参 廃嫡

 南の今川家と協力関係を結んだことにより武田信虎は佐久郡攻略への足取りを進めていく


 花倉の乱から半年近くが経過した天文5年(1536年)11月

武田軍8千はしぶとく抵抗を続けている佐久の海ノ口城(現在の長野県南牧村海ノ口)を包囲した


 城将である平賀源心ひらがげんしん大井成頼おおいしげより)は勇猛果敢な将として知られ、これまで板垣信方らが周囲の支城を攻略するなどして圧力をかけてきたが、一向に屈しない

 そこで信虎自らの出陣に踏み切ったものであるが、その陣営にはある青年も帯同していた


 真新しい甲冑に身を包み、凛とした表情で城山を見つめる彼…

そう、武田晴信。今回の戦は彼の初陣である


 この年の夏に今川義元の斡旋により公家の名門三条氏の娘を娶った晴信は300の兵を預かり大将の一人として参陣しているが、その両脇を板垣信方と甘利虎泰が固めている

 この攻城において、晴信隊の役目は周囲の監視と後詰め。よって、戦闘に参加することはなかった


 しかし、8千という城方の10倍ほどの大軍で日夜攻城を続けたものの、平賀源心と以下800の精兵は粘り強く抵抗し、年内に落とせる見込みが立たなかった

 次第に将兵の年末年始は家族と過ごしたいという思いから厭戦ムードが漂うように

 軍勢の士気低下から、一時占領した三の丸も奪還される有様だ


 (これ以上の戦闘は逃亡者を生む。退くしかあるまい)


 武田信虎は遂に決断を下し、全軍に撤退を指示した

城方は武田軍が撤退を始めると特に追撃する様子はなく、彼らも年末ということで勝利の余韻も合わさって酒を酌み交わしているようである


 信虎も斥候から城方が酒宴を開いているとの報告を受けていたが、


 (気持ちとしては軍勢を引き返して攻め込んでやりたいが、それこそ源心の罠という可能性もある。反転させて伏兵にでも出くわして損害を出す訳にはいかぬ)


 そう考えを巡らせて反転を断念した


 しかし、躑躅ヶ崎館に帰還した際、晴信隊の姿が見当たらない

武田信虎は嫌な予感がして斥候に海ノ口城周辺を探らせた


 すると、武田晴信は板垣信方らを説得した上で信虎に報告もなく反転し、海ノ口城を急襲。すっかり酒に酔っていた城方を蹴散らし、海ノ口城を占領。また、城主の平賀源心の首も挙げているというではないか


 (晴信のやつ、わしに何の報告や相談もなく反転させたのか。上手くいったから良いものの、もし伏兵にあって命でも落としたら何とするのだッ)


 その後、晴信が源心の首を持って意気揚々と帰ってきた

信虎は人払いをして晴信、信方と3人きりになると、晴信を厳しく叱責する


 「晴信ッ!わしに何の相談も無しに軍を反転させたと言うではないかッ」


 「し、しかし…私はこうして源心の首を取ってきました。お褒めの言葉をいただいてもいいはずです」


 「ふざけるなッ」


 信虎は愛する我が子が命の危険に晒されたかもしれないという思いから激怒する


 「信方も信方だ。何故、そのような勝手な行為を許したのかッ」


 また、信虎は以前に勝手な行動を起こした馬場虎貞と山県虎清を降格処分にした経緯がある

 今回は嫡男の行為とはいえ、生ぬるい処分にしては家臣らに示しがつかない


 「晴信!」


 「は、はい!」


 「そなたを廃嫡にし、嫡男は次郎とする!」


 「えっ…」


 信虎の下した処分は廃嫡だった

これが重臣の者であれば降格という手立てもあったが、そもそも嫡男を与力にするわけにもいかない

 

 とはいえ、信虎にとって晴信はやはり大切な長男である

廃嫡は一時的な措置であり、反省の色が見えたなら嫡男に復帰させる考えであった


 しかし、この処分を必要以上に重たく考えてしまった晴信は次第に父、信虎を恨むようになり、良好だった関係がこじれていくのである…

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