ではリラックスしたいんだから」
そう言ってバスルームのドアをガチャリとしめると、やがて水が流れる音がかすかに聞こえてきた。
「なんでこいつと同じ部屋で暮らさなきゃならないんだ」
ネオンは幼少のころから俺と一緒に遊ぶことが多く、俺と同じような服装をしていたので、説明されなければ女子だということに誰も気が付かないような子供だった。
そしてちょうど俺達が洗礼を受けた頃、ボロンブラーク領内で派閥間の内戦が起こった。
その時は本当に大騒ぎになり、フェルーム領が敵部隊に攻め込まれてセレーネとネオンが危うく誘拐されそうになったり、派閥内の結束のためだと言って政略結婚の申し込みが殺到したりで大変だった。
当主はそういった混乱を一時的に避けるために、対外的にはネオンを分家の次男として公表していた。
だが度重なる内戦も、2年前の戦いで一応の決着は見た。
火種はまだ燻っているものの、一時期ほどのリスクはなくなったため、ネオンはそろそろ女子として本来の立場に戻った方がいいと、俺は思うのだが。
しかしネオンがまだ性別を偽り続けているのは、俺の知らない何か、完全に危機が去っていないという当主の判断なのだろうか。
何か不穏な感じがする。
もう一つ気になっているのが、俺がセレーネと婚約していることを学園で公表してもいいのかどうかだ。
貴族社会では、魔力保有者の確保や一族に伝わる固有魔法の継承のため、5親等以上離れた一族内の結婚が普通に行われている。
フェルーム家でも長女セレーネが強い魔力を持ち、分家の俺にも2属性の魔力が発現した時点で、当主の判断により二人の婚約が決められた。これはセレーネの次期当主確定とセットですぐに公表もされている。
だから本来は秘密ではないはずなのだが、入学の際に当主から、学園内であまり婚約の件に触れない方がよいとのアドバイスがあった。
理由は教えてもらえなかったのだが、学園生活における必要性なのか、はたまた領内政治によるものなのか、ハッキリしたことはよくわからない。
色々なことを考えていたら、俺はそのまま眠ってしまっていた。
その夜、夢を見た。
5歳の洗礼式で突然前世の記憶が甦った、あの日の出来事だ。
高校3年生だった俺は、大学受験が終わりようやく長い受験勉強から解放された。
その受験会場からのかえり道、大学生活への胸を躍らせた記憶を最後に、その後の記憶がプッツリ途絶えている。
そして気が付くと、薄暗い部屋の中で少年の姿で立っていたのだ。
騎士爵フェルーム家の分家の長男として生まれた俺は、このアージェント王国の慣例に従い洗礼式を受けるため、その日、教会に訪れていた。
この洗礼式では、子供一人ひとりに魔力の有無とその属性を調べる儀式が執り行われる。
フェルーム家は下級ではあるが貴族であり、魔力を持ったものしか家を継ぐことはできない。だから分家も含めてできるだけ多くの魔力保有者の子供を一族に抱えておきたい。
家族の期待と不安の眼差しを受けつつ、俺は洗礼式に臨んだのだった。
教会はフェルーム家の所領にある小さな町にあり、子供の数もそんなに多くはない。平民から順番に一人ずつ洗礼室に入り水晶玉のようなものに手を当てて魔力の有無を測定する。
そして俺の順番が回ってきた。魔力がなかったらどうしよう。
そっと洗礼室の水晶に手を当てる。すると水晶の中に赤と茶色の2色が現れた。火属性と土属性の2種類の魔力が備わっていたのだ。
「家族が喜んでくれる」とほっと気を抜いた次の瞬間、前世の記憶が突然脳の中によみがえり、前世の自分の死とこの世界への転生を理解したのだった。そこからさらにすべての記憶が一気に脳の中に流れ込み、俺は意識を失ったのだった。
気が付くと俺は、家のベッドに寝かされていた。
窓の外は夕焼けで赤く染まっており、そろそろ夕飯時。
俺はベッドから起き上がりひとり食堂へ向かうと、食堂の扉の向こうから二人の男性の話声が聞こえた。俺はすぐに食堂には入らず、聞き耳を立てた。
「この先本家に強力な魔力を持った男児が生まれなければセレーネに家を継がせることになるが、他家から婿を取らずにアゾートと結婚させることとしたい」
フェルーム家当主ダリウスは、分家である俺の父ロエルに、そう持ちかけていた。
「わかった。セレーネは長女で強力な魔力保有者だから、家を継がない場合もこの二人を結婚させておけば、魔力面でも一族の支えになってくれるはず」
本家の長女セレーネは俺の1歳年上で、本家と分家は同じ敷地内で屋敷が隣接していることもあり、小さい頃からよく遊んでくれる優しいお姉さんだ。
白銀の長い髪に火属性の赤い大きな目の美少女。そして魔力が同じ年ごろの子供に比べてはるかに強い。
アージェント王国では、貴族家は男子が後を継ぐことがやや優先されるものの、魔力至上主義の面もあるため女子が家を継ぐケースも珍しくはない。だからセレーネはフェルーム家の次期当主候補として期待されている。
そして今日の洗礼式で、俺が火属性魔力を持っていることがわかったため、フェルーム家伝統の火属性魔法の継承が期待できる、一族内の婚姻相手が確保されたことになる。
だからこのタイミングで、セレーネを後継者候補として目途をつけておきたいのだろう。
まさか5歳で婚約するとは、前世の記憶を取り戻したばかりの俺には驚きだが、セレーネのような美少女との婚約は素直にうれしい。
「しかし、火と土の2属性が発現するとは正直驚いたな。ご先祖に土属性持ちがいたのでその血が蘇ったのだろうが、上級貴族ならともかく一介の騎士家では珍しいな。しかも同時に2人もだぞ」
え、2人?
