第36話 魔王、友人の死を知る
――
ただでさえ短い人の命。
それが、こんなにも早く、あっけなく終わりを告げることになるとは、思ってもみなかった。
「……ファラ」
彼女の棺の前に立ち、これまで感じたことのない感情の揺れと息苦しさを感じた。
棺の中に横たわり、瞼を伏せた彼女はまだ、今にも起き上がってきそうにも見えた。
「――は」
ぽたりと、自らの頬から滑り落ちた雫が彼女の頬に落ちる。
一粒すべりおちると、堰を切ったようにぽろぽろとこぼれ落ちるもの。
それを『涙』と人が呼ぶものなのだと気づいたのは、数拍おいてからだ。
書物でしか知らなかったものを、まさか自分がこぼすことになるとは夢にも思っていなかった。
「……ファラ……」
ずり、と。
棺にもたれかかるように力なく崩れ落ちて気付く。
この中で横たわる存在が、自分で思っていたよりも自分の中に深く根付いていたことを。
それに気付いてももう、彼女が起きて動くことも、笑うこともないことを。
強い喪失感と悲しみで、気づかなかったのだ。
この時、自分の運命が回り出していたことに。
☆ ☆ ☆
彼女を喪ってから、どうして彼女があんなに唐突に死んでしまったのかを調べた。
そうしてその答えは、彼女亡き後の研究室をあさっている時に見つかった。
――生まれ変わった後も記憶を引き継ぐ術。
研究室に残されていたノートに記されていた、術の断片。
完成させたのだ。
彼女は。
そしてその術を起動させた際に、何らかの影響で命を失った。
じゃあ、このまま待っていればいつか、記憶を持ったファラが転生してくる――?
存在意義を失っていた身の内に、再び炎が灯った。
――待とう。
彼女が転生してくるまで。
自分には時間が無限にある。
それまで、彼女が欲しがっていた本でも集めておこう。
よろこんでくれるだろうか?
再会した時、彼女の読みたがっていた本が揃っている、彼女の夢だった図書室が出来上がっていることに。
――変化に気付いたのは、ファラが死んでから二年後くらいのことだった。
「……成長、してる?」
心なしか、身長が伸びているような気がしていた。
気のせいではない、と気付いた時に、自分の変化に初めて気付いた。
「人間になってる……」
愕然とした。
――なんで?
――どうして?
体の中にある魔力はそのままに、体を動かす組織が人間のそれになっている。
それまで住んでいた住処は墜ち、ダンジョンと化していた。
――魔王が死んだ。
自分は生きているが、魔族としての自分は死んだ。
そういうことなのだと思った。
え?
それで?
無限だった時間が有限になる。
――自分が生きているうちに、ファラが生まれ変わってくる可能性は――?
再び、絶望が心を満たした。
――いやだ、死にたくない。
せめて、彼女にもう一度会うまでは。
日々老いていく体に抗うように、何とかして延命する方法を模索する。
もしくは――、魔族に戻れるよう。
新しい住処を作る。
そこで、一日じゅう研究に没頭した。
取りつかれたかのように一人研究に明け暮れ、それが叶わないと知ると、別の研究に切り替える。
そうしてあっという間に年月は過ぎ、歳をとっていく。
――おそらく、途中でどこか気がおかしくなっていたのだと思う。
最終的に研究が成功したような気もするし、失敗したような気もする。
正直なところ、途中からの記憶はもうよくわからない。
『魔力鑑定――クリア』
キィワードとなるメッセージが、どこか遠くから聞こえてくる。
『魔力技能――クリア。知能鑑定――クリア。ファナ・クレイドルを、【志学】の遺産譲渡者として許諾しました』
――いた。
ゆっくりと、いま自分のいる場所が、ダンジョンに変わっていくのがわかる。
魔王だったものが最後に残した、壮大な仕掛け。
それが今、動き出したのだった。
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