Vaporwave - 現代逃避行譚 -
+moto
第1話
今日、彼らは嘘をついた。
この廃れた薄暗いゲーセンで、ふたり会うために。
ことの発端は二ヶ月前の夏。
約30年通い詰めた老舗のゲームセンターがいよいよ潰れるという話を棺桶に片足を突っ込んだような店主の爺から聞かされ、人生で三度目の大きな喪失感を味わった。
一度目は29歳で結婚した妻と30代中盤で別れたとき、二度目は二年前に飼っていたペットの犬が病気で死んだとき。
どちらも相当大きなショックを受けたはずだが、なぜだか今回のほうが喪失感が大きい。
行きつけのゲームセンターが無くなる、それだけなのに。
「えっ、無くなんのここ」
虚空を見つめていた俺の耳に元気な子供の声が劈く。
うつろな瞳で見下ろすとそこには十歳そこそこの男の子が年相応のわかりやすい反応を示していた。
「ねえ、おっさん。ここっていつからあんの?」
視線を落とした俺をちんちくりんのガキがおっさん呼ばわりする。
「ねえ、おっさん聞いてる?」
初対面の大人に物怖じせず聞いてくるとはこのガキはどうやら肝が据わっているらしい。
「坊主、おっさんと呼ぶな。お兄さんだ」
「え~見た目おっさんじゃん」
慇懃無礼に訂正を求めた俺をこのガキは見た目でおっさんに分類したらしい。
親の顔が見てみたい。
「坊主、初対面の大人には敬語を使ってだな……」
「そんなのどうでもいいから教えてよ。ここっていつからあんの?」
どうやらこのガキは人の話を聞かないらしい。
俺はすべてを諦めた。
「ここは30年以上前からやってる……。俺が初めてこのゲーセンに来たのもお前と同じ歳くらいの頃だ小僧」
「へ~、そうなんだ」
年端も行かぬ小僧は半ズボンの裾を握りしめながら真っ直ぐ俺の目を見ていた。
こいつの親父と変わらない年齢だろうな俺。なんて思いながらしばし宙で視線と視線を切結ぶ時間が続いていたが、不意に小僧はこんな事を言い出した。
「ねえ、おっさん。おれと勝負してよ」
本当に物怖じしないガキだな、などと感心しながら少年の汗ばんだ手に視線を移すとそこには鈍く光る硬貨が数枚、力一杯に握られていた。
この店の筐体は基本的にワンゲームワンコインをモットーにしているが、それでもこの歳のこどもが身銭を切る場としては一戦一戦が真剣勝負になるだろう。
「いいだろう。大人の怖さを教えてやる。もしお前が勝ったらアイスおごってやる。そのかわり俺が勝ったらお兄さんと呼べ、小僧」
「え、マジ⁉アイスおごってくれんの!やったー。ありがとおっさん」
このガキ、すでに勝った気でいやがる。
「好きな筐体選びな」
「えっ、いいの?余裕で勝っちゃうけど」
せっかくいい歳した大人の余裕を演出してやろうと思ったのに、このガキはいちいち生意気だな。
「じゃあ、あれ」
小僧が選んだのは二年前くらいに登場した『アスリート・ファイター6』という人気格闘ゲームの筐体だった。俺ももちろんプレイした事があるし、腕前にもそこそこ自信がある。
「いいだろう。じゃあアス6で勝負だ、小僧」
結果から言うと俺の惨敗だった。
最近の小学生は恐ろしい。
ゲームに負けたあと俺と小学生は近くのコンビニの駐車場で膝を折ってしゃがみ込み、さながら田舎のヤンキーのようにアイス片手にたむろしていた。
「お前、強いな。何歳だ?」
「お前じゃない、ケイタ。この前十二歳になったよ。おっさんは?」
「おっさんは四十三だ……。所謂氷河期世代ってやつだな。辛ぇよ」
「へー、大人って大変なんだね」
「まぁ、そうだな……」
太陽が南中に昇りジリジリと熱気を放つアスファルトの上、地上最後の楽園ともいえる日影の中で四十三歳氷河期世代と十二歳小学生というなんとも言えないふたり組がアイスクリーム片手に話し込む。
こうして俺とこのガキは出会っちまった。
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