今日洗礼式を受けたのは、一族の中では俺ともう一人。いつも俺の後ろにくっついて来て、一緒に遊そぼうとする弟分。水っぱなを汚れた手で拭い、それがカピカピに乾いてラスカルみたいな顔になっているネオンだ。
「アゾートに続いてネオンまで2属性を持っていることがわかった時は驚いたな。で、やっぱりネオンは他家に嫁がせるのか?」
「そうだな、ネオンは貴重な2属性持ちだし上位貴族との政略結婚にうまく使えればな。絶対に安売りはせぬ」
「アゾートとネオンは仲がいいから、将来結婚させても悪くないと思ったんだがな」
ネオンは普段から男の服装をしているので、女だということをつい忘れてしまうのだが、本家の次女でセレーネの妹だった。
というか、話が妙な方向に進んでないか。
俺の婚約者が、美少女からラスカルに変更になりそうだ。
俺は話の流れを遮ろうと、食堂に駆け込んだ。
「やっと目が覚めたかアゾート。洗礼式のお祝いだ」
食堂には隣に住む本家一家と分家である俺の両親や他の分家筋が集まっていた。
「さきほど当主のダリウスから話があったが、お前とセレーネを婚約させて、セレーネをフェルーム家の次期当主にすることになった」
父ロエルは当主ダリウスの叔父にあたるが年齢的にはダリウスの少し上であり、兄弟のように育てられてきたそうだ。だから当主を弟のように扱っているが、誰も気にする様子はない。そのあたり貴族といっても騎士爵だからおおらかなのだろう。なお、俺と当主は従兄弟にあたる。
「5歳のお前にはピンと来ないかもしれんが、大人になったらセレーネと結婚してフェルーム家を支えていくということだ。それともネオンがいいか?」
「いえ、分かりました。セレーネと婚約します。そしてセレーネの騎士としてお守りいたしとうございます」
俺はセレーネの前に跪き、子供ながらに騎士の誓いを立てた。
「ありがとうアゾート。よろしくね」
セレーネがほほ笑みながら、そう答えた。
俺たちのそんな様子を表情を変えずじっと見ていたネオンは、なぜか突然俺の前まで来て、俺がやったのと同じように、俺に対して騎士の誓いのマネをした。
「アゾートのきしとして、おまもりいたします」
何を考えているのかよくわからないやつだな、コイツ。
「わはははは。やはりアゾートにはネオンの方がいいのではないか? こんなに懐いているのだしな」
余計なことをいう父親に、あわてて話を遮ろうとする俺。そんな俺に跪き、鼻水の跡が残りながらも真剣な顔つきで俺を見つめるネオン。
そこで夢から覚めた。
「おはよう」
徐々に目が覚めてきた。ネオンが覗き込むように俺に顔を近づけて見ている。
夢の中に出てきた5歳の頃のネオンに比べて、15歳になった今のネオンの顔はずっと大人で、こうしてみると随分とセレーネに似てきたなと思った。
「お、おはよう」
今日から学生寮での新生活が始まる。
ネオンとは物心ついたときからずっと一緒に育ってきた兄弟のようなものだが、同じ部屋で生活するのは初めてのことだ。すこし戸惑は感じるが、そのうち慣れてくるのだろう。
昨日入れなかった風呂にさっと入り、素早く制服に着替えて俺たちは部屋を出た。
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