陸 最後の機会
時は流れて天文9年(1540年)晩秋
甲斐国内では依然として不満がくすぶり続け、いつ大規模な一揆が起きてもおかしくない状況にあった
そんな中でも武田信虎は当主としての役目を果たし続けており、前年に病死した諏訪頼満の後継者である
しかし晴信との関係は拗れるばかりであり、信虎が関係を修復すべく話し合いの場を設けても晴信は応じないばかりか、
(父上は話し合いとの名目で私を誘い出して、叱りつけるに違いない)
そう考えてますます距離を置いてしまう
信虎は遂に我が子との関係修復を諦めるに至った
(晴信は確かに聡明だが、頭が良くて後先を読めてしまうが故に悪循環に陥っているのやもしれぬな…)
そして翌天文10年(1541年)5月
信虎の姿は佐久を越えた先…信濃国の小県郡(現在の長野県上田市周辺から小諸市周辺にかけての地域)にあった
佐久郡の大半を制した武田家を前にして戦況の不利を覚った北信濃の村上義清は一転して武田家との講和を持ち出し、信虎はそれを受理
こうして協力関係になった村上・武田の両家と諏訪家は小県郡にて抵抗を続ける
海野棟綱は家臣の
最終的に
余談だが、真田幸隆は後に武田信玄(晴信)に出仕し、その知略を生かして台頭
戦国真田家の基盤を築き、それは幸隆の子である真田昌幸、さらには孫にあたる真田幸村(信繁)や真田信之へと繋がっていくことになるのだ
さて、話を戻そう
滅亡した海野家の旧領を割譲し小県郡に基盤を得た武田信虎は意気揚々と帰国するが、その表情はどこか固く、奥底に決意を秘めているようであった
翌日になって重臣の
「近頃の御屋形様は何か表情が違うように見えまするが…」
信虎は感づかれたことに内心慌てながらも、あくまで平静を保ちながら返答した
「そうか?特に何かあったというわけではないが…」
「そうですか。それは失礼いたしました。この昌勝も歳ですかな、見る目が濁ってきたやもしれませぬ」
楠浦昌勝はそういって笑いながら去っていく
信虎はホッと一息であった
(一連の計画が発覚してはまずいからな…)
そう、信虎はこの前日。帰国してすぐに晴信に近しい
「信方。少し良いか」
それは雨が降り注ぐ夕刻だった、武田信虎は板垣信方を躑躅ヶ崎館内の密室に呼ぶ
「何でございましょう、御屋形様」
「ああ。これから申すことは極秘だ。他の者に言うてはならぬぞ」
信虎はそう前置きしたうえで自らの計画を打ち明ける
「わしは思うのだ。天意は既に我になく、晴信にある、と― 国内ではわしの失政もあって不満が渦巻いているし、外交においても今川の太原雪斎に喰わせられてばかりだ。ただ、晴信ならばこの難局を打開できると信じている。だから、晴信にわしを甲斐から追放させるように仕向けてほしいのじゃ」
「えっ」
武田信虎の話に板垣信方は思わず声を上げる
「そ、そんな…。主君である御屋形様を追放って…。それも御屋形様自らが要望するなど、古今東西聞いたこともありませぬ」
「ああ。驚くのは分かるが、武田家を存続させるにはこれしかないのじゃ。追放することで晴信はわしとは違う自らの姿勢を鮮明に打ち出せるし、溜まりに溜まった不満も皆が切望している晴信の家督相続でかなり緩和される。後は晴信の賢さでかじ取りをしてくれると信じておる」
「し、しかし…」
「わかってくれぃ、信方…」
中々首を縦に振れない板垣信方に武田信虎は涙を流して言う
遂には信方ももらい泣きしてしまった
「…お、御屋形様…ッ」
「信方…」
「この板垣信方。今の命令を御屋形様に尽くす最後の機会と思い、お受けいたします…ッ」
信方は遂に決心し、その役目を果たすと誓ったのである
「信方、礼を言う。本当にありがとう」
時期は既に梅雨の走り
躑躅ヶ崎館の
天も思わず涙する、信虎の苦渋の決断は武田家にどのような栄華をもたらすのだろうか、それは若き晴信の一身にかかっているのであった―
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