第27話 ファナ、ダンジョンの封印に取り組む
そうして、盗賊騒動がひと段落したあと。
私は早速、新ダンジョンに封印を施す作業を着手し始めたのだった。
ダンジョンの入り口は、石組で作られた石柱とアーチ状の門でできている。
門には特に扉などが付けられているわけではない。
ので、行く手を遮られることなく中に立ち入ることができるようになっている。
「さて、と」
そう言いながら私はその入り口の前に立ち、『パァン!』と両手を打ち鳴らす。
――世の
左手を地面と並行に伸ばし、門に向かって掌を向ける。
――開け、我が元に。
――繋げ、我が為に。
――ここは始まりにして終わり。終わりにして始まり。
――我は全てに存在し、其を震わす者。
アーチ状の門を覆うように、シャボン玉のような膜がきらめく。
『汝、我が前に
私がキィ・スペルを唱えると共に、門を覆っていた薄い膜がまばゆく発光し――。
やがて、ふっと消える。
「……ふう」
……うん。
とりあえず問題なくできたわね。
まあ、別に心配なんてしてなかったけど。
「これで終わりなのか?」
一仕事終えたところで私が一人肩の荷を下ろしていると「案外あっさりしたもんだなー」とエリクが告げてくる。
「……なによ。疑うなら、ほれ」
「ほれってなんだよ」
「試してみなさいよ。自分で」
「……俺これでも、一応一国の王子なんだが……」
「だからなによ」
もし何かあった時に、って話?
普段は素性を明かしたがらないくせに、こういう時だけ使うんじゃないのよ。
ったく。
「それに別に俺、疑ってるわけでもないしなあ……」
と言いながらも門に向かってすたすたと近づいていく辺りがエリクである。
私が呪文を唱え終わった後も特に見た目の上では変わった様子のない門に近づきながら「ほー」と言って歩きながら門を見上げる。
――すると。
「……あれ?」
それまで、私から離れるように門に向かっていたエリクが、突然パッとこちらに向かって歩みを進めている姿に変わった。
「ん?」
俺、Uターンしたつもりなんてないけど……。と言いながら、進行方向と後ろを振り返っては確認する。
「わかった? 私がこの門にかけた『封印』てのはこういうこと」
「………………。おお」
そこで、ようやく合点のいったらしいエリクが、ポンと拳で自らの掌を叩く。
「実際には転移の術を応用して使ってるんだけどね」
「だから、前に進んでいたと思ったのに門から逆に出てきたってことか」
「そ。力っていうのは、反発するよりも受け流す方がエネルギーの消耗が少なく済むから」
門の中に入ろうとするものを拒むのではなく、入れて方向を変えて排出してやるのだ。
「まあ、これもあくまで簡易的なものよ。ちゃんとした封印ができるまでのね」
「……どういうことだ?」
私の答えにエリクが質問で返してくるので、腰を据えてちゃんと説明をしてあげることにした。
「ちっちっち、エリク君。よく考えてみなさいな。この方法だと私しか封印のかけ外しができないじゃない? それじゃあ問題でしょう」
あくまでもダンジョンは冒険者ギルドと国で管理するという取り決めなのに、それができる術者が一人しかいないというのは本末転倒である。
「それに、詠唱魔術には詠唱魔術の。無詠唱魔術には無詠唱魔術の利点ってものがあってね」
詠唱魔術は、その一瞬で爆発的な威力を発揮することには適しているが、永続的に効果を持続させたいのなら無詠唱魔術の方が適している。
無詠唱魔術は刻印が活きている間はその効果が持続し続けるからだ。
「あと、無詠唱魔術の利点は、術式の作成者と術式を発動させる人物が同じでなくてもいいところね」
例えば、私が書いた術式にエリクが魔力を流しても、術は発動する。
――魔術に造詣がなくても魔術を使える。
それこそがこの無詠唱魔術が世に栄えた一番の理由だ。
もちろん、威力や効果を高めるなら魔術に長けたものが無詠唱魔術を使った方がいいが、単純に『火をつける』とか『風を起こす』くらいなものであれば魔術師でなくても問題ない。
だからこそ、無詠唱魔術によって近年の人々の暮らしは近代化したわけだ。
おっと、話がそれた。
「だから、とりあえず今は間に合わせの術を封印代わりにかけたけど、これからこの門に無詠唱魔術を施してちゃんとした封印を作るのよ」
今はダンジョンの入り口である門はアーチがかかっているだけだが、ダンジョンの封印を強固にするため、これからアーチ状になっている入り口に扉を作る。
そうして作った扉に無詠唱魔術の術式を彫り込んで封印を作るのだ。
「封印を解くには、あらかじめ決めておいた順番で無詠唱魔術の術式に魔術を流し込む必要がある。金庫のパスワードみたいなものね」
これなら、封印を施した術者以外でも掛けたり外したりができるようになるし、扉に施した術式が損傷しない限りは半永久的に効果が持続する。
もちろん、扉には経年劣化と外的損傷を防ぐための術式もかける。
「……なるほどなあ。よく考えられてる」
「ま、この魔術を最初に作ったのも私なんだけどね」
「ん?」
確か最初は、弟子の誰かが私のとっておきのお菓子を盗み食いするのを防ぐために作ったんだったような気がする。
最初はもっと簡単な封印だったのだが、だんだん弟子も知恵をつけてきて自力で解除できるようになっていくので、どんどんと複雑になっていったのだ。
――まあ、さすがにそんなことまでエリクに説明したりはしないが。
「扉の設計図は施工する職人たちに渡してあるから、私たちはあとは扉ができるのを待つだけね」
そう言って、私はキョトンとした顔のままのエリクに向かって、にこりと笑ってみせた。
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